君の為に生きてゆきたい
1.孤独な街
吐き気が加速する駅のプラットホーム
総武線の電車に吸い込まれるように彼女は立つ
あと一歩、目を閉じさえすれば現実の向こう側へ行ける
脳天を劈くほどの警笛の音で
ユリは現実に還った
何もなかったように
巨大な蛇の口は開き
いつもの様に彼女を
孤独な夜へ運んでゆく
冷たい泪が彼女の頬ををいくつも伝い落ちた
彼女は小さな顔を扉へそっと埋め、窓に映る
車内を見つめた
無機質な程、渇いた車内は
彼女の心をより重くさせた
そんな風景に気を取られてるうち
電車は水道橋へ着いた
駅を出たときには
もう街に灯がともっていた
足速に駅に向かう人波に逆らう様にユリはゆっくりと歩いた
深呼吸と溜め息を同時にして、
回転扉をすり抜け、東京ドールホテルのトイレへ向かった
大量の安定剤を小さな口にめいっぱい含み鏡に微笑えみユリはロビーへ力強く向かった
約束の時間まで20分程あったが
吉田はロビーの椅子に深く腰をおろし、ユリに気付くとこちらに手を振り微笑んだ
「早かったね」
「仕事早く終わらせてきたよ」
二人は恋人のように甘い台詞を何度も交わしながら歩いた
しかし、互いの心に熱いものなど
なにひとつなかった
吉田は、半年前にユリを月60万で買った男なのだ。
上昇していくエレベータを
見下ろしながら
「間違ってないよ…」
心の中でユリはそっと呟いた
吉田に抱かれる度、ユリは疲弊していった
今日で最後にしたい…
スイートルームのガラスを今すぐ割って、この身をバラバラにしてしまいたい
夢も希望も全て捨ててしまえれば
楽なのだろう…
ユリは心の中で何度も自分を殺した
「今日の分だよ」
吉田がアルマーニのスーツの
ポケットからいつもの様に
少し膨らんだ封筒をテーブルに
軽く置いた
吉田に抱かれた夜は
決してユリは泣かなかった
人としてのプライドが
こんな形でまだ残っていたとは
…ユリは小さく失笑した
孤独な夜が深く瞼を閉じ静寂が広がってゆく
ユリは睡眠薬をいつもより多くアルコールで含み、スマホに目をやった
自殺、死にたい、OD…
検索キーワードに並ぶ負の文字に安心しながらいつの間にか深い眠りに落ちた
気付いたのは、明け方の4時だった
「僕も色々あって死にたくて…もし良ければ一緒に逝きませんか」