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輪廻  作者: 代田さん
最終章
200/203

7月20日 1

 7月20日(土)


 大勢の人でごった返す新宿駅ホーム。旅行かばんをさげた親子連れや熟年グループが行き交う中、リュックを背負った玲璃は戸惑ったように足を止め、きょろきょろとあたりを見回した。


「あ、総代! ……じゃなかった、魁然先輩! こっちこっち!」


 反対側から響いてきた大声に振り返ると、背の高い黒髪の男がぶんぶんと手を振っているのが見えた。隣には、にこやかにほほ笑む車椅子に座った女性と、そのハンドルを握る、茶色い髪の男の姿。

 玲璃はほっとしたように笑顔になると、急いで三人の所に駆けよった。


「遅れてゴメン。寝坊しちゃって……」


 背の高い男……寺崎にそう言ってから、車椅子に座るみどりに頭を下げる。


「すみませんでしたみどりさん、お待たせしてしまって」


 みどりはとんでもないと言いたげに首を振って、笑った。


「大丈夫ですよ。特急の時間には間に合いましたから。こちらこそ、無理にお誘いしてしまって……忙しかったんじゃありません?」


「いえ。受験勉強はメリハリが大事なので。こういう息抜きが大事なんです」


 玲璃は笑顔でそう言うと、ちらっと車椅子のハンドルを握る紺野に目を向ける。紺野は穏やかな笑みを浮かべると、小さく頭を下げた。玲璃は背筋を駆け上がるあの感覚に耐えながら、やはり小さく頭を下げる。


