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輪廻  作者: 代田さん
第一章 邂逅
36/203

4月25日 3

「とうとう、本体が現れたか……」


 知らせを聞いて病院に駆けつけた魁然義虎は、厳しい表情で呟いた。

 紺野の病室に備え付けられた応接椅子には、院長である神代京子と、魁然義虎が腰かけ、窓際には寺崎が重い表情でたたずんでいる。だが、この病室の主たる使用者である紺野の姿はない。まだ傷の処置が終わらず、病室に戻ってきていないのだ。

 病室に設えられた窓の外には、暗い夜空が広がっている。時刻は既に、午後七時をまわっていた。


「……で、顔を見ることはできなかったのだな」


「はい」


 義虎の問いに、寺崎は目線を落として頷いた。


「着ぐるみの頭が外れたのと、紺野が気を失って防壁シールドが解けたのが同時だったので……外れた瞬間に、転移してしまって」


 義虎が深いため息をついたので、寺崎は慌てたように付け足した。


「全部、頭を外すのに手間取った俺の責任です。本当に申し訳ありませんでした。紺野はよく耐えたと思います。あれ以上、防壁を維持するのは……」


「分かっている」


 義虎は寺崎の言葉を遮ると、小さく頷いた。


「あの子どもがあの男の命を狙っているというのは、本当のようだな……だが、だとすると、いったい何の目的で……」


 義虎が独り言のようにそうつぶやいて窓の外に目線を投げた、その時。車輪の転がる音と複数の足音が響き、病室の扉が開かれた。

 ようやく処置を終えた紺野が運ばれてきたのだ。病室にベッドを据え置き、看護師が点滴の管や医療機器をセットしている間に、沙羅と神代亨也も入ってきた。義虎と京子も椅子から立ち上がり、紺野のベッドの方に歩み寄る。


「ご苦労様です、神代総代」


 義虎が一礼すると、亨也もマスクを取って軽く会釈を返す。義虎の後ろに立っていた京子は、作業をしている看護師に聞かれないようにか、送信で享也に問いかけた。


【どうですか、彼の様子は】


 享也はその問いの答えを、部屋にいる関係者全員に伝わるような送信で返した。


【硬膜外血腫はCTの前に取り除き、出血も塞ぎました。鼻骨や副鼻腔、頭蓋骨の骨折もCT前に修復しました。二次損傷の有無にはしばらく注意する必要はありますが、恐らく問題ないレベルに治癒していると思います。あれだけ人の目がありましたので、表層の傷は残しましたが、折れた歯もつくと思いますし、腫れも数日で引くでしょう。ただ……】


 亨也が送信を止めたので、寺崎は俯いていた顔を上げ、亨也を見つめた。


【熱の高い状態が続いています。脳浮腫は起きていないので頭蓋内圧亢進が原因ではなく、受傷の際、もしくはそれ以前からの感染等が原因と思われますが、あまり高熱が続くと、危険ですね。予後不良をきたす可能性もあります】


 寺崎は看護師の背中越しに紺野の顔を見た。顔の半面が包帯で覆われ、肌が見えている個所もひどく腫れている。不規則で荒い呼吸に、色のない唇。顔中に残る青あざも痛々しい。

 機器の設置を終えた看護師が部屋を出て行ったのを見計らって、寺崎は沙羅に口頭で問いかけた。


「意識は、あるんですか」


 その問いに、沙羅は小さく首を振った。


「あまり清明ではないわね。呼びかけにも、応じるときと応じないときがあるし……」


「やはり、彼から状況を聞くのは無理そうですね」


 と、神代京子がおもむろに口を開いた。


「今日のところはゆっくり休ませて差し上げましょう」


 義虎は目を丸くすると、決然と首を横に振る。


「いや、聞ける範囲で聞いておくべきです。もし万が一この男がこのまま死んだりしたら、われわれは重大な情報を得られないことになってしまう」


 その言葉に、寺崎は息をのんだ。背筋にぞっと寒気が走る。


「意識が戻ることもあるんだろう」


 沙羅は、彼女にしては珍しく遠慮がちに頷いた。


「はい。強く呼びかければ、反応はしますが……」


 今の紺野の状態がよく分かっているのだろう。沙羅も気乗りがしない様子だった。しかしその言葉を聞くやいなや、義虎は紺野の枕元に歩み寄り、紺野の襟首を乱暴に掴みあげた。


