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輪廻  作者: 代田さん
第二章 友達
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5月13日 2

 休み時間。紺野の席の周りにはクラスの女子が大量集結し、けっこうな人だかりができていた。

 人だかりの中心で居心地が悪そうに身を縮めている紺野とは対照的に、寺崎は妙にウキウキとその隣で足なんか組んで上機嫌だ。


「紺野くんて、ほんとに寺崎んとこに下宿してんの?」


 短髪色白女子の問いかけに、紺野が言葉を返そうと口を開きかけた途端。


「そうなんだー。こいつ、俺んちしか住むとこがなくってさぁ。こいつ、友だち少なくて寂しいからさ、よかったら今度、うちに遊びに来てよ」


 寺崎が身を乗り出すようにして言葉を返す。色白女子は目を丸くして寺崎を見たが、寺崎は笑顔満開でその視線に応える。と、隣にいた目のパッチリしたロングヘアのかわいい系女子が、気を取り直したように声をかけた。

 

「火事で一カ月も入院してたとか、たいへんだったね。もう体は……」 


「分かる? そーなの! 俺もさー、いろいろ世話してやったんだけど、ほんっと、たいへんだったんだよ……」


 そう言って寺崎は涙をぬぐうマネなんかしてみせる。言葉を奪われて引き気味のロングヘア女子に代わり、反対側に立っていたゆるふわウェーブ女子が負けじと口を開いた。


「勉強とか、分からないことがあったら、言ってね。分かる範囲で教えるから……」


「マジ? 助かる〜! 俺なんかもう、コイツに聞かれても困るっつーか、どこもかしこもわかんないとこだらけでさー。何だったら今日、うち来ない? みんなで勉強会しよーよ」


 顔の周辺に花やらハートやらをまき散らしながら寺崎がハイテンションに詰め寄ってくるので、ゆるふわ女子は顔を引きつらせてあとじさった。

 相手の反応はともかくとして、寺崎自身は女子との会話を満面の笑顔で楽しんでいる。紺野はそんな寺崎を苦笑しながら見ていたが、見覚えのある人物の姿が見えた気がして廊下の方に顔を向けた。紺野の様子に気付き、寺崎も何気なく廊下に目をやり……息をのんで弾かれたように立ち上がった。

