5月2日 1
5月2日(木)
「みなさん、お揃いでしょうか」
魁然家総帥、魁然義虎はこう言うと、ぐるりと一同を見渡した。
ここは都内にある某ホテル。その最上階にある広間に、魁然、神代一族の主立ったものが一堂に会していた。
大きな会議テーブルの左側には、上手から魁然総帥を筆頭として、その隣に妻である珠子と総代である玲璃が座り、続いて魁然総帥の弟で経団連会長、魁然義文と、その妻で会社経営者の雅子、長男で大手保険会社勤務の雅文。魁然総帥の妹で全銀協の会長、魁然義子と、その夫で魁然総帥のいとこに当たる国会議員魁然廣政、その息子で秘書の義廣が席を連ねている。魁然側の末席にはグレーのパンツスーツに身を固めた珠洲の姿もある。
右側には、上手から神代家総帥神代京子と総代の亨也が座っている。京子の夫である順平は、こういう場にはめったに顔を出さない。この日も仕事を理由に欠席している。その隣には神代総帥の従姉妹で宗教団体真心の代表、神代啓子と、その娘でこの神代沙羅医師が、そして同じく総帥の従姉妹で神代商事代表、神代幸彦と妻で弁護士の雅世、そして長女の雅が座り、そして末席に、ぽつんと寺崎の姿があった。
寺崎は場違いな雰囲気をひしひしと感じて、何とも居心地が悪かった。一族の重鎮が醸し出す重苦しい緊張感から、できることなら一刻も早く逃げ出したかった。だが、寺崎にはやらねばならないことがある。昨日、母に言われたあのことをこの重鎮たちに提案し、承認してもらわなければならないのだ。とはいえ、改めてこの顔ぶれを眺めるにつけ、自分のようなモブofモブにそんな大それたことが可能なんだろうかと不安ばかりが膨れ上がってくる。なんとかしてやり遂げなければ母の望みをかなえてやることができないのだからと、寺崎はそのたびに弱気を振り払っては息を整え、肩に妙な力を入れつつ姿勢を正すのであった。
玲璃は、そんな寺崎にちらりと目線を流した。
夕べ、寺崎の母親から電話が入り、寺崎が出席を希望していることを知ったとき、ぜひ彼に出席してほしいと後押ししたのは玲璃だった。学校での事件の第一発見者として彼の具体的な証言が必要になるかもしれない、という父親の納得しやすい理由を提示はしたが、彼女の真意はそこにはない。紺野のことを一番よく知っているのは、今のところは寺崎だ。その彼が、紺野の処遇を話し合うこの場に融和的な味方として列席してくれることは、玲璃にとって何よりも心強かったのだ。
と、玲璃の隣に座る義虎が、厳かに口を開いた。
「お忙しいところ、皆様には万障お繰り合わせの上ご出席いただき、深く感謝申し上げます。では、これより緊急集会を始めます」
☆☆☆
ベッドに横になっている紺野は、白い天井を見つめながら、この日何度目かの深いため息をついた。
昨日、自分のもとを訪れた、あの事件の直接的な被害者である寺崎みどり。彼女が彼に語った言葉の一つ一つがふとした拍子に頭の中によみがえってきて、夕べはあまり眠れなかった。彼女がかけてくれた優しい言葉に安堵する一方、そんな彼女に対して自分が犯してしまった罪の重さを改めて実感させられ、紺野の心は千々に乱れていた。
寝不足のぼんやりとした頭を巡らせ、紺野が何気なく病室の入り口に目を向けた、 刹那。ふっといやな予感が胸を掠めた。
紺野は背中の毛が一斉に逆立つような緊張を覚えた。こういう予知めいた感覚に襲われることはたまにある。紺野は知らず息を詰め、病室の横開きの扉を凝視した。
やがてその扉が音もなく、ゆっくりと横に移動し始める。扉の向こうに立つ人物の姿が、徐々に明らかになってくる。その人物は、極端に背が低かった。普通の大人の半分くらいしかない。
――子ども?
