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タクシー

作者: N(えぬ)

 そのコールガールは美しかった。それは大人っぽく化粧をしていて、ふつうの女性がまず身につけないような露出の多い寒そうだがセクシーな服装のせいだったかも知れない。そうだとしても、彼女にはその格好がよく似合っていた。ボスが、おまえはコレを着ろっていうから、と、尋ねたわけでもないのに説明してくれたことがあった。だから恐らく彼女が着ている服は、いつもボスと呼ばれる誰かかそれに準じるような人間があてがった「衣装」なのだろう。彼女の名前はサリーと言った。

「J3街区まで、おねがい」

 サリーはむっつりとしていた。客のところへ向かうときの彼女の表情はいつもそうだ。そしてタクシーに乗って少したつと、少しだけ世間話をした。

「J3街区」

 ジョーは彼女の言葉を復唱し、すぐに走り出した。

 ジョーと呼ばれるこの男は、ロボットで、タクシーの運転手をしている。AIを備えていて感情はあるが人間に危害を加えることは無いようにプログラムされている。腕力なども人間並みになっている。言って見れば、極度に従順で疲れ知らずに働く人間という見方も出来る。

「あなたって、生まれてどれくらい?」

 後部座席の運転席の真後ろに座るサリーは、運転席前の室内ミラーに映るジョーの顔を覗きながらそう言った。

「8ヶ月です」

「8ヶ月なんだ。すごい。人間ならまだ赤ちゃんね」

「仕事内容と一定の社会規範や常識は最初から組み込まれていますから、人間でいう生後8ヶ月とはだいぶちがいますね」

 ジョーはなめらかに答えた。話にぶりには、別にそのことを自慢げに言うわけでも、皮肉っぽい響きもない。電機製品の説明書でも読むような雰囲気がある。恐らくそういうことをこれまでに何度も聞かれているのだろう。

「体は成長しないけれど、感情は少しずつ変わっていくんだよね?ロボットも」

「ええ。仕事上の体験や経験などで徐々に変化していきます。ですが、人間に危害を加えたり、あるいは違法な行為などは行いません……ああ、失礼」

「いいのよ。違法行為をするのも人間の特権よね……自発的かどうかは別だけど」

 サリーは夜の街の光が差し込みほとんど影のような姿にしか見えないジョーの横顔の辺りを鮮明に見ようとしていた。

「前。違うタクシーの運転手に、なぜそんな仕事をしているのか、って言ってお説教されたことがある。あなたはどう思う?わたしのしていることは、許せない?哀れ?」

「さあ……なんとも言えませんね。わたしはまだ勉強中なので。人間の人生について語るほどの知識を持っていません」

「勉強かぁ。人生について語るには勉強が必要なのね。勉強するには、時間が必要ね。わたし、毎日がクタクタだわ」

 ジョーの見立てでは、サリーというこの女はまだ18か9。もしかするともっと年齢が低いように見えた。化粧、服装、夜の闇。それらが彼女にごまかしを与えているようだった。


 サリーは夜、大概ずっと深夜営業のレストランにいる。そこで彼女を呼ぶ客の場所を指示する電話を待つのだ。

 彼女はよほど時間が切迫しないかぎり、最近は客先へ向かうのにジョーのタクシーを呼んで利用するようになった。

「勉強してる?」

 サリーはジョーのタクシーに乗ると唐突にそう言った。ジョーは、その質問の意図を探るようにチラッと室内ミラーで後部座席をのぞき見た。

「われわれの勉強というのは、人間とは異なっていて。本でもテレビ放送でも、情報をインプットするという意味では一瞬で終わるのです。それがほかの情報と結びついたりして、何か違うものに変質したりするのが頭脳に繁栄されます。それが勉強の成果ということになりますが、どんな成果が出るかはロボットの個体によっても違うようです」

「勉強っておもしろい?」

「おもしろいこともあります。人間の場合は、最初のインプットにも時間がある程度掛かりますし、それをおもしろいとか楽しいと感じたりするのにも、人によって違いが大きいようですね。自発的に勉強するのではなく、親御さんに強いられてするのでは、なかなかはかどらないでしょうし」

「親に勉強しろって言われたことは無いわ」

「そうなんですか?それは、あなたが自発的に勉強していたからでしょうか?」

「ううん、ちがう。親がいつも、どっかで酔い潰れてるかクスリでわけわかんない世界へ行ってたから」

 サリーは、自分で吹き出し笑った。ジョーは何も言わなかった。反応を示さなかった。

「あたしの親なんて、いないのと同じ。孤児みたいなものよ」

「わたしもです」

「そういえば、そうね」



 ジョーは闇プログラムを売るマークという男の家にいた。マークは人間だ。彼はロボットを制御するプログラムを書き換えたり、機能を付加したりする改造を行っている。また、ここではほかであまり目にしない変わったデータを取り込むことが出来た。

