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輪廻  作者: 代田さん
第一章 邂逅
26/203

4月20日

4月20日(土)


「失礼します」


 入院患者の検診を終え一息ついていた亨也のところに魁然珠洲が尋ねてきたのは、午前十一時をまわった頃だった。亨也は回転椅子をくるりと回して珠洲に向き直り、ていねいに頭を下げる。


「ご苦労さまです、珠洲さん。あの男の出自が分かったそうですね」


 珠洲も一礼すると、複雑な表情で亨也のデスクの前の丸椅子に腰掛けた。


「はい。結果について魁然総帥に報告したところ、急いで神代総帥や総代にもお伝えた方がいいと言われまして、それで勤務中に……お忙しいのに、申し訳ありません」


「いえいえ、こちらこそお休みの日に申し訳ありません。で、神代との接点はありましたか」


 珠洲は、小さくかぶりを振った。


「それが、全くないんです」


 亨也は目を見張ると、真剣な表情で珠洲を見つめた。


「総帥には後ほど私の方から送信で伝えますので、詳しくお聞かせ願えますか」


「はい。まず、あの紺野という人物の母親ですが、紺野美咲という無能力の一般人でした。傍系までさかのぼって出自を確認しましたが、神代との接点は皆無でした」


 手元の書類に目線を落とすと、珠洲は言葉をつづけた。


「紺野美咲はあの男を出産直後に亡くなっています。血液型の不一致が原因だったとのことでした」


「血液型の不一致による母親の死亡は、混血事例でよく見られる事故ですね。つまり、父親が神代系の血縁者だったということではないですか?」


「それが……」


 珠洲は難しい表情で目線を落とした。


「父親にあたる人物については、今のところなにも手掛かりがありません。記録が全くありませんでしたし、周囲の人間にも聞き込みをしたのですが、判然としませんでした。彼女の友人を名乗る女性を発見し、話も聞いたのですが、その人物が不可解な証言をしていたり……」


「不可解な証言?」


「美咲は、聖母マリアの生まれ変わりだと」


 目を丸くする享也に、珠洲は困ったような笑みを投げた。


「紺野美咲は敬虔なカトリック信者で、友人を名乗るその女性も同じ教会に通っていた信者でしたが、教会内で、父親の分からない子を身ごもった美咲を”無原罪の御宿り”と称して擁護する向きがあったようです。そのせいもあるのかもしれませんが、父親の消息は杳として知れません。教会はもちろん、職場の人間関係も細かく当たってみたのですが、美咲には浮いた噂がなにひとつなく、職場でも突然の妊娠と退職はかなりの違和感を持って語られていたようです」


「つまり、その消息の知れない父親が神代の血を引いていた可能性はあるということですね。ただ、そうだとしても、あの能力の説明はつきませんが」


「仰る通りです。美咲の妊娠には表面に現れていることとは違う、なにかもっと深い事実が隠れている気がしてなりません」


 享也は難しい顔でうなずいたが、気を取り直したように問いを発した。


「紺野の出自についてはわかりましたが、もう一つ。紺野ではない、もう一人の能力者の行方についてはいかがですか。なにかつかめましたか」


 珠洲は暗い表情でかぶりを振った。


「火事が起きたあの日、紺野の部屋を訪れた人間の目撃情報は皆無です。胸に残されていた靴跡を手掛かりに捜査していたのですが、その靴が川に投げ捨てられているのが昨日発見されました。DNAなどが採取できないか調べていますが、見通しは厳しいと思います」


「そうですか……」


 肩を落とした享也に向かい、珠洲は居住まいを正して深々と頭を下げた。


「力不足で申し訳ありません。今後も引き続き調査をして参ります。何か新しい情報が入りましたら、またお伝えいたしますので」


「とんでもない。魁然の捜査力にはいつも助けられています。今後ともよろしくお願いいたします」


 珠洲は再度深々と頭を下げると、席を立ち、診察室を出た。

 病院の廊下を歩きながら、珠洲は、刑事の勘とでも言うのだろうか、もうこれ以上新しい情報は入らないような気がしていた。

 魁然家は男系血族だが、神代家は女系血族である。神代家では遺伝的に、男性に能力は現出しない。男性血族の子として女児が生まれれば能力発動が確認される場合はあれど、主流メインラインに入れるほどの強い能力は持たないのが一般的だ。なので一族内でも圧倒的に女性の力が強く、男系は傍系として補佐的な役割しか与えられないのが常なのだ。

 つまり、たとえ紺野の父親に当たる人物が神代の血を引いていたとしても、それだけでは紺野のあの能力は説明できないということになる。

 母親である紺野美咲が無能力者だという今回の調査結果はおそらく覆りようがない。紺野の出自については本人の口から語られる以外に明らかにするすべはないだろうと、珠洲は確信めいた思いを抱いていた。



☆☆☆



 神代沙羅は、扉の前で立ち止まると一呼吸置き、それからノブをそっと回して中に入った。

 薄暗く静かな病室の空気は、ひんやりと澱んでいる。

 仄暗い病室内、乱れのないベッドの上で眠る紺野の姿が視界に入る。

 紺野の首には、黒光りする金属製の首輪チョーカーがはめられている。この首輪は神代財団の研究開発部門で開発された能力抑制装置だ。能力発動を感知すると、能力発動をつかさどる脳の部位に特殊な電磁波を流して発動に関わるシナプスの伝達を阻害し、能力発現を封じる作用がある。