戸惑いつつ、紺野は息を殺してその人物を見つめた。
病室内に踏み出されたその小さな足は、青い運動靴に包まれていた。不規則で特徴的なリズムで足を運びながら病室内に入ってきたその人物は、小学校中学年くらいの男児だった。ユニークなプリントが施されたTシャツに、膝くらいまでのズボン。障害があるらしく、左足に矯正具のようなものを装着している。そのために、変わったリズムで足を運ばなければならないようだ。
――どうして、子どもがこんなところに?
警戒しながら体を起こした紺野は、はっとした。少年は右手に、何かを握っている。黄色い柄と、鈍く光る刃先……それはいかにも子ども用の、小さなハサミだった。
紺野は急いでベッドを降りると、背中を見せないように間合いをとりながら、能力発動の気配を探る。催眠か、それとも近場から操っているのか……だが、能力発動のおおもとを感知することはできなかった。強力な遮断がかけられているらしい。
息詰まる緊張の中、紺野と男児は間合いを保ちつつ睨み合った。
☆☆☆
「以上が、紺野秀明の出生にまつわる情報の全てです。母親である紺野美咲と関係を持った神代系能力者の情報は、今のところ全くつかめておりません。今後も引き続き調査をつづけますが、会合までに有用な情報が得られなかったのは、ひとえに私の力不足によるものです。たいへん申し訳ありませんでした」
会合での報告はここまでだ。藤代産婦人科の件も、城崎梓の件も、全て秘匿せよとの義虎の指示なのだ。珠洲は飄々とした態度で口を閉じると、一同に向かって深々と腰を折り曲げた。
列席者の間からは、予想通りあちこちから落胆のため息が漏れた。
「となると……遺伝子検査の結果が出るまでは、あの男の出自は謎のまま、ということになりますな」
魁然義文は呟くと、難しい表情で立派な顎髭をなでる。
「しかし、病院でのエレベーター墜落事故や、学校での一件を見るにつけ、一般人能力者のレベルをはるかに超えていると私は思うのですが……これは、非常に危険な兆候なのではありませんか」
眉根を寄せて魁然廣政がそう言うと、義虎はわが意を得たりと頷いた。
「私も、それを非常に危惧しておるところです。もし能力の反転が起きているとなれば、鬼子が東順也になりすましている可能性が高い。遺伝子検査の結果がでるまでなどと悠長なことを言っていると、取り返しのつかないことになるかもしれません。今年は、特に大事な年でもあります。先手、先手で手を打っておくべきではないでしょうか」
義虎の言葉に同調するかのように、魁然家の面々は目線を交わし、小さく頷き合っている。賛同者が多いと見て取ると、義虎は自信を深めた様子で一歩踏み込んだ発言をした。
「私は、あの男の即時抹殺を提案したい」
父親の言葉に、玲璃は心臓が縮み上がるようなここちがした。義虎の紺野に対する否定的な感情にうすうす気づいていたが、こうもきっぱり明言されるとダメージが大きい。魁然側の列席者らは、小さくうなずいたり、表情を曇らせたりしながらも反対する様子は見られない。このまま賛成に流れてはまずいと、玲璃が手を挙げかけた時だった。
「抹殺とは、穏やかではありませんね」
声の主は、神代亨也だった。玲璃は心底ホッとすると、浮かそうとした腰を座席に落ち着けて、亨也の方に体を向ける。
「あの男を抹殺したあと、もし本当に本人の供述通り東順也だったことが遺伝子検査で判明した場合、われわれ神代一族は同族殺しという重大な犯罪を犯すことになります。それだけは絶対に避けなければならないというのが、今回の件で神代一族が最も重視している点です」
享也の言葉に、神代側の列席者が一様に頷く。義虎は負けじと語気を強めた。
