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愛しています、死んでください。  作者: 賀田 希道
停滞トランジット
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異能殺しⅡ

 目が覚めると見知らぬ天井がヘルガを出迎えていた。なぜか右手が天井へと伸ばされていることに気が付き、自分が今横になっていると理解した。部屋の中は窓から差し込む朝日に照らされて明るく、かすかに鳥の鳴き声すら聞こえてくる。


 とりあえず自宅のものではないベッドに寝かされていることを理解したヘルガがのっそりと起き上がろうとすると傍に誰かが座っていることに気がついた。まだ意識がはっきりしないため影しか見えないがここはもうアレだろう、とヘルガは無理矢理意識を覚醒させ、気分を踊らせて深呼吸をした。


 「おはようレアリ」

 「あぁ?クソガキよーやく起きたかお前」


 「あーうん。だろうね!」


 哀れ、14歳の少年の夢は儚く消えた。朝聞くには身にこたえるしわがれた声と共に起き上がったヘルガを出迎えたのは口が悪い神父ことアルバ・カスターだった。神父が着るべきカソックを身にまとっているにも関わらず、子供の前で平気にタバコをスパスパと吸う男はやや黄ばんだ歯を露わにしてニヤリと笑う。


 目覚めれば美女が待っている、なんていうのはフィクションであり、基本的に目覚めを待っているのは加齢臭を漂わせる老人以外にありえない。両親こそあれ、妹、姉のいずれかが待ってくれるという男の子の夢などありえない。世界は常に男に対して異常なまでに理不尽であり、彼らの夢をことごとく否定するために存在するのだ。


 がっくりと起きて早々精神的ダメージを受けるヘルガを他所にアルバは目覚めた彼の肩口へ手を回した。白いワイシャツの上から歯医者でよく見るへらを用いて強めに押したりするとかすかな痛みがヘルガの身体中に走った。ゾンビに噛まれたことをその刺激でヘルガは思い出し、着ていたワイシャツを脱ぎ左肩へ視線を向けた。


 噛み跡がくっきりとうかび上がり、周辺の肌がひどくえぐれているのを見てすぐに彼はワイシャツを着直した。朝っぱらから嫌なものを見たな、と思いながらヘルガは思いだしかのようにゾンビの件についてアルバに詰め寄った。


 「そういえば僕にどうしてあんなゾンビをけしかけたのさ!しかも見てるだけだったし、レアリティにしたって!」


 「あーそれな。まーなんだ。悪かったとは思ってるよ?けどお前、ちゃんと生きてるからいいじゃねえか」


 「僕は死にかけたんだけど?」


 「つっかかるなぁ。まぁオレからすればなんであんな異能を持っていたやつがゾンビ一体に手こずったのかの方が気になるけどなぁ?」


 視線を徐々にヘルガの右手へと移すアルバの声音が少しずつ低くなっていく。彼につられてヘルガも自分の右手に視線を向けるがなんの変哲もない右手だ。普段から利き手として使っているもっとも馴染み深い手のままだ。とても魔術師なんて自称するアルバが欲しがる産物のようには見えなかった。


 試しに指を伸ばしたり、関節を曲げてみたりするが目立った変化は起きない。馬鹿にしているのだろうかと思いヘルガはベッドから降りると出口へ向かおうとした。


 「——とにかく僕はそろそろ学校行かなきゃ」

 「は?何言ってんだ。肩口の傷は見ただろ。休めよ」

 「いやでも学校は行かなくちゃいけないでしょ?だってそれが……学生の義務なんだから」


 「おい、ちょっと待てクソガキ。オレは医者じゃねーがドクターストップくらいはかけるぞ。その傷で登校しても悪化するだけだ」


 アルバを振り切り、ドアノブへ手をかけようとすると急激な熱を右手に感じ、ヘルガは手を抑えて飛び上がった。その際に天井に頭をぶつけ今度は床にうずくまった。ドアノブに触れた手を見ると手のひらが膨れ上がり異常な熱を帯びていた。


 「落ち着けクソガキ。なんだってそうやって学校なんざ行こうとすんだ?」


 起きあがろうとするヘルガを上から押さえつけ、右手を強く握った。動こうにも動けずヘルガは首だけを動かし前進しようともがいた。脳に血が上り、荒々しい息遣いで顔面を赤くする彼だったが、見かねたアルバの肘付きが脊髄に直撃し彼の意識を刈り取った。


