先輩と僕の無慈悲な恋
人の温もり、肌の暖かさ、それを知ったとき私は初めて人の愛情というものを知った。
鬱陶しいほどに蝉の鳴く日。僕は降り注ぐ太陽から逃げるように、日陰を歩きながら第四教室を目指していた。
第四教室は別棟の一番奥にあり、日の光が全く入ってこないので、凄く不気味に感じる。重く閉ざされたドアを開けると、ドアの近くに積まれた、紙の山がドチャッと崩れていった。ここは、僕ら漫画部が使わせてもらっている部室だ。十畳ほどしかないにもかかわらず、画材やら資料やらで、ほとんどが埋め尽くされている。そのため、このような紙の雪崩はよく起きることでだ。
毎度のことのように、散らばった紙を拾い集めていると、ドアを開ける音がして、小柄な少女が入ってきた。僕を見つけると近寄ってきて、紙を集めるのを手伝ってくれた。
彼女は漫画部の先輩だ。そこまで長くない髪を後ろで結ぶ先輩は、美しいというより、可愛いらしい。その小さな背中を見ていると、もし抱きしめたら彼女の体はスッポリ僕で隠れるのではないかと思えてくる。先輩の穏やかな性格も相まって先輩はより小さく見えるのだろう。そんな先輩が僕はとても愛おしいかった。
だからだろうか、彼女は拾い集めた紙を僕に差し出したが、僕は当然のことのように、その手を押し退けて彼女を抱きしめてしまった。彼女が紙を落とす音が聞こえ、甘い蜜のようでどこか湿った先輩独特の匂いが僕を襲った。急な出来事に動揺しているのか先輩はずっと黙っていたが、それは僕も同じことであった。
咄嗟に出た行動に初め後悔したが、何も言わない先輩を見るとそのまま引き下がりたくないとも思った。僕はそっと胸の方に手を回す。すると先輩はビクッと震え一歩後退りした。と同時に先輩は床に落ちた紙に足を滑らせて、二人共そのまま倒れ、床に重なり合う体制になった。その衝撃でさらに紙が舞い上がる。
そのとき僕は初めて先輩と目が合った。少し頰を赤らめた先輩の澄んだ目がこちらをじっと見ていた。
僕は急に自分が恥ずかしくなり、乱雑にドアをこじ開けると、戯けるようにその場から逃げだした。あの日の蝉の鳴き声は今でも僕を追ってくる。