ホディア美術館隠し通路typePe
かくして三つの人影が深夜のデイルアート市を横切った。夜だというのに街灯の一つだって灯っておらず、観光都市だというのに夜半出歩く人影も開業している店もない。ただ三人の足音だけが石畳の通りにこだまし、時折話し声が三人の間で発せられた。
「そもそもどうして直接そのなんだったかしら?例の塔崩しの聖人の像があるっていう教会に行かなかったの?ヘルガに消えば早かったじゃない」
「あぁ……。まぁ色々あるが一番は美術館の警備が強化されてねぇかの確認だ。隠し通路からひょっこり顔を出したら槍構えた敵がいました、なんてここの領主の末路みてぇで嫌じゃなねぇか」
ぼやくレアリティをアルバはもっともらしい理屈をこねくりまわして宥める。それでもレアリティは不服そうに頬を膨らませた。ヘルガはそんな彼女の姿を一瞬だけ目に収め、すぐに目を逸らした。例え1秒でも見ているだけで痛くなる。視点をズラせば見えなくはないが、やはり視界に入っている時点で敵と認定しまっていた。
気分は最悪だ。最悪に最悪を塗りたくってなお表現できない。見たいものを一瞬しか見れない。食い入るように見えない。値踏みするように見えない。舐め回すように見えない。まるで盲目になったような、いや事実レアリティに限れば盲目になっているヘルガはそれが嫌で嫌で仕方なかった。
——届かなければ捨ててしまえ。そうじゃぁねぇだろ。こんな自問自答を同じパターンで繰り返すくらいには今、彼女と一緒にいる時間が嫌だった。
だからだろう。例の教会の前に到着した時、安堵の息がヘルガの口からこぼれた。嫌な思いをする時間が短くなったと嬉々としてヘルガは教会の中に押し入り、アルバを例の彫刻の前に案内した。
「僕が記憶してる限りだとこの彫刻ってルネサンス期に作られたものらしいよ」
塔崩しの聖人をモチーフとした彼の偉業を彫刻に収めたそれは、塔崩しの聖人と彼が崩した塔によって構成された全高三メートルくらいの彫刻だ。名工に彫られたということもあってオークションに出せば高値で売れるらしい。
——それを手袋も付けずにぶっきらぼうな手つきでアルバは触り始めた。芸術的価値など糞食らえとばかりに無闇矢鱈に塔の表面を撫でたり、聖人の頭部を握ったりするその姿はいっそ清々しかった。まして同じ宗教に属している人間がそれをやっているのだから無粋、冒涜を通り越して滑稽だ。
「お前らも手伝え、手伝え。特に塔の根本あたりを調べろ」
言われるがままヘルガは彫刻が置かれている台座部分に左手を伸ばした。レアリティは台座の逆側を調べ始める。調べると言ったところで見るべきものはさほどない。彫刻が置かれた台座は跳び箱のような形状でさらさらとした表面が特徴的なだけのなんの変哲もない台座だ。
「レアリ……ねぇレアリティって少し言いにくいからレアでいい?」
「自由に読んでもらって構わないわ。それでどうしたのかしら?」
「あのさ、ちょっと変な窪みみたいなものがあるんだけど」
それは触るとわかる程度の本当に浅い窪みだった。肉眼では捉えられないほどに浅く、アルバが光を当ててもなおわかりづらい。長い期間、彫刻は触られることはあっても台座に目を向けるなんてことはなかった。
歴史的な発見だ。それをアルバはなんの感慨もなくヘルガに押させた。ヘルガにも感慨はなかった。まだ序章なのに喜ぶことはできなかった。これから一体どんな苦難が待つのか、少年は心筋を悩ませながら窪みを押した。
直後、ガタガタと台座が揺れ、ヘルガから見て左側へとスライドした。そして現れたのは黒い穴。梯子が付いていたがそこが見えない穴は不気味で近寄りがたく思えた。
「オレが先に降りるぞ」
そう言ってアルバが率先して降りていった。勇気あるな、とヘルガが思っている中、次いでレアリティが降りる。慌ててヘルガは梯子へ手をかけた。手汗のせいか、あるいは長い間使っていなかった湿気のせいか、妙に彼が掴んだ梯子はぬめりとしていた。