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輪廻  作者: 代田さん
第二章 友達
95/203

5月15日 4

 寺崎はちらっと、A組の中心になって話し合いを進めている玲璃に目を向けた。

 笑顔を絶やさず、和気あいあいとした雰囲気で和やかに話し合いを進めている。


――いいなあ、A組。


 寺崎はふと、先ほど三須に言われたことを思い出した。


『やっぱ、生徒会長に会えたことが大きいかな』


 確かにそうだった。朝にしても、今にしても。玲璃と会うと重かった気分が晴れ、気持ちが軽くなった。くだらないことに笑う元気も出た。

 いったいなぜなんだろうと不思議に思いながら、寺崎がぼんやりと玲璃を眺めていた、その時だった。

 玲璃の真上にある、高天井用の巨大な照明。その照明の支柱に、赤い気が走ったのだ。本当に一瞬だった上に、玲璃は話し合いをまとめるのに夢中で、気づいている様子はない。

 弾かれたように立ち上がった寺崎は、立ちあがりざま力一杯床を蹴り、獲物を見つけたチーターさながらにダッシュする。

 三須をはじめB組の面々が驚いて振り返った時には、寺崎はA組の一団に突っ込みながら叫んでいた。


「危ない!」


「寺崎⁉」 


 驚いて振り返った玲璃に、寺崎は斜めから突っ込むような形で覆い被さった。

 同時に、先ほどまで玲璃が立っていたその場所に、天井から落下した直径六十センチメートルはあろうかという巨大な照明が、床と激突して大破した。照明は砕け散ったガラスを四方に飛び散らせ、斜めに傾いて木の床に突き刺さる。

 息を切らせながら、寺崎は背後に目を向けた。もうもうと舞い上がるほこりの向こうに、巨大な照明が床から半分だけ顔をのぞかせているのが見える。もし万が一衝突していれば、ケガどころではすまなかったかもしれない。

 寺崎は体中の力が抜けるようなここちで思わずため息をついたが、何か違和感を覚えた気がして眉をひそめた。


「……寺崎、重い」


 と、寺崎の体の下から、くぐもった低い声がした。

 寺崎がハッとして体を起こすと、真っ赤になって飛び退った。寺崎は、ずっと玲璃に覆い被さったままでぼんやりしていたのだ。


「す、すみません!」


 のろのろと体を起こした玲璃の頬も、少しだけ赤く染まっている。玲璃は寺崎から目をそらし、落下した照明に目を向けながら、小さく頭を下げた。


「いや、ありがとう、寺崎。助かったよ」


「と、当然です」


 なんだかドキドキしながら寺崎も目線をそらして答えた、その時だった。


【助ケラレルワケガ、ナイ】


 針金でこめかみを力一杯締め付けられたような、鋭く強烈な頭痛。それと同時に、脳内に響き渡った悪意に満ちた意識に、寺崎も玲璃も息をのむ。


【誰モ傷ツケナイナンテ、有リ得ナイ】


 嫌らしい含み笑いの気配が届いた、次の瞬間。

 体育館にぶら下がっていた全ての照明の根元に、赤い気が走った。


「……!」


 落下する照明の数が多すぎて、全ての生徒が安全に身を守れる場所など到底見当たらない。寺崎も玲璃も、なすすべもなく凍り付いた。



☆☆☆



「紺野さん、ちょっといいかしら」


 みどりはノックしてから、そっと横開きの戸を開けて部屋の中をのぞいた。


――あら?


 みどりは目を見開いた。

 部屋の中に、紺野の姿がなかった。開け放した窓にかかるレースのカーテンが、涼し気に揺れているだけである。


――どこに行ったのかしら?


 みどりは首をかしげると、戸惑ったようにはためくカーテンを見つめた。

  

   

☆☆☆



 寺崎はふたたび玲璃に覆いかぶさると、彼女ができるだけ被害を受けないように自分の体を盾にした。今はもう、自分たち自身の被害を最小限に食い止める以外にやれることがない。

 照明は、衝撃でぐらぐらと不気味に揺れながら、それでもしばらくはかろうじて天井に張り付いていたが、限界に達した照明から、ひとつ、またひとつと、力尽きたように落下をはじめた。


「キャーッ!」


「うわあああっ!」


 響き渡る、絶望的な叫び声。体育館にいる生徒も、教師も、皆、頭を抱えて床に伏せた。それしかなかった。照明の数が多すぎるため、逃げ場がないのだ。照明の落下点ではなさそうなすき間に集まり必死で身を寄せ、友だちどうしで抱き合って、迫り来る惨劇に為す術もなく体を丸めてうずくまる。

 寺崎も玲璃も、心臓が凍り付くような恐怖を覚えながら、目をかたくつむって息を殺した。

 静寂が、体育館を包みこむ。

 違和感を覚えた寺崎は、恐る恐る目を開いた。

 顎の下からほのかに香る甘いシャンプーの香りと、照明の落下によって引き起こされたであろう惨劇との二律背反に混乱を覚えながら、状況を確認しようと、体を起こして首を巡らせる。

 その目が、大きく見開かれた。

 照明は、どこにも落ちていなかった。

 落ちているのは、さっき玲璃の頭上に落ちてきた、あの照明一つきり。その他の照明は影すら見あたらない。天井を見上げると、照明は一つ残らずなくなっている。確かに照明は落下したのだ。だとすると、落ちたはずの照明は、いったいどこに消えてしまったのか。

 他の生徒たちも寺崎と同様、一人、また一人と起き上がってはあたりを見回し、思いがけない光景に目を丸くしている。

 寺崎は立ちあがると、もう一度あたりをぐるりと見回した。


「……今、感じたよな」


 伏せていた体を起こしながら、玲璃がつぶやいた。寺崎も無言でうなずき返す。

 照明を落下させた赤い気の気配とは別の、落下した照明を別の場所に転送した、気の気配。あれは、確かに……。


「でも、……どこだ?」


 寺崎はきょろきょろと辺りを見回したが、体育館内にはそれらしき姿は見あたらない。

 と、玲璃がはっとしたように振り返った。裏門に続く出入り口の向こう側に、誰かがうずくまっているのに気がついたのだ。

 寺崎と玲璃はものも言わず、弾かれたように出入り口に向かって走り出した。

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