「紺野! いや、東順也! 聞こえるか⁉」


 激しく揺さぶりながら、大声で怒鳴りつける。


「返事をしろ!」


 紺野はされるがままに激しく揺さぶられている。頭部に強い衝撃を受けたばかりなのだ。あんなことをしたら、死んでしまうのではないか……寺崎は内心気が気ではなかった。


「……はい」


 と、消え入りそうな声で、ようやく紺野が言葉を発した。義虎は揺さぶる手こそ止めたものの、襟首は掴みあげたままで、怒鳴るように言葉を続けた。


「おまえは今日、あの子どもに遭遇したな。病室を出たのは、気配を感じたからか?」


 紺野は、荒い呼吸の間からやっとのことでかすれた声を絞り出した。


「呼ばれ、ました……」


 その言葉に義虎は目を見開いた。


「なんだと⁉」


 紺野は息を切らしながら、囁くように言葉をつづけた。 


「来ないと……子どもを、殺すと、言われて……」


「送信でか?」


 紺野が頷くと、義虎は振り捨てるように襟首から手を離した。紺野は力なくベッドに崩れ落ちる。


「だとすると、やはり目的はこの男なのか……」


 寺崎ははっとしたように顔を上げた。


「そうでした。あのクマ野郎、紺野を表に連れ出そうとしていました。転移反応も一瞬……紺野が封じたから、できませんでしたが」


 一同は無言でベッドに横たわる紺野に目線を流す。紺野は乱れた髪もそのままに目をつむり、荒い呼吸を繰り返している。


「……鬼子がこいつを狙う理由は何だ?」


 義虎は眉間に深いしわを寄せ、腕を組んだ。


「神代総代や玲璃を狙うなら話は分かるが……こいつの高い能力が、将来的に自分の脅威になりうるからか? それとも、出生直後に攻撃された恨みか……。なんにせよ、鬼子を引き寄せるこいつの存在自体、一族にとって危険ということだ。やはり早々に会合を開いて、処遇についてしっかり話し合った方がいい」


 義虎が横目で紺野を睨みつつ、吐き捨てるように呟いた時だった。


「もうよろしいでしょう」


 神代京子が静かに口を開いた。


「私も医者のはしくれですから、この男の状態はよく分かります。頭部を強打して思考力が落ちていますから、正確な証言などとれません。今日のところはこの辺にいたしませんか、魁然総帥」


 京子の言葉に、沙羅と亨也も深々と頷く。義虎はまだ何か言いたげだったが、ため息まじりに頷いた。


「分かりました。今日のところはここまでにします。ですが、この男の処遇については、やはり一度会合を開いて話し合うべきです。鬼子がこいつを狙っているのだとしても、その矛先がいつ玲璃や神代総代にむくやもしれません。対応を考えるべきでしょう」


「わかりました。そういう機会が持てるよう、私どもの方でも日程の調整を進めておきます。本日はご苦労様でした」


 義虎は京子に一礼すると病室を出、廊下の護衛を引き連れて歩き去った。京子が一礼して病室を去ると、亨也と沙羅もそれに倣って歩き始める。

 が、寺崎は病室の中央に立ち尽くして動かなかった。


「……寺崎くん?」


 部屋を出ようとした沙羅が訝しげに声をかけると、寺崎は意を決したように口を開いた。


「あの……俺、今日、ここに泊まってもいいですか」


 その言葉に、沙羅は驚いたように目を丸くして、それから小さくほほ笑んだ。


「助かるわ。私も二日連続じゃ体がもたないもの」

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