表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
132/146

Hyde & Seek Ⅳ

 ヘルガが振りかぶった鉄パイプをジークは刀で受ける。静寂の中に鋼の反響音が響き渡る。両者は武器の打ち合いを続け、そこには剣技だとか技術だとかはない。さながら子供同士のチャンバラ、ただひたすらに互いの武器が摩耗するまで打ち合いを続ける遊戯のようなものだ。


 もっともそれはジークだけの話で、ヘルガはちゃんと彼に重なるようにしてハイドの銃撃を警戒していた。そのせいでもあったのかもしれない。意識をハイドにも割いていたばかりにジークへの対応が若干だがおざなりになっていた。


 ——それはただ二つの凶器が交錯した音ではなかった。


 片方がネジの外れた風車のように空を回転する。丸っこい鉄細工、パイプの先端が空を回る。鉄パイプは見事なまでのジークの一振りによって芯を掴まれ、切断された。


 そのことにヘルガは驚くことはなく、逆に鋭く尖った余りを逆手に持ち、ジークの左肩へ突き刺そうとする。とっさの判断としては上出来、しかしそれは並の殺し屋の場合に限る。巨大な銃器を軽々と持ち上げるハイドと曲がりなりにも兄妹関係を結んでいるのだ。ジークとて普通の殺し屋ではない。


 ヘルガの攻撃とほぼ同時にジークは後方へ向かってジャンプする。そしてすかさず背中に隠して刀を右手から左手に持ち変える。ヘルガの攻撃に合わせ、ヘルガの手首を貫くように突きを放った。


 「ちぃ!」


 半ば強制的にヘルガは腰を低くする。彼が握っているパイプの空洞をジークの刀が通過し、鍔と鋼の筒がぶつかり合う。互いの距離は離れておらず、紙一重の距離で二人の眉目が重なり合う。ジークは刀を動かそうとするが、ヘルガはそれを許さない。握られた鉄の筒をなるべく下げ、刀が抜き出ないようにジークの動きを制限する。


 密着すれば銃弾が飛んでくることもない。引き離そうとするジークの左手にヘルガが手を伸ばすと、両者の腕が互いに交錯する。互いに身動きが取れない膠着状態、ジークはヘルガの手を振り解こうと、あるいは彼の体をハイドへ向けようと両手両足を動かすが、近すぎて意味がない。ヘルガはジークが動こうとしている方向とは逆に動き、彼の行動を束縛する。


 互いに譲らず、ジークの眉間に青筋が立った。ヘルガによって完全に動きを抑えられたことに対する憤りが、隠しようもなく顔に出ていた。それはある種の焦りだ。行動はいっそう稚拙になり、動きは単調になっていく。ゆえにヘルガはまるで指折り数えるように、ジークのことを制圧していった。


 まずはみぞおち目掛けて蹴りを一発。予備動作なしの至近距離での膝蹴りを喰らい、ジークは空気を吐く。容赦は一切存在しない。ジークの姿勢が崩れ、前のめりに倒れるとすかさず顎を目掛けて蹴りを入れた。


 倒れかけていた柱を再び立ち上がらせるように、ジークは後ろ方向へ向かって跳ね返る。足元が覚束ないジークは言葉も発さない。顎が砕けたせいで喋れないだけかもしれないが、ヘルガは間断なく攻め続ける。何度となくみぞおちに蹴りを入れ、少しずつジークは後退していく。ジークからの反撃はなく、彼はただ蹴られるままだ。


 そして公園の入り口近くまで後退する頃にはジークは半死半生といった有様だった。腹と顔面を交互に蹴られ、あるいは頭突かれ、鼻は曲がり、歯は折れ、産まれた子鹿のように両足を震わせていた。


 抵抗できないジークをヘルガはそのまま勢いよく蹴り飛ばした。蹴り上げると同時にジークから手を離すと彼の体は勢いよく飛翔した。吹き飛んだジークの体はそのまま道路をぐるぐると回転し、路傍に打ち捨てられた。


 「よし」


 ヘルガは達成感を感じ、一呼吸をつける。彼は相も変わらずジークと重なるように、ジークの延長線上に立っている。ハイドには背中を見せている状態だが、彼女は彼を撃つことはできない。銃撃をあり得ない話ではあるが、ヘルガが躱してしまえば、ジークに命中し彼がカフェ内の客と同じくミンチになってしまう。


 「いた。痛いな」

 「まだ意識があるのかよ」


 むくりとジークが起き上がったことにヘルガは舌打ちをこぼした。ヘルガ自身は別に筋肉量が多いわけでもない。だがその両肘の荒れ具合を見れば、決して生半可な殴打でなかったことは一目瞭然だ。ジークが流した血がこびり付き、ぐちゃぐちゃに汚れている。


 なおも立ち上がろうとするジークにしろ、彼の顎はすでに潰れ、呂律が回っていない。血塗られた口角は動かす度に何度も吐血した。両足は震え、しかし彼は両手に握った黒い刀を落とすことは決してなかった。ひたすらに気味の悪い笑みを浮かべ、ジークは再びヘルガと向かい合った。


 「ハイド!!!!!!それ、人質にしろ」

 「はぁ!?しまっ」


 それとはレアリティのことだと察したヘルガはすぐに踵を返し、ハイドを襲おうとするが、すぐ後ろから足音が聞こえた。その時点でヘルガは詰んだ、と感じた。敢えてジークを吹き飛ばさずに痛めつけておけばよかった、と後悔してもすでに遅い。背中をジークに向けた時点でハイドがレアリティを人質にするか否かに関わらず、ヘルガは詰んでいた。


