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輪廻  作者: 代田さん
第一章 邂逅
23/203

4月18日 2

「何ですと?」


 魁然義虎は、座っていた黒い革張りの肘掛け椅子から思わず立ちあがりそうになった。

 ここは義虎の執務室。広々とした部屋の一角に据えられた黒檀のデスク。そこに据えられた大きなパソコン画面には、神代家総帥である神代京子の姿が映っている。

 今朝ほど行われた神代沙羅による紺野秀明の尋問。その概要を報告するために、神代京子は魁然義虎にネット通話を呼びかけた。義虎は多忙にもかかわらず、一も二もなく通話に応じた。一刻も早く状況を知りたかったからだ。

 だが、その報告は彼にとってあまりにも衝撃的だった。義虎はなんとか座席に腰を落ち着けたものの、しばらくは言葉もなく神代総帥の顔を見つめていた。


「……本当に、沙羅くんが?」


 そんな義虎とは対照的に、京子は落ち着いた様子で頷いてみせる。


「ええ、だめでした。全く同調シンクロできなかったそうです」


「でも、沙羅くんは神代でも指折りの……」


「そうです。彼女以上の送受信テレパシー能力を有する者は神代にはおりません。私の意識ですら、その気になれば彼女は覗けますから」


 義虎はあまりのことに思考がまとまらないらしく、情報をあえて言葉にすることで整理している様子だった。


「しかし……だとすればあの男、相当にランクの高いの送受信能力者テレパスということになる」


「そうですね。しかも前回は、転移テレポートした可能性もあります。単一能力者シングルではないということです」


 義虎は落ち着かない様子で目線を泳がせた。


「あり得ない。それだけの能力を有しており、その上、神代系の血統だなどと……」


「そうですね。もし彼が神代系純血種であったなら、「能力の反転」が起きていると断言できる状態でしょう。そのくらい高いレベルの能力を有している可能性があります」


 京子の言葉に、義虎は表情を凍らせた。


「……神代総代以外に、そんな能力を有する人間がこの世に存在するなどと、そんなことがあり得るわけが」


「残念ながら、可能性はゼロとは言えません」


 神代総帥は、暗い表情で何かを思い出すように遠くを見つめた。


「覚えていらっしゃいますか。十六年前、投身自殺を図ったあの事件の犯人のことを」


 その問いに、義虎は地を這うような声音で答える。


「……無論です。忘れるわけがないでしょう」


「あの事件の犯人である東純也という男からも、非常にランクの高い神代の血が検出されました。しかも、惨殺が行われたアパートの状況や、留置場で殺された看守の状況から、相当に高いレベルの能力を複数保持する高位能力者だったことがわかります。あの時もかなりの議論や憶測を呼びましたが、遺伝子検査の結果、彼の能力は神代側の血によるものではなく、一般人の突然変異によるものだという結論が出ました。非常に確率は低くとも、そういう能力者は存在するということです。さらに、もし紺野が本当に鬼子であるなら、神代の血の影響で、東純也の能力を遺伝的に引き継いでいる可能性も十分に考えられるのです」


 神代京子の淡々とした説明が終わっても、義虎はしばらくは無言で机を見つめていた。そうして何か彼にとって忌まわしい記憶を手繰り寄せている様子だったが、やがてぽつりと言葉を発した。


「あの男、似ているんです」


「……似ている?」


「あのときに死んだ、東純也という男に」


 神代総帥は先ほどとは表情を変えず、静かに義虎を見つめている。義虎は震える声で言葉を続けた。


「私は、血液検査の結果を待つまでもなく、あの男はあの事件で生まれた鬼子だと確信しています。それだけ高い能力を有していることからみても明白です。体調が完全に回復してしまったとき、はたしてわれわれの手に負える存在かどうか危うい。検査結果を待って処分を引き延ばしているのは非常に危険だ。神代総帥、私はやはりあの男を即刻処分すべきと思います。幸い、あの男はまだ満足に動けない。殺すなら、今です」


 神代総帥は義虎の訴えをだまって聞いていたが、やがてゆっくりと首を横に振った。


「残念ながら、それは難しいです。一般人に混じり、法治国家に生きている以上、最大限その制約からはみ出さないように生きるべしというのは、われわれ一族が長い年月の中で培ってきた、最も尊重すべき縛りのはずです」


 義虎はその言葉に打たれたように目を見開いた。神代京子はそんな義虎をいたわるように見つめながらも、諭すような強い口調で言葉を続ける。


「落ち着いてください。まだ血液検査の結果すら出ていません。遺伝子のバランスが崩れた鬼子は精神遅滞や身体的異常を抱えている可能性が示唆されますが、あの男にそうした特性は見られません。非常に確率が低いとはいえ、東純也のような特殊な事例が再び現れた可能性がゼロではない以上、あの男があの子どもである確証が得られるまで、性急な行動は厳に慎むべきです。もし彼が鬼子でなかったのなら、われわれは迎え入れるべき同族を恣意的な決めつけで殺してしまうことにもなる。それだけは、絶対に避けなければならなりません」


 一息でそこまで言うと、京子は少しだけ語気を緩めた。


「遺伝子検査の結果が出るまでには二カ月かかりますが、血液検査の結果はあと数日で出ます。不安なお気持ちはわかりますが、待ちましょう。われわれは、あの男が大きな力を行使する所を実際に目にした訳ではありません。また、組織に対して危害を加えてくる様子も見られません。今のうちに能力抑制装置を装着しておけば、効果的に能力発現を封じることもできます。あの男の動向は、われわれ神代家が責任を持って監視します。どうかわれわれを信じて、任せていただければと思います」

 

 その言葉に、義虎も落ち着きを取り戻したのだろう。申し訳なさそうな様子で頭を下げた。


「分かりました。神代総帥にお任せします。私も、あまりのことに少々取り乱してしまって……お恥ずかしい限りです。とりあえず、魁然の方でも、警察の総力を挙げてあの男の出自ともう一人の能力者の行方の捜査に全力を尽くします。そこから、何か新たなことが見えてくるかもしれません」


「ありがとうございます。ぜひよろしくお願いします。こんな時こそ、魁然の捜査力が頼みの綱ですから」


 そう言うと、神代京子は穏やかな表情でほほ笑んだ。

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