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Hyde & Seek

 「We are murder Twins! Though, the blood has not tied.」——ジーク&ハイド〈殺し屋兄弟〉

 血飛沫が舞う。ハイドと呼ばれた可憐な少女の銃撃が無辜の市民を虐殺していく。銃撃の炸裂音、鼓膜を震わせる雷管の破裂音は絶えることなく土埃と血煙を巻き上げる。硝煙の匂いが夜闇に撒き散らされ、それは独特のえぐみを持った空気を纏って、呼吸をするだけで吐き気すら込み上げてくる。


 まさに天然の毒ガス。毒ガスですらないが、毒ガスらしい効能となって撒き散らされている状況にも関わらず、当の実行者は歓喜に満ちた甘い表情で片手で巨銃を放射していた。まるで上物のハーブを嗅ぎ、耽溺しているかのようで、身の毛もよだつ。


 「あは、あっはははははははははははははははははははははは!!!!!!素晴らしいわ、楽しいわぁ!見て、見て、お兄様!跡形もなく消し飛ばされていくわよぉ!」


 「あんまり撃ちすぎちゃだめだよ。まだターゲットは生きている」

 「あ、それもそうね。ちょっと撃ちすぎたかも」


 少年、ジークに言われ、ハイドは銃口を下ろした。すっきりとした、さながら自慰を終えた乙女の如き恍惚とした表情で少女は艶やかな笑みを浮かべている彼女の横脇には無惨な死体、ではなく、黒ずんだ肉片や骨片が散らばっていた。


 血臭、肉が焼ける匂いが鼻腔を刺激し、薬莢が射出されて地面に落ちた時のわずかな音が鼓膜がバカになっているせいで大きく聞こえる。まるで酩酊しているかのような鈍痛がひどい。悲鳴がぎゃー、ぎゃーと聞こえるのはきっと店の外、歩道とか車道の方を歩いている人間が上げているのだ。だって店の中にはもう人は一人も生きていないのだから。


 正眼のまま、ヘルガはナイフを構える。熱くなって赤熱する銃のバレルを見る限り、真正面から突っ込んでも意味はないように感じた。走り出した瞬間、肉片になってしまうだろう。少なくとも広い場所、遮蔽物がある場所でないとあの巨銃の弾幕を掻い潜り、ナイフで首をかっ飛ばすことなどできはしない。


 そう、ナイフで首をかっ飛ばす。それ以外にヘルガとレアリティが目の前に立つ殺し屋兄妹の魔の手を逃れる術はなかった。


 「ていうか、殺し屋ってまだいたのかよ」

 「ほんと、おどろき。一体何人いるんだか」


 「5人だよー。僕らを含めてねー」


 ヘルガとレアリティの問いにジークが応える。あっけんからんとした屈託のない笑みすら悍ましく邪悪に見える少年のまさかの返答に二人の目は皿のように丸くなった。


 「5人?それはレアを殺そうとしている殺し屋がってこと?」

 「あっは。ひょっとして算数できない?それとも文学センスゼロ?悲しいなぁ。僕らは誓って真実しか言っていないっていうのに」


 「殺し屋なんて物騒な連中の言葉がどこまで信頼できるんだか」

 「あら、心外ね。あたし達、これまでの人生で嘘を言った試しはないわぁ。冗談は言うけどね」


 続くハイドの言葉はこちらを小馬鹿にしているように感じられた。銃口は地面を向かったままだが、彼女の両眼はヘルガから離れることはない。言葉とは裏腹にどういうわけかこちらを警戒しているように見える。なぜだろう、とヘルガは心の中で首を傾げた。


 ハイドが警戒しているのはジークの不意打ちを見事に防御して見せたからだろうか。確かにあの一撃はヘルガ自身でもよく防御できたな、と自分の反射能力を自画自賛するくらいには際どいものだった。しかしそれだけでここまで警戒されるのは甚だこそばゆい。それこそ小学生レベルの算数を理系の大学生が十秒とかからずに5問解いて見せ、「きゃーマイケルカッコいい」と言われるくらいには赤面ものだ。


 何より少女の、ハイドの目が怖い。まるで鎖が千切れたライオンか狼でも見ているかのような目だ。獣のような欲望を持っている自覚はあるが、そのように見られるほどチンケな行動をジークとハイドの二人の前でやった記憶などヘルガにはない。だから解せなかった。二人がどうしてこちらを警戒するような眼差しを向け、あまつさえ近場の雑貨店で買った小ぶりなナイフを前にして数メートル以上も距離を取るのかが。


 「冗談、冗談ねぇ。じゃぁ冗談ついでに教えてくれ。なんでレアを狙うんだ?ひょっとしてこの街に集まった殺し屋って言うのは反ルッキズム主義者(A.L)なのか?」


 「まっさかー。そんな暇人達と僕らを一緒にしないで欲しいな。僕らは仕事で来ているだけさ。そう、仕事。ただの仕事以外の何者でもないさ。だから、失敗なくやらせてもらおうと思ってさ。あんたがどんだけ強かろうとこうしちゃえばねぇ」