 装着を命じられた時、あれほどの能力者であるなら装着にはかなりの困難が予想されるだろうと身構えた沙羅だったが、昨日の騒ぎで体調が悪化したせいもあるだろうが、実際のところ紺野は装着されたことにすら気づかず眠ったままだった。

 沙羅は紺野の腕に目を向ける。病院のゆったりした服に隠れて点滴の針が刺された腕は見えない。だが、その腕にも重大な秘密が隠されているのを、沙羅は知っている。針を打つ際、どうしても見えてしまうからだ。


――ああまでしないといられない精神状態って……。


 沙羅は枕元に歩み寄ると、そっと紺野の顔を覗き込んだ。

 通った鼻筋に長いまつげが際だつその整った顔だちが、沙羅は誰かに似ているような気がずっとしていた。風呂にも入れず薄汚れているのでわかりにくいが、さっぱりすればそれなりに整った顔立ちをしているのではないかと思われた。

 沙羅はため息をついて体を起こした。全く、無防備である。こんな状態でなんらかの攻撃にさらされれば、簡単にやられてしまうに違いない。


――何でこんなやつの頭の中が覗けないの?


 この男、意識世界の防御率だけが異常に高い。絶対に人に覗かれたくない秘密でもあるのだろうか? 肉体的攻撃に対してこれだけ無防備なのに比べ、アンバランスな気がしてならなかった。

 割り切れないような思いを抱きつつ、沙羅が眠る紺野の顔を見おろしていた時だった。

 コンコンと、軽いノックの音が響いた。


――そういえば、面会謝絶の札をかけ忘れてた。


 こんな男に面会などあるわけがないと思っていたので、意外に思いながら沙羅は扉の方を振り返った。


「……あ、診察中っすか? すみません」


 扉を開けて入ってきたのは、耳にピアスをした背の高い若い男だった。少々不真面目で今どきの高校生然としたそのなりに、紺野との関係性が見えなかった沙羅は怪訝そうに眉根を寄せた。


「あなたは?」


 男はぺこりと頭を下げると、明るく自己紹介をする。


「寺崎紘っていいます。今月から魁然総代の護衛をしてる者です」


「ああ。あなたが、新しい護衛の……」


 そういう報告があったことを思い出した沙羅は、腑に落ちたように頷く。寺崎は沙羅の整った顔をまじまじと見つめてから、遠慮がちに口を開いた。


「神代、沙羅先生……っすよね。一度集会で、お見かけしたことがあります」


「ええ。神代沙羅です。魁然総代の護衛ってことは……もしかしてあなたが、この男を川岸で最初に発見した子?」


「はい」


「今日は?」


 寺崎は少々恥ずかしそうに頭をかいた。


「いや、別に用があった訳じゃないんです。近くに来たもんだから、どうなったかな、と思って……。昨日、たいへんなことがあったって聞いたんで、気になってたんすよね。すみません」


 沙羅は小さく首を振ると、眠っている紺野に目を落とした。寺崎も紺野に視線を落とすと、その穏やかな寝顔を見つめる。


「容体は、どんな感じなんすか?」


「昨日はちょっと危ない時もあったけど、今は落ち着いてるわね。意識状態が悪いのが気にはなるけど、CT検査でも脳に異常はみられなかったから、徐々に快方にむかうんじゃないかしら」


「そうすか……よかった」


 その何気ない返しに沙羅は驚いたように目を見張ると、ややあって、おもむろに問いを発した。


「……あなたは、どう思う?」


「え? 何がすか?」


 キョトンとした顔で寺崎が問うと、沙羅は紺野の顔に目を向けたままで言葉を継いだ。


「昨日のエレベーター墜落事故の件。状況を素直に判断すればこの男が総代を墜落から救った可能性が濃厚だけど、そう見せかけて実はエレベーターのワイヤーを切ったのがこの男だったって疑いも一部から出てる。うがった見方ではあるけれど、この男がもし鬼子であれば確かにその見方の方がしっくりくるのよね。その可能性について、あなたはどう感じるのかなと思って。学校で同じクラスだっていうし、今のところ、この男を一番よく見ているのよはあなただから」


 寺崎は少しの間だけ黙って考えていたが、やがて顔を上げると、すっぱりとその問いに答えた。


「こいつはやってないと思いますよ」


 予想済みの返答だったのか、沙羅は心なしか楽しそうに問い返す。


「その根拠は?」


 寺崎は困ったように笑ってかぶりを振った。


「ないです。全くの直感っす。ただ、あの火事のとき、こいつは確かにあのばあさんを助けてます。あんな体の状態で……。そんなやつがそんなことをするわけがないと、勝手に思ってるだけです」


 寺崎の返答に、沙羅は満足げな笑みを返した。


「あなた、面白い子ね。寺崎くんだっけ? 覚えておくわ。改めてよろしくね」


「あ、ありがとうございます! こちらこそ、よろしくお願いします」


 居住まいを正してぺこりとお辞儀をした寺崎に軽く手を上げると、沙羅は悠然と紺野の病室を出て行った。

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