「われわれが穏やかでなくなる気持ちもご理解いただきたい。神代総代、あの男の異常な能力の高さはあなたが一番よくおわかりのはずです。その危険性を考えれば、通り一遍の対応ですまないことは自明です」
義虎の言葉に、亨也は頷いた。
「そうですね。おっしゃる通り、彼の能力は並ではない。うまく制御できているかどうかは別ですが」
「……制御?」
訝しげに繰り返した義虎に頷き返すと、享也は言葉をつづけた。
「彼の能力の使い方には不自然なところが多い。先日、病院であの子どもに襲われたとき、彼はあの子どもの異能を封じていたためにかなりの大けがを負いました」
その言葉に、玲璃は驚いて目を見張った。そんなことがあったとは全く知らなかったのだ。
「ですが本来、彼ほどの素質を持つ能力者であれば、複数の能力を同時に使い分けることなどたやすいはずです。鬼子の異能を封じつつ、防壁で自分の身を守ることくらい、私でも普通にできることですから。しかし、彼が防壁を張った形跡は全く見られなかった。彼は能力制御に関して、なんらかの問題を抱えている可能性があります。とはいえ、あれほど高いエネルギー量を有する能力者はめったにいません。不足があるなら訓練なりで補えばいい。私は、大きな問題ではないと考えます」
話の流れが見えず、怪訝そうな表情で眉根を寄せた義虎に、享也は唇の端で小さく笑いかけると、飄々と言葉をつづけた。
「私は、われわれ一族の目的のために彼の能力を積極的に活用すべきと考えています」
一同……特に魁然家の面々は、その発言に戸惑ったような表情を浮かべると、隣同士顔を見合わせたり首をかしげたりしている。
そんな反応を意にも介さず、享也は玲璃に向き直ると、明るい調子で問いかけた。
「玲璃さん、あなたは高校に通い続けることを希望されているそうですね」
「え……あ、はい。希望しています」
戸惑いつつも頷いた玲璃を見て、魁然家の面々は驚愕のあまり、目を丸くして浮き足だった。
「総代、それは本当ですか?」
「鬼子が学校を襲撃しているというのに、なんて悠長な……」
「危険です! 即刻退学すべきです!」
口々に否定の言葉を連ねる魁然家の面々の勢いにおされ、玲璃は言葉を飲み込みかけた。今まで、一族の要求には素直に従ってきた玲璃にとって、あからさまな非難を浴びることなど初めての経験だったのだ。
だが、玲璃は大きく息を吸い込むと、一同に向かってきっぱりと言いきった。
「本当です。私は、懐妊までの間、高校に通い続けることを希望します。そのために現在、父の指導のもと訓練を再開し、食事量を上げて能力の伸長を図っています。遅くとも半月後には、明らかな成果が見られると思います」
訓練の再開という言葉に、魁然家の面々にどよめきが広がった。
「皆さん、お静かに」
その時。凛とした声が会議室に響き渡った。
一同は口を噤み、声の主である神代京子に目を向ける。
「まずは、神代総代の発言を最後までお聞きください。各自の意見を述べるのは、それからにしていただけませんか」
その言葉に、魁然家側も渋々矛を収めようだった。ひそひそと小声で話してはいるが、騒々しい怒声はぴたりと止んだ。亨也は母に向かって小さく頭を下げた。
「ありがとうございます。私は、魁然総代を花嫁に迎える身として、彼女には、気持ちよく新たな出発をしていただきたいと願っています。そのために、彼女が高校に通い続けたいという希望は、可能な限り尊重するべきと思っています」
玲璃は信じられない思いで享也を見つめた。一族の人間は誰しも、この政略結婚の目的である神子の誕生を何より優先するとばかり思っていた。だが、神代家の総代という重責を担っているにもかかわらず、享也は自分のささやかな希望を優先したいと言ってくれている。一族の道具としてではなく、一人の人間として大切にされている気がして、玲璃はなんだか胸がいっぱいになるような気がした。