「ロボットが、『親』でデータ収集とは、おもしろい」

 マークは店の奥のカウンターの向こうで、自分の前にある端末を見ながら口元に笑いを浮かべて言った。それに対して、ジョーも自分とデータベースとの通信状況表示から目を離すこと無く、マーク同様に口元に笑いを浮かべるだけで、ほかに返事はしなかった。

 ロボットが自分を改造するのは違法だ。まあ、彼は違法なことをして金をもらっているわけだが、ロボットは基本的に個人の収入がないので、その場合は、マークの作ったプログラムを使用した上で得られたデータが見返りとして要求される。

「ロボットが人間の親というものに興味を持つのも珍しい。そのデータでキミがどう変化するのか、楽しみだ」

「親にもいろいろあるな。親がどうあるべきかというのは、捉え方が難しい」

「親だから、子がいるわけだが。その関係性は本能じゃ無いからな。全ては後天的に獲得した個々の性格が影響している。まあ、典型的な『親の姿』って言うのは、ある程度は決まっているだろうが」

 ジョーはその他にいくつかのプログラムを手に入れ、自分に組み込んだ。

「おまえさん、何をする気だ?」

 マークが椅子から立ち上がって声を掛けたがジョーは無表情に見え返しただけで何も言わなかった。そして、「データは間違いなく送信する」と言い残してマークの店を出た。マークには、これから何か大それたことが起きることが予感された。ジョンがダウンロードしたプログラムは、射撃技術、格闘技術に関するプログラム、人間に対し危害を加えないというロックシステムの切断プログラムだった。



翌日の夜。

 サリーは以前のように深夜営業のレストランの窓際の席に座り暗く輝く外を見ていた。

 彼女に売春組織からの連絡はもう入らないようだった。ジョーのタクシーも、もう呼んでも来ないだろう。その理由が昼間からテレビで流れていた。プログラムが暴走したロボットが人間のギャング一味と銃撃戦になり、相打ちで全員が死亡したと繰り返し報じている。ロボットの専門家は、AIが何らかの異変で自発的に強い正義感に駆られて暴力に訴えたのでは無いかと分析していた。

 呆然と窓に向いている彼女は、今度はガラスに映り込む自分の姿を見ていた。

 店に男が入って来てサリーを見つけると歩み寄り、

「サリー?……ジョンから預かった」

 わずかに頷いた彼女の前に茶の紙袋が無造作に置かれ、男はそれだけですぐさまきびすを返して店を出て行った。

 袋の中には一通の手紙。その下には手に余る額の札束が入っていた。

手紙にはこうあった。

わたしは親というものに興味を持ったので勉強してみた。そして、親になって見ようと思った。

サリー、君の親になりたくなった。

親はだいたい皆、子供の幸せを願う。

大それた幸福で無くていい。

平凡で慎ましい幸せでいい。

それが人間の親には多いようだ。

わたしも君にそうあって欲しいと思った。

わたしはロボットだから、君に幸せをあげられない。

だが君を幸せへのスタート地点に立つチャンスは上げられるのでは無いかと考えた。

君が恐れるであろう組織の人間は残らずわたしが始末した。もう何も心配はいらない。

そして、しばらくは困らないだけのお金を用意した。

君はこのお金をもらう権利があると思う。だからためらわずに受け取って欲しい。

わたしにはこんなことしかできない。助けられるのも君一人だ。

だがそれが親というものだろうと思う。

自分の子供を悪から守り、幸せを掴んで欲しいと願うのだ。

サリー。わたしはこの名前しか知らない。

本当の名前がほかにあるかい?

最後に、その名前を呼びたかった。


おとうさんのジョンより


追伸

手紙を読んだのちは記録を残さぬため焼き捨てられたし


「サトミよ。おとうさん。わたしはサトミ。お父さんの娘よ……」



「ジョン。おまえさんが収集したデータは興味深い。これから有効に使わせてもらうよ。それに、おまえさんがこれからどういう風になっていくかもよく観察させてもらう。うちに帰って、おまえさんを新しいロボット本体に入れて起動するのが楽しみだよ」

 マークは夜の道を自然に急ぎ足になっていた。

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