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輪廻  作者: 代田さん
第二章 友達
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5月13日 3

「えっと、それじゃ出場種目、きめたいと思いまーす」


 寺崎はお気楽な調子でそう言うと、書記である三須が板書している黒板の方に目を向ける。これから、五月末に行われる体育祭の係を決めるのだ。


「まず、走るの速い人はこれ。縦割り種目のリレー選。これは遅いと先輩からにらまれんので、ある程度速くないとだめ。赤白男女一人ずつね」


 寺崎は次から次に説明を入れていく。


「リレー選じゃない人は、係やるから。放送、結審、会場、用具、保健、得点。男女各三人で、全員だね。自分のやりたいもん、決めて」


 そこまで言うと、クラス全体をぐるりと見渡す。隣同士こそこそ話し合っている者もいれば、机に突っ伏して寝ている者、われ関せず問題集を広げて学習中の輩もいる。


「じゃ、リレー選からいこうか。やりたいやつ、いない?」


 発言は皆無。クラス内は水を打ったように静まりかえっている。そもそも、この学校は進学校で、運動の得意な生徒はあまり多くない。どちらかといえば、皆インドア派なのだ。ある程度予想はしていたものの、寺崎はため息をついた。


「立候補ないなら、推薦いくよ。今日決めとかないとまずいんだから。この一時間しかもらってないし」


 面倒くさそうにそう言って、クラス内を見回す。


「推薦できる人、いない?」


 クラス内は沈黙で満たされている。寺崎が目を向けると、その視線を避けるようにうつむいたり目線を逸らしたり、協力姿勢は皆無である。

 と、沈黙に耐えきれなくなったのか、書記である三須がいきなり手を挙げた。


「級長、私発言してもいいですか?」


「いいよいいよ。三須ちゃん、誰か知ってんの?」


 ほっとしたような笑顔を浮かべた寺崎を、三須は含み笑いをしながら見やった。


「級長がいいと思いまーす」


 寺崎は口をあんぐり開けて思考停止した。


「……何か根拠あるんすか?」


 寺崎は中学の時も、そしてこの高校に来てからも、一度たりとも本気で走ったことはない。本気で走ればおそらく、余裕で百メートル十秒切るだろう。しかしそんなことをしたら、彼の持つ特殊な能力が白日の下にさらされてしまう。ゆえにいつも教師ににらまれながら、彼はたらたらと力を抜いて走っているのだ。五月の運動能力測定も全部いいかげんな態度で臨み、そのことで教師から先日もお叱りを受けたばかりだった。


「級長、上南沢から走って登校してんでしょ」


 三須の言葉に、クラス中がざわめく。寺崎はしまった、と思った。今朝ほど適当に言ったことで、墓穴を掘ってしまったのだ。


「それなら、俺も三須さんの意見に賛成でーす」


 手を挙げたのは、宮野だった。この男は清水の一件以来、寺崎にいい感情を抱いていない。あの件自体をどうこう言ってくることはないが、寺崎に対する負の感情は消しがたいようで、何か機会があれば寺崎を陥れたいと思っているらしかった。

 寺崎は宮野を怖い目つきでにらんだ。宮野は震え上がったが、この場はクラス会議。それ以上のことはできまいと内心ほくそ笑んでいた。


「じゃあ、俺も」


「私も、三須ちゃんに賛成です」


「級長、お願いしまーす」


 クラス中が一気に賛成の雰囲気に流れ始める。寺崎はしばらく黙ってクラス中を見渡していたが、やがてため息とともにうなずいた。


「分かった。その代わり、ひとつだけ言っておくからな」


 そう言うと、クラス全員を震え上がるくらいの迫力でにらみつける。


「俺は絶対に本気は出さねえ……いいかげんにやらしてもらう。それを納得した上で、俺を推すなら推せ。いいな」


 クラス内は、一瞬水を打ったように静まりかえった。

 紺野はそんな寺崎を、窓際の席から複雑な表情で見つめていた。もとはといえば、自分の自転車登校につきあったことで、面倒くさい役を押しつけられてしまったのだ。たとえ寺崎が言い出したこととはいえ、人のいい紺野は責任を感じずにはいられないのだ。

 寺崎は、先ほどまでの険悪な様子がウソのような、いつものお気楽な調子に戻って次の言葉を発した。


「じゃ、白組男子は決まりってことで。残りはどうする? 女子も。誰かやってくんないと困るんだけど。もうこうなったら速い遅い関係なく、やってくれる人ならOKってことで」


 再びクラス内は水を打ったように静まりかえる。すると、山根がにやにやしながら手を挙げた。


「はーい、級長。おれ、清水くんがいいと思いまーす」


 寺崎は眉をひそめた。清水は、太り気味の体を小さく縮ませて下を向いている。


「その根拠は?」


「ほら、清水くんてメタボ気味じゃん。リレー選の練習にでれば、ちょっとはスリム化が図れるんじゃないかと思ってさー」


 クラス中がどっと笑った。

 寺崎はため息をつくと、いきなり手近にあった教師用教科書を筒状に丸め、それで教卓をぶったたいた。クリアな打撃音が響き渡り、衝撃で教師用教科書の表紙に見事な亀裂が入る。