 「おかしくない?おかしすぎません?」


 そんなヘルガが次に目覚めて発した第一声がそれだった。なぜかシーツでぐるぐる巻きにされ、その上からガムテープが巻かれているせいか、人頭芋虫かのような外見になっていた。顔だけが妙に小さく比較的まとまった容姿であるせいで下の落差がえげつない。


 「しょうがないだろ?お前がまた学校に行くとか言い出さないとも限らんしなぁ」

 「あぁ?学校なんて僕言ったっけ?」


 「痴呆症でもわずらってんのかよ。とにかく今日のところはそのまんまでいろよ?安心しろ、下の処理くらいはオレがやってやる」


 冗談じゃないとヘルガはベッドの上で跳ね上がる。しかし四肢を拘束されているせいでうまくバランスを取れず、彼の体はベッドから勢いよく落下した。


 「今の前、マジで滑稽だな」

 「性格悪すぎない!?」


 挙句縛った張本人は部屋の奥でクスクス笑っているのだから始末に負えない。人生最大の恥辱だ、とヘルガはいつか殺してやると心に誓った。


 「そう睨むなよ。こっちはまだ話したいことが色々あるんだ」


 そう言って部屋の奥から椅子を持ってきたアルバはヘルガの前にどっかりと座り込んだ。恨みがましくヘルガが睨む中、アルバは口を開く。


 「まずはお前のその右手について、というか両目と右手だな。そいつは『異能殺し』こと『カルネアデス』って呼ばれてる代物でな。まぁそこそこ珍しい産物なんだよ。なんせあらゆる異能、人外を殺せるんだからな」


 さながらコレクションを自慢する骨董家のごとくアルバは得意げにヘルガの「異能殺し(カルネアデス)」について語り出した。


 「起源はオレも知らねーが数多くある異能を無効化する産物の起源って呼ばれてるんだ。曰く、見た異能と人外をことごとく抹殺する世界の監視機構にして抹殺機構なーんて言われてるけど現物を拝むとちょい拍子抜けだよなー」


 どこから取り出したのか年季の入った杖でヘルガの左肩を突きながらアルバは無精髭をさすった。突かれる度にわずかにのけぞるヘルガの反応を見て楽しんでいるかのようで、当の本人の殺意は十割増しにまで膨らんでいた。それを堪えてヘルガは疑問に思ったことを早々と口にした。


 「どうして僕がその『異能殺し』って奴をもってるって言えるんだよ。アルバの話振りじゃ他にも似たような力はあるんだろ?」


 「目の色だな。オレがけしかけたゾンビを殺すとき、お前の眼球の色が黒から赤、青、緑に変わった。これは『異能殺し』以外には起きえない現象だ。それまではいくら刺しても死ななかったゾンビが一瞬で雲散霧消したことも『異能殺し』の出力が物語っている。だが腑に落ちないこともあってな」


 そう言ってアルバはベッドの近くの棚の引き出しを開け、一振りのキッチンナイフを取り出した。血と油でなまくらと化したそれは忘れようもなくヘルガがゾンビを殺したときに使ったものだった。


 「オレの知る限り『異能殺し』の効果は二つ。異能と人外を察知する両目、そしてその二つを殺す右手だ。その中に武器に能力を伝播するなんて効果は含まれない。ゾンビの殺し方にしたって今に思えば変だ。ただのナイフの攻撃範囲の外にあった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お前、ほんとなんなの?」


 「僕が聞きたいくらいだよ。どうして僕の体にそんな大それたものがあるのか」


 「それは救世主(メシア)のみぞ知る謎だな。人間は唯一救世主を除いて自分の目的なんて知りやしない。無駄に知識ばっかり積み上がっていくからお前みたいに自分のアイデンティティに疑問を抱く馬鹿が出てくるんだ。全くもってくだらねぇ。ああ、くだらねぇ」


 どこか自戒にも聞こえる言葉を発するアルバはナイフを手の中で弄び続けた。素人目には危険な行為に見えるが、アルバは気にする素振りを見せない。


 「まーお前については色々とこれから教えてもらうぜ?オレも一応は魔術師だからな。おもしれー研究対象を見つけたら調べずにいられないのが魔術師のサガっt」


 ズガアン!!!


 アルバがいい終わる直前、部屋の壁を突き破って何かが割り込んできた。突然の破壊音にヘルガとアルバは驚きを隠せず、両者の瞳は音のした方へと向かう。


 そして煙の中から現れた白い巨兵を前にして「あ、ヤバい」と心の底から思った。

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