Hyde & Seek Ⅱ
ナイフもなしになんて無謀なんだろうか、とヘルガは自嘲する。拳一つで刀とか巨銃に勝つことができるフーリガンではないのだ。
「ははは。そうかい抵抗するんだ。じゃぁ死んでくれないとねぇ!」
背後から声がする。舌打ちと共にヘルガはレアリティを引き寄せ、刀を振り下ろしてくるハイドから彼女を庇った。ハイドの刀に触れないように両腕を相手の握り手に押し当て、力対力で対抗する。ハイドの銃撃を警戒する必要はない。なぜならジークが壁になっていて、ヘルガを撃とうとすればジークも撃ってしまうからだ。
愉快そうにこちらの目を見てジークは笑う。ゆっくりと彼の両手に力がこもっていく。華奢な少女のような細腕からは想像できないような強い力にヘルガは一瞬だけ両眼を見張るが、すぐに彼も両腕に力を入れて押し返そうとする。
ジークの剣技ははっきり言って大したことはない。ヘルガでも見切れる程度に稚拙で、刀の重さに彼自身が振り回されているから余計に稚拙だ。細腕からは想像できない強い力、と言ったがそれはあくまで彼の体躯から考えて、というだけで力の程はヘルガと大差はない。
「だからってこのまま押し切れる?そう思ってんじゃないのぉ!?」
ヘルガの意識が両腕に集中するとほぼ同時にジークの膝が持ち上げられ、ヘルガの脇腹に蹴りを食らわせた。肺に溜まっていた空気が抜け、両腕からも力が抜ける。突如の脱力感、それはジークが刀を振り下ろすには十分な時間を与えた。振り下ろされた刀の柄を掴んでヘルガは紙一重でその一撃を止めるが、それは一時的だ。すぐに抵抗もむなしく刀は振り下ろされ、ヘルガは右方向へ跳んだ。
ジークの刀が振り下ろされると、レンガ造りの歩道に亀裂が走った。鈍重な鉄の棒が振り下ろされればそれは当然だ。相も変わらず黒い渦を巻いているその刀に警戒の目を向けつつ、すぐにヘルガは相手の手首を握り、その腕を思いっきり引っ張った。
体勢が崩れ、ジークは前のめりに倒れる。迫ってくる彼の胸骨めがけて、お返しとばかりにヘルガは膝蹴りを食らわせる。彼の着ている衣服のボタンが砕ける音と共にジークは肺から空気を吐き出した。いくら凶器を持っていてもこうも密着した状態では小回りが効かない長物は意味がない。ジークが逆手で刀を持とうと長すぎる刀身のせいで引っかかり、ヘルガを背中から強襲することはできない。
「お兄様!離れて!」
「させるか!このまま僕らの盾になってろ!」
「こいつぅ!ぐへ」
笑みは消え失せ、歯茎を剥き出しにしてジークは意気込むが、その鼻骨めがけてヘルガのストレートが飛ぶ。単純な力勝負ではジークよりもヘルガの方が上だ。思いっきり放たれた右ストレートは容易くジークの鼻の骨を折り、後退する。すかさず襟首を掴み、ヘルガは頭突きを再び顔面に食らわせた。鼻腔から飛沫を上げて倒れそうになるジークを離さず、ヘルガは後ろにいるだろうハイドへ向かって投げ捨てた。
そしてすぐに踵を返しレアリティの右手を取ると、一直線に街道を走り始めた。幸いと言うべきか、ハイドはこちらを撃ってはこなかった。代わりに鬼気迫る悲鳴と共に夜闇を照らすほどの砲火が背後で巻き起こった。それが怒りの発露なのか、いやおそらく怒りの発露なのだろう。追ってこないのはジークの元を離れればあの場にいた野次馬達が彼を殺すかもしれなからか。
とにかく、と表通りを抜け、人がいない通りに入りようやく一息をつけた。
「あー死ぬかと思ったわ」
「いや、本当に。なに、あいつら。危なすぎでしょ」
動悸する胸を抑えながらヘルガは息を整える。銃撃を受けるかも、と思って一目散に、全速力で疾走しただけに顎が割れそうなほど息が上がっていて、吸引するだけで喉が焼ける。
まさか丸腰で刀と巨銃を持っている二人組と殴り合いをすることになるなど思ってもみなかった。相手が自分よりも弱かったからよかったものの、やはり銃器を持っているというアドヴァンテージは如何せん覆せない。接近すればいざ知らず、離れたところからああも大口径の機関銃で撃たれることを想像すると、つい今さっき起きた喫茶店での出来事を思い出すと背筋を鼠が走っているかのような気持ち悪さをヘルガは覚えた。
ただ銃で撃たれただけで人体が粉々になるなど、考えだにしていなかった。そういうのは大砲の専売特許じゃなかったのか?人肉の脆さを改めて自覚し、これまで耐えてきたあらゆる攻撃が、魔術が少女一人が引き金を引く巨銃以下の攻撃力しかなかったことにゾッとする。力はヘルガに間に合わなくとも、少女があの巨銃を持っている時点で明確すぎる脅威だ。
じゃぁ、どうする?あの巨銃が一番の脅威で、それをどうにか無力化するにはどうすればいい?
「弾切れを待ってみれば?あのでっかい銃だって弾切れを起こすでしょ?それまで何かを盾にして」
「いや、絶対にもう一人の、ジークだっけ、が邪魔してくるじゃん、リロードのタイミングで。あれをどうにかしないといくら盾があっても意味ないって」
レアリティの提案をヘルガはばっさりと切って捨てる。そもそもヘルガの手元には盾がないから意味がない。ジークの横槍を避けながらハイドの顔面を殴れる自信もない。
「だったら、そうね。まずはジークっていう子を排除しましょう。人気のない、それでいて閉まっている空間に誘き寄せて彼を無力化しましょう」
「いい場所知ってるの?」
「別にそんな特別な場所でなくてもいいのよ。要は銃による後方支援ができない場所があればいいんだから」
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