5月15日 3
ひととおり教師の説明が終わると、クラスごとに集まって紅白に分かれ、練習方法や順番決めの方法などを話し合う段となり、皆それぞれの位置に移動し始めた。
「じゃ、俺たちも行きますか」
そう言ってよっこいしょとつぶやきつつ立ちあがる寺崎を、三須はいくぶん安心したように見あげた。
「ちょっと元気出てきたみたい? 寺崎」
「え、そっか?」
三須はうなずくと、意味ありげな笑みを浮かべる。
「やっぱ、生徒会長と会えたことが大きいかな?」
「何言い出すかと思えば……」
赤くなってうろたえる寺崎の様子を、出流は大きな目でじっと見つめていた。
B組の面々はステージのすぐ下の辺りに集まっている。寺崎達が輪に加わった時には、三年生が中心になって顔合わせが始まっていた。
「じゃ、自己紹介からいこうか。三年からな。俺は水島瑛。赤だ。タイムは十一秒二だ。よろしく」
ツンツンした髪形が個性的な男子は、そう言って隣の眼鏡男の肘をつつく。運動系というよりは文化系と言った風貌の眼鏡男は「ああ」というと、頭を下げた。
「北島飛龍です。白です、よろしく。……タイム言うのか?」
メモをとりながらうなずく水島を見て、北島は渋い顔をする。
「十三秒一です」
「ええーっ、タイム言わなきゃだめ? 自由申告にしようよ」
「だめ。それをもとに、順番決めんだから」
茶髪の女はぶつぶつ言いながらも頭を下げた。
「桑田愛海。赤です。タイムは十四秒三。よろしく」
隣にいた温和そうな女子も、続いて頭を下げる。
「えっと、金城咲良です。白で、タイムは十四秒一。よろしくです」
すると桑田が、申し訳なさそうに頭をかいた。
「ごめんねー、うちのクラス、女子が遅くって」
すると、先ほどから腕を組んで不機嫌そうな表情をしていた二年生男子が、その言葉に触発されたかのようにふてぶてしくつぶやいた。
「三年女子マジでおせーな」
北島はじめ三年の面々はその言葉にかなりむっとしたらしく、一斉にこの男に目を向ける。
この学校には珍しい金に近い茶髪に、片耳に光る複数のピアス。ズボンのポケットに手を突っ込んで、自分をにらみ付ける三年生を斜から見上げながら、男は不遜な態度を崩そうとしない。
「練習なんかしても無駄じゃねーの?」
「やってみなけりゃ分からないだろ」
低い声で北島が凄んだが、その二年はバカにしたように手を振った。
「無駄無駄。一年なんか期待しても無駄だし、頼みの三年がそんなんじゃ」
「……とにかく、おまえの名前とタイムは教えろ。順番が決まらないだろ」
怒りを押し殺した北島の低い声に、男はわざとらしくため息をついてから、相変わらずのふてぶてしい態度で答える。
「白の、中村将馬。タイムは、十秒九」
――なんだこいつ、感じ悪。
寺崎は眉をひそめて中村を見ていた。このふてぶてしい態度に加え、紺野と同タイムというのがひっかかる。
だが、三年の面々はそのタイムに何も言えなくなったらしい。黙って、別の二年を見やった。
「渋前亮。赤で、タイムは十二秒一」
「あたしは柿沢彩夏。白です。タイムは十四秒〇」
「幹本沙希。赤で、十三秒四です」
あとの二年はそうそう問題なさそうだったが、中村という男におびえているような雰囲気がそこはかとなく感じられた。
「じゃあ、最後は一年生」
三須が寺崎をつっついたので、仕方なく寺崎は立ちあがった。
「寺崎紘っす。白で、タイムは……十五秒九」
先日の測定で適当に測ったタイムを言うと、案の定中村は顔色を変えて立ちあがった。
「何だそれ? おまえ、女子じゃねえか!」
寺崎はため息をつくと肩をすくめる。
「なんなら見せましょっか? 立派についてますけど」
三須が思いきり吹き出したので、中村はそれ以上何も言えなくなったのか、ぶぜんとして座り込んだ。三須はくすくす笑いながら立ちあがる。
「三須笑美花です。タイムは十二秒三です。赤です」
出流はためらっていたが、三須に背中を押されておずおずと立ちあがった。
「村上……出流、です。白で……タ、タイムは、十七秒、三……」
中村が目を丸くして、恐ろしい形相でにらみ付けながら「信じらんねえな」と呟いたので、出流はそそくさと座り込んだ。
「いずるちゃん、気にしないで。がんばろうね!」
三須が小さい声で励ますと、出流は震えながら必死でうなずくのだった。
「あれ? もう一人は?」
水島がいぶかしげに辺りを見回しているので、寺崎が手を挙げた。
「今日、休んでるんっす。明日には来られると思いますけど」
すると中村が、忌々しそうに口の端を引きつらせてつぶやく。
「病弱かよ。ったく、一年はどういう選び方したんだ。最悪だな」
「そいつの名前とタイム、分かれば教えてほしいんだが」
「紺野秀明。赤で、タイムは十秒九っす」
途端に中村の目が、きらっと光ったようだった。
「やっとまともなタイムじゃねえか」
寺崎はちらっと中村に目を向けた。獲物を見つけたキツネのような、嫌らしいワクワク感がビリビリ伝わってくる。
――あんましお近づきになりたくねえタイプ。やだねえ。
寺崎はため息をついた。
その隣の輪でA組の玲璃は、滞りなく話し合いを進めていた。生徒会長という立場上中心にならざるを得ないようだったが、集まった面々も安心してその場を任せている雰囲気があり、話し合いは和やかな雰囲気だった。
生徒たちが話し合いを進めている体育館のすぐ外には、大きな木が一本立っている。ケヤキの木で、樹齢は相当なものだろう。太い幹から四方に伸びた枝枝が涼しげな木陰を作り、風にその葉を揺らしている。
その太い枝に、先ほどから白い猫が一匹、丸くなって座っていた。
白い猫は、ほのかに青い灰色の目で、小窓ごしにじっと体育館の中を見つめている。その視線の先には、A組の輪の中心になって話し合いを進めている、玲璃の姿がある。
と、白い猫は立ちあがった。
軽々と枝を二,三本渡り、小窓にほど近い位置に来ると、再び背を丸めて座り込む。その後ろで、吹き付ける風にざわざわと心地よい葉擦れの音をたてながら、ケヤキはその枝を大きく揺らしていた。