 廊下に立っていたのは、玲璃だった。斜に構えて腕を組み、にらみ付けるような感じでじっと二人を見つめている。


「あ……っと、ごめん。急用。仕事なんだ。マジでごめんね。じゃ、またあとで!」


 寺崎は拝むように頭を下げながら女の子の人垣をかき分け、腕をつかんだ紺野を引きずるようにして廊下に飛び出した。


「お、おはようございます、総代……じゃなくて、先輩」


 必死で営業スマイルを浮かべる寺崎を横目でにらみながら、玲璃は低い声で言葉を返す。


「おはよう。何か、すごいことになってるな」


 寺崎は必死で愛想笑いをしながらとぼけてみせる。


「で、ですよねー。紺野くん、マジですごいっすよねー。あんなに女の子集めちゃって……」


 玲璃は絶対零度を感じさせる目線でそんな寺崎をにらむ。


「おまえだろ? 紺野をだしに、女の子を集めて楽しんでんのは……」


「え? 何のことすか? 俺にはさっぱり……」


 目線をそらしてうそぶく寺崎の様子に玲璃は肩をすくめると、紺野に顔を向けた。


「どうだ? 紺野。久しぶりの登校は。大丈夫か?」


 紺野はほほ笑んでうなずいた。


「少し緊張しますが、寺崎さんがいてくれるので大丈夫です」


「そうか」


 玲璃も笑顔を返すと、うしろに立っている体格のいい男子生徒に目配せした。


「ちょっと、紹介しておこうと思ってな。護衛をやってくれている、三年の柴田だ」


 玲璃が紹介すると、その高校球児風の男子生徒は軽く頭を下げた。


「彼は生徒会で役員もやっている。柴田、彼が新しく神代側の護衛になった、紺野秀明だ。いろいろ教えてやってくれ」


 玲璃に紹介されて頭を下げた紺野を、柴田は面白そうに見やった。


「こいつ初対面じゃありませんよ。一度会ってます」


 玲璃は目を丸くして柴田を見上げた。


「本当か?」


「多分。おまえ、滝川の事件の時、寺崎と一緒にいたヤツだろ。松葉づえをついて……」


 うなずく紺野を見て、玲璃は息をのんだ。寺崎も、思い出したように腕組みなんかしてうなずいている。


「そういえば、そんなこともありましたっけねえ。おまえ、へたしたらあの時、死んでたんだよな」


 世間話のようにとんでもないことを言っている寺崎と、平然とうなずき返す紺野。玲璃は慌てて問いただした。


「え、じゃあ、あの時、私を助けてくれたのは……」


「あれ、聞いてませんでした? 紺野ですよ」


 玲璃はしばらくの間、あっけにとられたように口を開けて凍っていた。


「知らなかった。誰も教えてくれなかったから……おい、柴田! そういうことはもっと早く言え!」


「へ? あ、すんません。てっきりご存じかと思って……」


 木訥ぼくとつとした感じで頭を下げる柴田にふくれてみせてから、玲璃は改まった様子で紺野に頭を下げた。


「ありがとう、紺野。全然知らなかったんだ。礼が遅れて、すまない」


 すると、柴田も表情を改めて紺野に向き直った。


「俺も、なんとか親を説得して仕事を続けられたのは、高位能力者のおまえが神代側の護衛としてついてくれたおかげだ。俺からも礼を言う。本当に、どうもありがとう」


「いえ、僕は、なにも……」


 二人から頭を下げられて、どうしていいかわからないといった様子であたふたしている紺野の様子を眺めながら、寺崎がしみじみとつぶやいた。


「しっかし、思い出してみると、おまえ随分雰囲気変わったよな」


 紺野は戸惑ったように寺崎を見る。


「……そうですか?」


「おまえがあれこれ趣味を押しつけたからじゃないのか?」


 胡乱うろんな目つきの玲璃に言われて、寺崎は慌てて手を振った。


「いや、そういうんじゃなくって、雰囲気っすよ、雰囲気。最初の頃、こいつほんとに暗くて影薄くてそっけなかったっすもん」


 その言葉に、玲璃も思い出した。桜の木の下で見かけた、紺野。確かに、無表情で暗い雰囲気がただよっていた。その頃から比べると、今は本当に同一人物かと思うくらい、表情が豊かになっている。

 すると紺野が、ぽつりと口を開いた。


「それはきっと、皆さんのおかげです」


 伏し目がちで語る紺野の顔を、寺崎も玲璃もじっと見つめた。


「僕自身、自分がこんなに変わるなんて思ってもみませんでした。皆さんには本当に、感謝しています」


 紺野が頭を下げると、寺崎が照れ隠しのように笑う。


「だからあんなに女の子も寄ってくるんすよ。外見変えただけじゃダメですって。紺野自身が変わったからっすよ」


「……それはどうだかわからないけどな」


 玲璃が横目で寺崎をにらむと、柴田が苦笑混じりに問いかける。


「じゃ、これからは、二人とも生徒会に?」


 その問いに、寺崎が言葉を返した。


「それが、取りあえず俺は級長になってんすけど、紺野はずっと休んでたから、何の役職にも就いてないんすよ」


「そういえばそうだな」


 玲璃も柴田も困ったような表情を浮かべたので、紺野は慌てて口を挟んだ。


「構いません。僕はみなさんが会議をしている間、図書室で本でも読んでいます」


「でも、それじゃおまえ、手持ちぶさたじゃないか?」


 紺野は穏やかな表情で首を振った。


「僕が入るとかえって迷惑でしょう。ちょうどいいと思います」


 その時、ちょうどいいタイミングで、廊下に授業開始のチャイムが鳴り響いた。


「あ、……じゃあ、寺崎、紺野、また細かいことは、あとにしよう」


「分かりました、総代。じゃ、失礼します」


 廊下の向こうに立ち去る玲璃たちを見送っている間、寺崎はじっと何か考えているようだったが、教室に入ってから、ふいにぽつりと口を開いた。


「やっぱり、おまえ一人で図書室はまずいな」


「え? どうしてですか」


 紺野が振り返ると、寺崎はまじめな表情で紺野を見ていた。


「おまえはいい。あの子どもが現れても、おまえは敏感に気配を察知できる。でも、俺は能力が低いから、おまえに教えてもらわないとすぐに動き出せない。俺の出足が遅れて、おまえや総代にもし何かあったら、言い訳のしようがねえ」


 紺野は取りなすような笑顔を浮かべた。


「それでしたら、大丈夫です。僕がすぐ、送信しますから……」


「それが信用できねえんだ」


 寺崎は肩をすくめると、厳しい目つきで紺野をにらんだ。


「おまえは自分が狙われたときは、きっと俺たちを呼ばねえ……違うか?」


 紺野は二の句が継げずに黙り込む。


「で、ヤバいときはなおさら一人で抱え込んで、絶対に呼ばねえ。おまえはそういうヤツなんだよ。だから、俺はおまえと一緒にいる方法を考える。分かったな」


 寺崎はそう言い捨てると、自分の席に着いた。紺野は何か言おうとしたが、教師が入ってきてしまったので何も言えずに席に着く。だが時折、斜め後ろに座る寺崎に、もの言いたげな目線を送っていた。

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