 クラス中が一瞬で静まりかえった。


「さっきも言ったと思うけど、時間ねえんだよ。ふざけた発言ならいらねえから」


 山根をにらみ据えながら寺崎が低い声でこう言うと、山根はその迫力に下を向いて黙り込んだ。

 するとその時、長い黒髪を無造作に束ね、眼鏡をかけた大人しそうな女子がおずおずと手を挙げた。


「あの……私、やります」


 寺崎はぱっと顔を輝かせて身を乗り出した。


「マジ? 助かる〜! 立候補なんて、素晴らしい! えっと、名前……何だっけ?」


 するとその眼鏡の女子は、赤くなってうつむきながら、小さな声で答えた。


「村上、です。村上、出流いずる。白組です」


「いずるちゃん、ね。三須ちゃん、書いて書いて! 気が変わらないうちに」


 寺崎に自分の名前を呼ばれて、出流はますます赤くなったようだった。


「おっけい、白組男女各一名は決まった! 残る赤組、早く決めちゃおうぜ」


 そう言って、時計にちらりと目をやる。


「あと二十分で、係まで全部決めなきゃだからさ。立候補大歓迎! 他に誰かいない? 推薦もプリーズ!」


 再び静まりかえるクラス内。友達の動向をうかがいながらも、誰も手を挙げようとしない。

 すると、一人の男子が手を挙げた。


「うちのクラスって、運動部少ないんすよね。ここは公平に、百メートルのタイムで決めません?」


 妥当な提案に寺崎もうなずく。


「なるほどね。それが公平かも。……って、俺たちはどうする?」


 するとその男子は申し訳なさそうに頭をかいた。


「悪いけど、白組はそれでってことで……。残りの人だけ、タイムで決めるんでどうでしょう」


 どうやらこの男子は、タイム的にきわどいラインにいるとみえる。寺崎は肩をすくめたが、うなずいた。


「いいよいいよ。それでもいいや、とにかく決まれば。じゃあ、ウソは言いっこなしってことで、まずはこの間の測定で百メートル、そうだな、十三秒切った赤組の人、手を挙げて」


 すると、男子四人、女子一人の手が挙がった。


「じゃあ女子は決まり……って、三須ちゃんじゃん」


 三須は決まり悪そうに苦笑いを浮かべている。


「じゃ、女子は悪いけど三須ちゃんと、村上さんで決まり! 男子は、具体的にタイムを聞いてこっか。この間測定したタイム、言ってって」


 するとそのうちの一人が、不満げに口を開いた。


「級長、一人タイムが分からないやつがいますけど。あいつはどうするんすか」


「え? 誰のこと?」


 するとその男子は、まっすぐに窓際に座る紺野を指さした。


「あいつ、休んでたから測定してないっしょ。不公平じゃないすか」


 寺崎は困ったような笑みを浮かべつつ、さりげなく紺野を擁護する。


「っつっても、あいつ先週まで入院してたんだぜ。そいつに同じ土俵に立たせんのって、ちょっと酷じゃねえ?」


 ひそひそと近くの者同士が話しはじめ、クラス内はざわつき始めた。不満げな顔つきの者が多数見受けられる。公平、平等を過剰にうたってきた義務教育の弊害だな、などと小難しいことを考えつつ、寺崎は小さなため息をついた。

 するとその時、困っている寺崎を見かねたのか、紺野が遠慮がちに口を開いた。


「中学の時のタイムで良ければ、わかりますが……」


 紺野の人の良さにあきれつつも、クラス内の流れを変えられるほど弁がたつわけでもない。見た感じそんなに速そうな気はしないし、多分困ることはないだろうと高をくくって、寺崎は取りあえず紺野の言葉に甘えることにした。


「じゃあ、そのタイムでいいや。紺野、何秒?」


 すると紺野は、ごく当たり前のような顔でこう言った。


「確か、十秒九です」


 一瞬でクラス中が静まりかえる。

 息を詰めて自分を見つめるクラスメートの視線を感じたのか、紺野はおずおずとクラス内を見渡した。


「……何か、変ですか?」


 寺崎は信じられないといった表情であんぐりと口を開けていたが、ややあって、つかつかと紺野の席に歩み寄った。


「紺野」


「はい」


「おまえ、五十メートルと百メートル、間違えてないよな」


「間違えてません」


「中学の、いつの記録だ?」


「秋だったと思います」


「マジで、十秒台?」


 おずおずとうなずく紺野をじっと見下ろしていた寺崎だったが、突然感極まったようにその体を引き寄せ、両腕で力一杯抱きしめた。


「紺野! おまえってやつは……意外性ありすぎ!」


 目を丸くして真っ赤になり、何も言えずにいる紺野から体を離すと、寺崎はクラスを見渡した。


「これ以上の記録持ってるやつ、いるか?」


 クラス中が安心したように首を振り、やがて誰からともなく拍手がわき起こる。


「じゃあ、決まりってことで、いいな! ただし、紺野は先週末まで入院してた。実力を出し切れなくても、文句は言わないってことだけ言っとくぞ!」


 万雷の拍手に包まれながら、紺野は戸惑ったようにクラス内を見回していたが、遠慮がちに頭を下げた。三須は黒板に名前を書くのも忘れて、嬉しそうに満面の笑顔を浮かべている。出流はちらちらと横目で寺崎を見ながら、また赤くなっている。

 こうして、体育祭のリレー選手として、紺野と寺崎が選ばれる運びとなった。

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