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輪廻  作者: 代田さん
第二章 友達
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5月11日 3

 食事の載ったトレイを手に、三人は通路に面する席に座った。昼飯時ではあるが、この店は人通りの少ない場所にあるため、待たなくてもすぐに食事ができるのだ。

 向かい合わせの席から、自分の顔を相変わらず感心したように口を開けて眺めている玲璃に、伏し目がちになりながら、紺野は小声で抗議した。


「そんなに、見ないでください」


「え、ああ、ごめん」


 紺野を見ていたことに気づいていなかった玲璃は赤くなると、慌てて目線をそらして手元を見やる。


「あんまり変わったんで、びっくりして……」


「ほんと、変わりましたよね」


 寺崎も苦笑しつつうなずくと、スプーンに山盛りの豆のカレーをほおばった。


「俺も正直、ここまでとは思いませんでしたもん」


 玲璃はチャイを口にしながらそっと紺野に目を向ける。相変わらず恥ずかしそうにうつむいてカレーを口に運んでいる右手の、ゆるいカーディガンの隙間から、ちらっと包帯のような白いものが見えた気がして、玲璃は目を見開いた。


「紺野、腕、どうかしたのか?」


 何気なく口に出してから、はっとしたように息をのむ。


「まさか、おまえ……」


「ああ、違う違う」


 寺崎はもごもご言いながら口の中のカレーを強制的に胃の中に追いやると、慌てて口を挟んだ。


「昨日、たいへんだったんだよな、紺野」


「何かあったのか?」


「また、襲われたんすよ、鬼子に」


 玲璃は目を丸くして寺崎を見、それからうつむいている紺野を見た。

 寺崎は再び山盛りのカレーを口の中に放り込み、頬をパンパンにしながらくぐもった声で説明する。


「電車に乗ってたら、危うく追突炎上させられそうになって。電車に乗ると危ないんで、それで今日は歩いて来たんです」


「ええ⁉」


 玲璃は右手に持ったスプーンの存在も忘れてあぜんとした。


「上南沢から渋谷まで、歩いてきたのか?」


「そうっす。な、紺野」


 紺野は顔を上げると、申し訳なさそうに寺崎を見やる。


「すみません。つきあわせてしまって」


 玲璃はあきれたようなため息をついた。


「だから、歩行中ってなってたのか……と、まてよ。てことは、帰りも歩くのか?」


「いや、帰りは歩きません。走ります」


「はあ?」


「こいつにチャリ買うんで、こいつはチャリで。俺は走っていきます」


 涼しい顔でカレーの残りを勢いよくかき込む寺崎を、玲璃はあっけにとられたように眺めやった。


「気をつけて帰れよ、四茶のあたりは交通量多いから……ってことはまさか、高校もおまえら、徒歩と自転車で通うのか?」


 玲璃の言葉に、紺野が食事の手を止めて申し訳なさそうに寺崎を見た。横向きの顔に際立つ長いまつ毛から、玲璃はなんとなく目が離せなくなる。


「本当に、寺崎さんはいいですよ。電車で通ってください」


「いいからいいから。俺たち魁然系の人間は、十キロメートルくらいどうってことないの。ね、総代」


 ぼんやりと紺野を眺めていた玲璃は、急にふられて慌ててうなずいた。


「え? ああ、まあ、そうだな。時間さえあれば、何てことない」


「時間は大丈夫っす。紺野に起こしてもらいますから。よろしくな、紺野」


「へえ、紺野って、朝強いのか」


「強いなんてもんじゃないっす。今朝なんか、七時までに洗濯と朝飯の準備終わらせて涼しい顔してんですもん」


 玲璃は目を丸くして、思わずカレーを口に運ぶ手を止めた。


「……おまえ、そういうこともできるのか?」


「うまかったっすよ、紺野の手料理。今度総代も食べに来てください」


 玲璃は感心しきってため息をついた。


「そうなんだ、すごいな。紺野、いつか私にも料理を教えてくれ。私は全然うまくできなくて……」


 言いかけて、憂鬱ゆううつそうに表情を曇らせる。


「九月に結婚なんて、考えられないな……」


 不安げにまつ毛を伏せた玲璃の顔を、寺崎と紺野は黙り込んで見つめた。


「料理もできないし、掃除も洗濯もそんなにやったことがない。まともに奥さんなんて、やっていけるんだろうか……」


「何とかなりますよ、な、紺野」


 寺崎が明るくそう言いながら足でやたらとどつくので、紺野も慌ててうなずいてみせた。


「難しいことではないです。やっているうちに、すぐに慣れます」


「そうかな……。私、不器用で大ざっぱだからな」


 肩を落としてため息をつく玲璃を見て、寺崎は慌たように話題を変えた。


「総代、このあと、紺野の買い物につきあいません?」


「え、まだ何か買うのか?」


「買いますよぉ。だってこいつ、火事で焼け出されたから何にも持ってないっすもん。教科書も、カバンも、傘も。弁当箱もないし、鉛筆すらない。明日も買い物に行かないと間に合わないくらいっす。月曜から仕事ですからね、俺たち」


「あんまり引きずり回すと、紺野が疲れるんじゃないか? 昨日、退院したばかりだろ」


 心配そうに玲璃が言うと、紺野は笑顔で小さく首を振って見せた。


「大丈夫です。ありがとうございます」


 目があった、刹那。つま先から頭頂までを、あの電流のような感覚が一気に走り抜ける。玲璃は思わず身を固くして息をのんだ。しかも今日の紺野は、見慣れたあのくたびれた病院服でもジャージ姿でもなく、それなりにあかぬけてこざっぱりとしているのだ。訳の分からない緊張を感じた玲璃は、あわてて目をそらした。


「どうしますか? 総代。やっぱ、護衛の皆さんも引っ張りまわすことになっちゃうから、まずいですかね」


「え、……いや、そんなことはない。行動の自由は認められているから」


 玲璃は首を振ると、寺崎を見ていたずらっぽく笑う。


「付き合うよ。寺崎が紺野に無理をさせていないか、誰かが見張っていた方がいいからな」

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