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輪廻  作者: 代田さん
第二章 友達
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5月17日 1

5月17日(金)


「ねえねえ、SNSが大変なことになってるよ!」


 この日はどうやら遅刻せずに学校に着いた寺崎と紺野だったが、来る早々三須に言われたこの言葉にどきっとさせられた。


「何だよ、大変なことって」


 引き気味に聞き返した寺崎に、三須は興奮したように早口でまくし立てる。


「昨日の雑誌のこと! SNSには情報がかなりたくさん流れてたみたい。あの雑誌を見た人からも投稿が相次いで、自分も見たっていう人がわんさか出てきてんだよ。しかもさ……」


 三須は何だか知らないが声を潜める。


「その件の前に、地下鉄で大変な事故があったの覚えてる? 死者は出なかったけど、あわや衝突、大惨事寸前の」


 紺野はその言葉に、表情を凍らせた。寺崎も、そんな紺野にちらっと目を走らせる。


「その事故の時、運転室のガラスを割って電車を止めた男の子がいたんだって。その電車に乗り合わせてた人から、あの雑誌の子とその子がそっくりだっていう情報まで入ってきてんの」


 そこまで一気にまくし立てた三須は、少々乱れた呼吸を整えつつ、じっと紺野の目をのぞき込んだ。


「……マジで、紺野くんじゃないんだよね?」


 紺野は一瞬間を空けてから、次は不必要なほど何度もうなずいてみせる。明らかに動揺しているその様子に三須は懐疑的な目を向けていたが、今度は黙り込んでいる寺崎を見上げた。


「じゃあ、他人のそら似ってこと? あたし一瞬、あの雑誌社に紺野くんのこと教えてあげようかとか思ったんだけど……」


「やめといた方がいい、やめといた方が」


 寺崎もやり過ぎなくらいぶんぶん首を振ってみせる。


「あとで恥かくのはごめんだからな。やっぱ人違いでしたとか、クソ恥ずいじゃん」


 三須はそんな寺崎をうさん臭そうに見上げていたが、やがてため息をついて肩をすくめた。


「ま、勝手にそんなことすんのは、確かに悪いもんね。違うって言ってんだから……」


 言いつつも、心なしか意地の悪い笑みを浮かべながらこう付け足す。


「ただ、友だちじゃない子……特に、顔だけ知ってるような子は、案外無責任に情報流しちゃう可能性はあるよね。だって、そっくりなんだもん」


 グラウンドに練習開始の笛が響き渡った。談笑していた生徒たちも、グラウンドの中央に集まり始める。三須もそちらの方へ走り出した。

 だが寺崎と紺野は、そのまましばらくはぼうぜんとその場に立ちすくんでいた。


「……まずいな」


 紺野は足元に目線を落としたまま、無言でうなずいた。


「マジで、誰かに相談した方がいいかもしれねえ」


 紺野は幾分青ざめたその顔で、もう一度、深々とうなずいた。



☆☆☆



「どうした?」


 練習後、すっかり意気消沈している様子の寺崎と紺野のところに、玲璃が心配そうにやって来て声をかけた。だが、二人とも生返事をしただけで浮かない表情のままだ。


「なんか、今ひとつ元気ないな。転んだこと、気にしてるのか?」


 紺野は恥ずかしそうに下を向いた。練習中も上の空だった紺野は、つまずいてみごとにすっころんだのである。

 寺崎は困ったように笑うと、ため息をついた。


「無理もないっすよ。ちょっと今、いろいろ取り込んでて……」


「取り込んでるって、何のことだ?」


「実は……」


 教室に向かって歩きながら、寺崎はこれまでの経緯を手短に玲璃に伝えた。


「なるほどな」


 寺崎の話を真剣な表情で聞いていた玲璃は、思い出したようにうなずいた。


「あの時の、眼鏡の記者か」


 寺崎はうなずき返しながらため息をつく。


「俺も、SNSはヤバいとは思ってたんすよね。ただ、思ったところで、止めようがない」


 玲璃は真剣な表情でじっと何か考えているようだったが、ふいにこんなことを聞いてきた。


「その雑誌の名前、何ていうんだっけ?」


「確か、ジャパンサンデーっすけど?」


「……私も買ってこよう」


 その言葉に寺崎は、お笑い芸人さながらにずっこけた。

 玲璃は赤くなると、慌てたように言い訳をする。


「だ、だって、何て書いてあるか読んでみないと、対策のたてようもないだろ」


 必死で弁解する玲璃を、寺崎は横目でじとっと見やった。


「総代にそういうご趣味がおありとは……」


「しゅ、趣味とか、別にそういうんじゃないって」


 ブンブン両手を振り回して真っ赤になっている玲璃の慌てぶりに、寺崎はこらえきれなくなったように吹き出した。


「冗談っすよ、冗談。でも、マジでそれなりに見えましたよ。俺のコーディネートも捨てたもんじゃないっすね」


 寺崎と玲璃が軽口を言い合っている間も、紺野は暗い表情で足元を見つめて、じっと何か考えこんでいる。様子に気づいた玲璃は、心配そうにその顔をのぞき込んだ。


「気にするな。なるようにしかならないんだから」


 紺野は申し訳なさそうに小さく頭を下げる。


「はい。でも、僕のためにもし、寺崎さんたちに迷惑がかかったりしたら……」


 玲璃は腕組みして何か考えているようだったが、やがて何を思いついたのか、パッと明るい表情になった。


「したら、うちに来るか?」


 紺野は心底びっくりしたらしく、目をまん丸くしてニコニコ顔の玲璃を見つめている。


「ほら、父様は警視総監をやってるだろ。一応社会的信用も厚いから、その家族に、マスコミもめったなことはできないだろうから


 寺崎が苦笑して首を振った。


「いやいや、逆にヤバいっすよ。社会的地位のある人は敵も多いすから、訳の分からないスキャンダルに発展したりする」


 玲璃はハッとしたような顔をすると、肩を落としてため息をついた。


「そっか……確かにそうだな。ゴメン、紺野、寺崎。私は役に立てそうもない」


「うちなら大丈夫っすよ。社会的立場もクソもねえし、迷惑なんてかかりようもない。紺野の杞憂きゆうもいいとこっすから」


 そう言って寺崎は、紺野ににっと笑いかける。


「何とかなるって。バレたらバレたで、明るい方向につなげていくしかねえじゃねえか」


「……はい」


 紺野は寺崎を何とも言えない表情で見つめていたが、目を伏せると、自信なげにうなずいた。



☆☆☆  



 ジャパンサンデー編集部は、ひっきりなしにかかってくる電話対応に追われていた。SNSの書き込みも、既にかなりの件数に上っている。


「ここまで反響があるとは思いませんでしたよ」


 電話対応の合間に、男性カメラマン……石黒良太は、汗を拭き拭きパソコン画面に向かう須永に声をかけた。


「思った通りね。情報も、面白いのがいっぱい入ってきてるし」


 閲覧していた画面を閉じ、慌ただしく出かける準備をし始めた須永の様子に、石黒は身を乗り出した。


「今から、どちらへ?」


「四軒茶屋駅。これから、地下鉄事故の車掌さんから話が聞けることになってるの」


「ご一緒します!」


 慌ててカバンとカメラを引っつかむと、石黒は須永のあとを追って騒々しい編集室を飛び出した。

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