「玲璃さんご自身も、通学に向けて訓練を再開し能力の伸長をはかっているとのこと、素晴らしいと思います。ただ、やはり玲璃さんご自身だけでは鬼子の攻撃に対抗するには不十分でしょう。安全な通学のためには、それなりに能力の高い護衛をつける必要があると、私は思います。しかし、ご存じの通り、神代側には総代と同年代の能力者がおりません」
「その通りだ! 魁然側の混血の護衛だけでは、総代の安全確保は不十分だ!」
魁然側からほとんどヤジに等しい怒号がとぶ。「混血の護衛」の一人である寺崎は、自らの能力不足を糾弾されたような気がして思わず身を縮めた。
享也はその言葉に余裕のほほ笑みを返した。
「そこで先ほどの、あの男が使えるのです」
「……どういうことですかな?」
訝しむ義文とは対照的に、神代京子の意図を知っている義虎は忌々し気に唇の端を歪めている。亨也は一同を見渡すと、静かに口を開いた。
「私は、あの男……紺野秀明を、総代の護衛任務に就かせることを提案いたします」
――え⁉
予想外の提案に、玲璃は目を丸くして機能停止した。魁然家の面々も口を開け、あっけにとられたように亨也を見つめている。
しばらくの後、ようやく脳が再稼働したのか、廣政がぎこちなく口を開いた。
「……いや、神代総代、お言葉ですが、それはあまりにも無理がありすぎる提案ではないですか? 敵とも味方ともわからない、出自もはっきりしない輩に、総代のお傍近くで護衛任務を任せるなどと……危険すぎます。第一、あの紺野という男は鬼子の可能性もあるのですぞ」
亨也はにっこり笑顔でそれに答える。
「問題はありませんよ。あの男にはバグが仕掛けてありますから。あの男がなにか不穏な動きをしたら、すぐさまスイッチを押せばいいだけの話です。あの男の動きは私が逐一トレースして把握します。大事な花嫁の身は責任を持って守りますので、ご安心ください」
二の句が継げなくなった廣政をしり目に、享也はさらに言葉を重ねた。
「なにより、みなさんはあまり意識されていないようですが、これまで鬼子の襲撃の際に玲璃さんの安全を守ってきたのは誰だと思いますか? 魁然の護衛でも、私でもありません。全て、あの紺野という男なのですよ。エレベーター墜落の際も、生徒会室襲撃の際も。おとといもそうでしたね。エネルギー弾の着弾から防壁で玲璃さんを守りました」
享也の言葉に、魁然側からどよめきが上がった。
玲璃はハッとした。なんだか安心してしまっていて、うっかり襲撃の報告をするのを忘れていたのだ。
「なんだと、玲璃。それは本当か⁉」
案の定、義虎が語気を荒げて問いかけてくる。玲璃は身を縮めながら、観念したようにうなずいた。
「……はい。ご報告が遅れて申し訳ありません。おととい、確かに学校に鬼子の襲撃があり、その際、私は病院から転移してきた紺野に助けられました」
義虎はしばらくの間、ぼうぜんと言葉を失っていた。
「……本当なのか? 他に、目撃者は……」
寺崎は慌てて挙手をした。
「あ、はい、総代の護衛をしている寺崎ですが、俺もその場にいました。俺一人じゃ手も足も出なかったのを、紺野があっというまになんとかしてくれて……」
魁然側の出席者たちは動揺した様子で周りの者と話をしている。享也はここぞとばかりに言葉を重ねた。