 言うが早いか、ジークは柵をまたいだ先にいる野次馬に、叫び声を上げている観衆目掛けて走り出した。釣られるようにヘルガの眼がジークの背中を追う。彼は観衆の一人の襟首を掴むと手に持っていた刀の刃をその喉元に押し当てた。周りの人間が放射線状にサッと引いていく中、彼は声高にヘルガに向かって叫んだ。


 「ねぇ、これを見てよ。ほら、この人、このおじさん。どう、怖がってない?当然だよね。ああ、当然だともそう、このおじさんはさ、人質ってやつなんだよ。君が手を引かないとこのおじさん、殺しちゃうよ」


 黒板をチョークで引っ掻いたような悲鳴が人質に取られた男の口から漏れる。手を小刻みに、まるで薬物中毒者の発作のように震わせる男が声を発しようとするとジークは空いている側の手を握り拳にして、男の口腔につっこんだ。


 「ほら、見てよ。ぐもぉ、おもぉってさ。苦しんでるんだ。うん、だからさ。ほら、早く引いたほうがいいよ。僕もさ、殺し合いって馬鹿馬鹿しいと思ってるんだ。穏便に解決できるなら、できる状況にあるんならそうすべきなんだって思うんだ」


 ジークの瞳はまばたきひとつしない。開孔手術でもしたかのように大きく見開かれた瞳は夜街の明かりを浴びて爛々と輝いた。白く剥き出しになった歯並びのよい口腔をめいいっぱい歪ませて、彼は人質になった男の舌をつまみ、引っ張り出そうとすらして見せた。


 その姿はさながらおもちゃで遊ぶ子供そのもの、新しい玩具を手に入れたことがよほど愉快らしい。冷めた瞳でその様子を見るヘルガは弄ばれている男に同情こそすれ、共感は一切なかった。もっと言ってしまえば、感情が動くこともなかった。


 ヘルガにしてみれば、ジークが弄んでいる男は罪と同時に接点もない一般人だ。遠い地球の裏側に住んでいる人間がどれだけひどい目にあっていようと憐憫を抱く善人がこの星にはほとんど存在しないように、ヘルガもまた男の惨状は運が悪かった、くらいにしか思っていなかった。


 それよりも、とヘルガの視線はジークからハイドへ移る。ジークが動いた時も彼女は動かず、いつでも銃口をこちらに向けられる体勢のままヘルガを見ていた。ヘルガの興味、関心は今は彼女の視線をどうやって外すかにある。名前も知らない一般男性の苦悶の表情などすでに頭の中からほとんど忘れ去られていた。この場をどう切り抜けるか以外のことは今は些事だ。


 「どうにか言ったら?でないとこのおじさん、殺しちゃうよ!」


 小うるさく、まるで構ってもらいたい子供のようにジークは声を跳ね上げる。同時に人質になった一般男性の悲痛なうめき声も聞こえてくる。一瞥すると涙と鼻水をだらだらと流し、唇からはよだれが滝のように流れている哀れな成人男性の姿があった。


 憐憫も共感も一切ないが、あからさまな被害者の絵面にさすがのヘルガもため息をつきたくなった。夜街を歩いていたらいきなり謎の刀殺人鬼に人質にされ、恥ずかしい表情を世間様に晒すというのは情報化社会では不憫以外の何者でもない。助けてくれすらも言えないなど不憫を通り越していっそ哀れだ。


 「いくよー。いくよー。ほらー」

 「チっ。めんどくさ」


 ジークの持つ刀が男の喉を切り裂こうとしたその刹那、ヘルガは手に持っていたナイフを右手から落とした。それを見たジークはにんまりと笑い、そのまま男の頸動脈を掻き切った。


 決壊したダムのように血潮が放出される。舌を抑えられ、断末魔すら上げられなかった男が骸となって前のめりに倒れていく。


 「結局殺すんじゃねぇか」

 「そりゃ殺すさ。だってあのAlpha-Nameを殺したほどの人間が相手なんだ。僕らだって頭を使うさ」


 「……は?誰それ」

 「あんたが殺した殺し屋さ。名前も知らない奴を殺したのかい?」


 「お前だって殺そうとしただろ」


 ジークの発言に呆れながらヘルガは右足を蹴り上げた。彼が足を蹴り上げると闇の中に銀色の軌跡が描かれた。それがなんであるかをすぐに察したのか、ジークがハイドに向かって声を張り上げる。しかしジークの言葉の意味を理解するよりも先にヘルガは飛んできた銀色の物体をその刃先を避けてバレーボールのシュートのようにハイド目掛けて打ち出した。


 狙いなど考えていない。そもそもヘルガは両眼のおかげで動体視力は並はずれているが、バレーボールはおろか野球すらやったこともないのでコントロールは最悪だ。テニスラケットかフライパンでナイフの持ち手を弾いても狙った場所に行くことなどない。頭を狙ったつもりが股間に当たるなんてこともある。


 ただ意識を反らせれば。人間ならば誰だって自分めがけて飛んでくる物体を避けようとする。それはハイドも同じだった。飛んできたナイフの切っ先を受けようと巨銃を彼女は持ち上げた。


 「逃げるぞ!」


 彼女の銃口が外れたその瞬間、ヘルガはレアリティの手を引き野次馬の中を走り出した。

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