 いかにヘルガの反射神経が優れていようと背後からの攻撃を躱せるかどうかはほぼ運だ。そしてあいにくとヘルガは運が悪い。そも、運が良ければ常に激痛を与える両眼や呪われた右手なんぞに寄生されることはない。自分の運の悪さを歯痒く思いながら、一太刀は受ける覚悟でヘルガはレアリティに向かって走ろうとした。


 「走ったんだ!はし、え?」


 唐突に何かが聞こえた。何かがぶつかる音。なんだろうと、三者三様に音がした方向を見る。そしてある者は目を丸くし、ある者は絶叫し、またある者は間の抜けた声を吐露した。


 ついさっきまで意気揚々とヘルガの命を狙っていた少年が大型トラックの轢き逃げに遭っていた。簡潔に言えばそれだけだ。


 彼がすくりと等身大に立ち上がっていれば気づいたのかもしれないが、街灯も少ない街中で、小柄な彼にトラックの運転手は気づかなかったのだろう。臓腑を潰され、背骨が折れ、体にタイヤ痕を残したジークが車道の真ん中に倒れていた。


 「おに、おににににいいいいいいさまあぁああああああ!!!!!!?????」


 「レア、すぐに逃げてそれが、なにするかわからない!」


 ヘルガの言葉にレアリティは頷き、すぐにハイドから距離を取ろうとする。しかし当のハイドは気味の悪い、ジークに似た笑顔を浮かべて自分の下腹部を機関銃のグリップに擦り付けていた。恍惚とした笑みを浮かべ、彼女はジークの遺体を見ながら自慰に及んでいた。


 グリップを何度となく女性器に擦り付け、その度に彼女の足元に潮の池ができる。ぐっしょりと濡れたスカートを己の鼻頭にたぐりよせ、その芳雅を堪能しようとする彼女は、ヘルガから見ても気味の悪いものでしかなかった。


 「ああくぁあ、お兄様ぁ。なんて惨め、惨めな最後!うっふ。大丈夫よ、大丈夫さ、うん、大丈夫だよ。ぼあたしが引き継いであげる。引き継いでくれるよね。ああ、ありがとう。ぐふふ、げへ。うん、こうか、こうよね。そう、こうするべき。だから、まずはお兄様のためにも、足はいらないわぁ」


 自慰によってびちゃびちゃになったスカートと股ぐらを撫で回し、ほのかに紅葉した表情で彼女は笑いかける。狂気に満ちた彼女はおもむろに機関銃を構え、その銃口をヘルガに向ける。


 「ああっっはあああああ!!!!!はじけ、ろ!」


 カチン、と引き金の音が響く。狂気に満ち溢れた彼女の殺戮の合図、しかし発射されるべき弾丸は発射されなかった。


 「弾詰まり!」

 「ちぃ!」


 ハイドは即座に機関銃を投げ捨てる。そして猛然とヘルガめがけて突っ込んできた。巨銃を軽々と振り回すほどの怪力の持ち主だ。ジークのようにはいかないと、ヘルガはすぐに脇へ跳んだ。しかしハイドはそのままヘルガの横を通過すると、ジークが握っている刀へと手を伸ばした。


 「そぉよねぇ!兄様はこの刀でででえで殺したいわよねぇ。おにいさまままま、ならば、そうするわよよよ?くあ」


 ハイドが刀を手にする。その瞬間、黒色の何かが彼女の体にまとわりついていくようにヘルガには見えた。それは一瞬にしてハイドを飲み込んだが、ものの数秒と経たずに彼女のことを壊れたおもちゃかのように吐き捨てた。


 路傍に転がったハイドはピクリとも動かない。大きく瞳孔を見開いたまま、彼女の口からよだれがこぼれ落ちた。彼女の右手から例の刀がこぼれ落ち、それは意志を持っているかのようにヘルガの足元まで、段差を無視して転がってきた。


 何が起きたのか、ヘルガには全くわからなかった。見たものが全てで、それ以上のものをヘルガは見ることができなかった。問うような視線をヘルガはレアリティに向けるが、彼女の表情をヘルガが読み取ることはできない。相も変わらずの激痛が両眼を襲い、疲労のせいも相まって耐えきれず、ヘルガは視線を逸らした。


 「不用意に刀匀(とういん)に触れるから心が壊れるのよ、まったく」

 「とう、いん?」


 「東洋の武器由来のシステムだったかしら?お目にかかるのは初めてだけど、確か人をたくさん殺した武器が得る称号、みたいなものだったと思うわ。刀に認められなければ手酷いしっぺ返しを食うってわけ」


 その末路が、とレアリティは顎でハイドを示した。まだ呼吸はしているが、心はすでに壊れていた。金輪際、銃を振り回すことも、刀を振り回すこともできない。


 しかし、万が一ということもある。少しだけその場を離れ、切断されたパイプを拾うと、尖っている側をハイドの喉元へヘルガは向けた。先端をハイドの柔肌へ押し当て、無言のままに彼は彼女の喉をかき切った。


 「はぁ。これで、終わった」


 喉から血を流すハイドを見て、盛大にヘルガはため息をついた。


✳︎

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