「この中に、おとといの鬼子の出現を把握しておられた方はいらっしゃいますか? ちなみに、私は把握していましたが、あいにく執刀中で動くことができませんでした。あの病院から学校までは十キロメートル弱離れていますが、その距離から鬼子の出現を敏感に察知できる能力者の存在は貴重です。利用しない手はないでしょう。護衛の方からのお話でも分かる通り、今の体制では玲璃さんを守りきるには不十分です。私は、あの男を警戒するあまり、総代を手薄な状態で放置することの方が問題と考えます。あの男はすでに複数の実績がある。十分にこの任務を遂行する資格も能力も有していると、私は考えます」
亨也はそこで言葉を切ると、玲璃に向き直ってほほ笑みかけた。
「魁然総代としては、いかがですか? この提案に関して」
玲璃は目を見張ると、あわてて頷いた。
「あ、……はい。とてもいい提案だと思います。何も文句はありません。ぜひ、そうしてほしいです。……そうだ、寺崎、実際に学校で護衛をしてくれている立場として、おまえの意見はどうだ?」
話を振られた寺崎も、ここぞとばかりに大きく頷いた。
「は、はい。俺は実際に鬼子とやりあった経験があるんすけど、もし本気であれが攻撃を仕掛けてきたら、俺たちだけじゃ総代を守りきるのは難しいと思います。でも、紺野のあの能力があれば、絶対に大丈夫だと思うんで……紺野が護衛に加わってくれたら、俺たちとしても、ものすごく心強いです!」
亨也は満足げなほほ笑みを浮かべて頷くと、もう一度一同を見渡した。
「いかがでしょう、皆さん。魁然総代も強く希望されていることですし、異能力者のことは異能を特性として有する神代側が責任を持ってお預かりするということで、この提案をご了承願えないでしょうか」
魁然家一同が、困惑したようにその顔を見合わせた時だった。
さきほどまで柔和にほほ笑んでいたはずの亨也の顔に、サッと鋭い緊張が走った。
沙羅をはじめ神代側の女性列席者も、何人かは不穏な気配を察知したらしい。硬い表情で意識を研ぎ澄ませ始めている。
黙り込み、眉根を寄せ、息を殺している亨也を、京子は静かに見つめた。
「……あの子どもですね、総代」
京子の言葉に、ようやく魁然側は事態を飲み込み、息を呑んで亨也に注目した。
「場所は?」
京子が重ねて問うと、亨也は低い声で答えを返す。
「病院……あの男の、病室です」
その言葉を聞いた途端、義虎はにやりと口の端を引き上げた。
京子は表情を曇らせると、席を立って一同を見渡した。
「大変申し訳ありません、緊急事態です。病院に鬼子の手の者が現れました。こちらの会合に出席するために、現在、あの病院は非常に手薄な状態になっています。患者に被害が及ぶ前に、私と総代、それに神代沙羅医師は、会合をここで失礼して、病院の方に行かせていただきたいのですが、ご了承いただけますでしょうか」
京子の当然の申し出に、了承の意を示すように頷く神代、魁然両家の面々に向かい、義虎はおもむろに口を開いた。
「そんな必要はないでしょう」
京子はきつく眉根を寄せて義虎を見やる。
「……どういう意味ですか?」
「神代総代が太鼓判を押す素晴らしい能力者が、あの病院にはいるじゃありませんか。しかも、鬼子は明らかにその能力者を狙っている。何の心配もないのではありませんか? 神代総代のご主張の通りであれば」
義虎の言葉に、沙羅は顔色を変え、弾かれたように立ち上がった。
「なにを仰っているんですか? 病院には大勢の無関係な一般市民がいます。もし万が一、彼らに危険が及んだらどうなさるおつもりですか⁉」
「病院には多くの無関係な患者がいて、ひとつ間違えばたいへんな事態になる……仰る通りですが、それは玲璃がこれから通い続けたいと願っている、あの高校も同じなのではありませんか?」
義虎の詭弁めいたその言い草に、沙羅はあとに続ける言葉を見失った。一方、魁然の列席者は、興味深げに義虎の主張に耳を傾けている。義虎は余裕の表情で、とうとうと自説を開陳した。