「そんじゃ、行きますか」


 四人は連れだって、指定された車両の乗車口に向かって歩き始めた。


「それにしても、マジでよかった。魁然先輩が旅行に行くのOKしてくれて」


 寺崎はそう言って笑うと、玲璃の方に振り返った。玲璃も寺崎にほほ笑み返す。


「私も嬉しかった。誘ってもらって」


「結局、亨也さんも沙羅さんも忙しくって休み取れないんだもん。おふくろが温泉に入るには、絶対、誰か女性が必要だし」


「しかも私なら力があるしな」


「そうそう」


 思わずうなずいてから、寺崎はしまったというような顔をして玲璃の方を見る。玲璃は薄く笑いながら、寺崎の襟首をむんずとつかむ。


「一度勝負してみたいと思ってたんだ、寺崎」


「あ、いや……遠慮しとく。勝負は見えてるし」


「そんなことはないだろ。やってみなきゃ分からないじゃないか」


「いや、どう考えても玲の勝ちだと……」


 側にみどりがいないからか、寺崎は玲璃のことを「玲」と呼んだ。

 立ち止まって言い合っている二人に、十メートルほど先からみどりが声を掛ける。


「何してるの? 紘、玲璃さん、行くわよ」


「あ、やべ。行きましょ先輩。乗り遅れちまう」


「……あ、待て、寺崎!」


 これ幸いと駆けだした寺崎を、玲璃は慌てて追いかけた。



☆☆☆  



 真っ白い車体が美しい特急列車は、滑るようにゆっくりと新宿駅を発車した。

 車椅子を畳んだみどりは、珍しく義足姿だった。通路側の席に座ると、向かい側に座る玲璃に、改めて丁寧に頭を下げる。


「今日はよろしくお願いしますね、玲璃さん」


「はい。こちらこそよろしくお願いします」


「受験勉強は順調なの?」


 みどりの言葉に、玲璃は恥ずかしそうに笑った。


「受験を決めたのが他の人より遅いので、その分の遅れはありますが。まあ、なんとかついていこうと思います」


「先輩は優秀だもん。たいしたハンデじゃないって」


 寺崎の言葉にみどりが感心したようにうなずいたので、玲璃は慌てて手を振りまわした。


「そんなことない。この間の業者テストも散々だったし。第一志望はC判定だったから……」


「第一志望がとんでもないレベルだし。だいたい、あの時期勉強どころじゃなかったってのに、C判定取れるあたりがすごいっつーか」


 そう言うと寺崎は思い出したように、目の前の席に座り、黙って外に目を向けている紺野を見やった。


「すごいっつったら、おまえもすげえよな」


「え?」


 紺野は何か考え事でもしていたのか、急にふられて驚いたように寺崎を見た。


「この間の期末、おまえ、トップ取りやがっただろ」


「え……ええ」


 遠慮がちにうなずく紺野を、寺崎は上目遣いににらみつける。


「信じらんねえよな。俺なんか後ろから数えた方が早いってのに。あの滅茶苦茶な状況の中で、おまえ、いつ期末テストの勉強なんかしてたんだ?」


 紺野は恥ずかしそうに笑ってかぶりを振った。


「僕は高校二度目ですから。みなさんより得なんです、きっと」


「そんだけじゃねえよな。あーあ、いい遺伝子持ってるヤツは違うよなー」 


 そう言って肩をすくめて見せてから、寺崎は再び思い出したように身を乗り出した。


「いい遺伝子といえば、知ってる? 亨也さん、アメリカに行くって」


「知ってる知ってる。何か、あっちの大学から要請があったらしいな」


「出世街道まっしぐらっすよね。沙羅さんと結婚も決まって、ほんとよかった」


 玲璃は複雑な表情でうなずくと、ぽつりとつぶやいた。


「やっぱ、惜しかったかな。あんなステキな人、ふっちゃったの……」


「あ、先輩、もしかして後悔してる?」


「うん。かなりな」


 玲璃は、口をあんぐり開けてショックを受けているらしい寺崎を見やり、ぷっと吹き出した。


「冗談だよ、冗談」


「先輩……きついっすよ、その冗談」


 寺崎は苦笑してから、ふっと何とも言えない表情を浮かべた。


「こんなことを冗談で言える日がくるなんて、マジで夢みたいだ」


 その言葉に、四人は一様に目線を落とし、静かに手元を見つめた。


「それもこれも全部、魁然総帥のおかげっすから」


 寺崎の言葉に、紺野は深々とうなずいた。

 あの後、義虎は自身の罪を一族全員の前で告白し、神子誕生のために作られた全ての規制を解除し、それを目的とした合議体の解散を告げた。一族の中にはそれでも神子を求める声が根強かったが、義虎がそれを強引にねじ伏せる形で押し切ったのだ。全てを、自分の責任に帰して。


「あ、そうだ。紺野、あいつ連れてきたか?」


 寺崎に言われて、紺野は穏やかな表情でうなずいた。


「悪かったな、昨夜いきなり電話して……っつーか、おまえ、早く携帯持て。連絡が家電だけだと、やりにくくてしょうがねえ」


「すみません」


 今、紺野は寺崎の家を出て、神代順平と暮らしている。寺崎やみどりは残念がったが、実の親を差しおいて紺野を引き留めることなどできなかったのだ。

 紺野はバッグの中から封筒を出し、そこから丁寧に和紙でくるまれた何かを取りだすと、寺崎に差しだした。

 寺崎はそれを受け取ると、手のひらの上でそっと包みを開いた。そこにあったのは、一束の茶色い髪だった。寺崎はそれをしばらくの間じっと見つめていたが、やがて切なげな表情でつぶやいた。


「優子、いよいよ今日は、おまえが行きたがっていた温泉旅行だぞ。一緒に行こうな」


 紺野はそんな寺崎を、何とも言えない表情で見つめていた。

 寺崎は優子の遺髪を丁寧に包み直し、紺野に返しながら聞いた。


「優子の墓、場所は決まったのか?」


 紺野は封筒をしまいながら首を振った。


「結局、優子の死は世間的には大っぴらにできませんから、なかなか難しいようです。順平さんもいろいろと動いてくださっているのですが」


 そう言うと顔を上げ、小さく笑いかけてみせる。


「取りあえず、順平さんが家にきちんと場所をつくってくださって、お骨もそこに安置してありますから。しばらくはあのままお任せしようと思います」


 寺崎はうなずいたが、紺野の言葉に何となく違和感を覚えて首をかしげた。問いただそうかと口を開きかけたが、じっと窓の外を見つめる紺野の表情に、何か近寄りがたい雰囲気を感じて、言いかけた言葉を飲み込んだ。

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