「この程度の危機に適切に対応できないようであれば、玲璃の護衛をする資格はないと、私は思います。いい機会ですから、この件にあの男がどう対処するか見せてもらった上で、あの男の能力を評価するというのはいかがでしょうか。あの男が、病院側に何ひとつ被害を出さずにこの件を処理できれば、われわれもあの男に護衛の資格があると認めましょう。しかし、第三者の助力がなければ事態を収拾できない程度の人間であれば、危険を冒してまで玲璃の護衛に就ける価値などない。粛清が時期尚早というのであれば、最低限、遺伝子検査の結果が出るまでは厳重に拘束、幽閉し、自由な行動を認めるべきではないでしょう」
玲璃は、知らず息を殺して隣に座る父親を見た。病院を危険に陥れてまで紺野を排除しようとするそのかたくなな態度に、玲璃が知っている父親とは違う、なにか暗い影を感じた気がした。
義虎の強硬な提案に一同がざわめく中、寺崎が慌てたように手を挙げた。
「か、魁然総帥、お言葉ですが、俺は間近であいつの能力発動を見ています。あいつは確かに……」
義虎は冷然と寺崎を一瞥した。
「社会的信用も権限も皆無のおまえのような人間が見ていても意味がない。証言者がそれなりの社会的地位や信用を持っていることは、証言に効力を与えるために不可欠の要件だ。一族を統べるわれわれがそれを知ることこそが必要なのだ」
寺崎は口ごもった。確かに義虎の言うとおりだ。だが、寺崎はなんとなく不安だった。これまで、何度か目にしてきた紺野の戦いぶりに、寺崎は危なっかしいような思いを抱き続けていた。どうしてかはよく分からないのだが、あの男を一人きりで戦わせるのは危ない、そんな気がして仕方がなかった。
「え……っと、じゃ、じゃあ、俺が現場に行ってきます! 俺はたいした能力がないんで、行ってもあいつの助けにはならないですから……」
寺崎の言葉に、義虎は鷹揚に頷いて見せる。
「構わんよ。能力があろうがなかろうが、第三者があの場に行った時点であの男に玲璃を守る資格がないと認定されるだけの話だからな」
二の句が継げなくなった寺崎をしり目に、義虎は口元に不敵な笑みを浮かべながら、鋭い目で亨也を見据えた。
「いかがですか、神代総代。まあ確かに、大きな被害が出れば病院の信用にもかかわりますから、心配される気持ちもわかります。被害が出るまで、というのも意地が悪すぎますから……そうですな、被害があの病室の外に少しでも及んだ時点で、あの男にはその資格がないと判断し、みなさんが助けに行かれるという事でいかがでしょう? それなら、入院患者に被害が及ぶこともないでしょう。まあ、その時点であの男は、遺伝子検査の結果が出るまでは能力抑制装置を装着の上、警察が身柄を拘束、反抗的な態度が見られれば即処刑、という処遇が確定することになりますがな」
亨也は深いため息をつくと、うなずいた。
「……分かりました。その条件で結構です」
玲璃も、寺崎も、息をのんで享也を見つめる。義虎はニヤリと笑うと、言葉をつづけた。
「そうしましたら、お手数ですが神代総代、この部屋にいるわれわれ全員に、病室の様子を送信していただけませんか。われわれも、ぜひあの男の能力を実際にこの目で確かめておきたい。皆さん、異存はないですな」
義虎の言葉に、魁然家の面々は無言でうなずいている。享也はちらりと京子に目線を送った。京子がその視線に応えるようにうなずくと、享也は小さく息をついてから、机に両肘をつき、目を閉じる。
その体が仄かな銀色の輝きをまとい始めた途端、一同の目の前がぼやけ、歪み、崩れ、空白になった後、再びぼんやりと何かが浮かび上がり、やがてゆっくりと、あの病室で繰り広げられている光景が、その場にいる全員の脳内に姿を現し始めた。