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輪廻  作者: 代田さん
第五章 解放
197/203

6月28日 2

 義虎はハイヤーから降りると、早足で病院の回転式自動扉をくぐった。その後を、数人の護衛が慌てた様子で追いかける。

 転移反応を微かに感じた直後、紺野秀明が病院から逃走したという連絡を受けた。その後、もう一度反応を感じた気がするが、一体彼が今どこにいるのか、義虎には見当もつかなかった。

 義虎は歩きながら奥歯をきしませる。紺野の首に装着していた能力抑制装置チョーカー。あれでは、やはり抑制機能が弱かったのだ。神代亨也を上回る能力を有するあの男にとって、抑制機能を超えて能力発動することなど造作もないのだろう。だが、装置はまだ開発途上だ。あれ以上のことはやりようがないのだ。

 とにかく彼が消えた病室から、気の痕跡をたどって足取りを探るしかない。あれだけのケガを負っている状態で、そう遠くへ行ける訳もない。義虎は護衛とともにエレベーターに乗ると、いらいらしながら階数表示を見上げた。

 エレベーターの扉が開くのももどかしく廊下に飛び出し、走るような勢いで進む。程なく、廊下の突き当たりにある紺野の病室が見えてくる。

 義虎はいぶかしげに眉根を寄せてスピードを落とした。

 病室前がやけに騒がしいのだ。スーツ姿の監視役らしき男たちが三,四人、入り口付近でうろうろしている。病室内の様子をうかがっているらしく、中をのぞき込んでは互いに顔を見合わせ、携帯電話片手に小声で何か話し合っている。義虎は首をかしげた。


「おい、どうしたんだ? 何を騒いでいる」


 スーツ姿の男達は、義虎の姿を見るとほっとしたような、同時にばつの悪そうな、複雑な表情を浮かべて動きを止めた。


「か、魁然総帥。あの男が……」


「あの男?」


 スーツ男は青い顔でうなずいた。


「消えたはずのあの男が、今見たら中に……」


 義虎はその言葉を聞くやいなや、監視役を邪魔だとでも言わんばかりに腕で払いのけ、病室の横開きの扉を一気に開け放った。

 薄暗い病室の中央にうつむき加減で立っていた紺野は、その音にゆるゆると顔を上げると、居住まいを正して深々と頭を下げた。


「お騒がせして、申し訳ありません」


 紺野はそう言うと、ゆっくりと体を起こした。


「お会いするのにあの格好ではあまりに失礼だと思ったので、制服を取りに行ったんですが、大騒ぎになってしまいましたね。すみません」


「会う?」


 義虎の言葉に、紺野はうなずいた。


「あなたにお会いしようと思っていたんです」


 そう言って目線を落とし、少しだけ苦笑めいた笑みを浮かべる。


「何だか、呼びつけるような格好になってしまいましたが……」


 氷のようなまなざしを紺野に向けたまま、義虎は地をはうような声音で問う。


「会って、なにをするつもりだったんだ?」


「交渉を」


 その眼差しをまっすぐに受け止めながら、紺野は言う。


「あなたと、取引がしたいんです」


「……取引だと?」


 義虎は顔をゆがめて笑った。


「何の取引だ? 何を交渉材料にする? 今回の件で取引できるものなどなにも……」


 そう言うと、何に気づいたのか、ふいに言葉を止めて眉を挙げた。


「……ひょっとして、先日のあの発言を撤回することを条件に、神代享也や神代順平の命乞いでもするつもりなのか?」


「あの発言?」


「総代にならないという、あの発言だ」


 紺野は目線を落とすと、小さく首を振る。


「それは、撤回するつもりはありません」


 義虎はあきれ果てたように肩をすくめた。


「……よくもまあ、ぬけぬけと」


 義虎は低い声でつぶやいた。

 同時に、義虎の右足がかき消える。

 次の瞬間、それは紺野の腹に深々とめり込んでいた。人間の動体視力ではとらえきれないスピードだった。

 紺野は体ごと吹っ飛ばされ、三メートルほど離れた背後の壁に派手な音をたててたたきつけられた。

 反動で床に倒れ伏し、血と胃液を吐きながら弱々しく咳き込む紺野に、義虎は冷たい視線を投げかけた。


「やはりだな……先日も思ったが、なんで防御シールドしない?」


 紺野は口元を袖でぬぐいながら、義虎を見上げた。


「おまえほどの力があれば、私の力など無に等しいはずだ。なにせ核弾頭数百発分だろう? そんな力があれば、私などひとひねりで殺せるはず。実際、そのチョーカーが役に立っていないことは、おまえがたやすく転移したのを見れば分かる」


 剣呑けんのんな笑みを浮かべながら、義虎は平板に言葉を継ぐ。


「取引などとくだらないことを言わず、私を殺して、自由になればいいのではないか? 一族も組織も全員を消せば、おまえらは自由になれる。おまえほどの力があるなら、可能なんだろう? 総代になるのが嫌なら、われわれ全員を殺してしまえばいいんだ」


 紺野は壁を伝ってよろよろと起き上がった。


「僕は、あなたには抵抗できない。僕はあなたに対して、それだけのことをしてしまっている。裕子の命を奪い、娘さんを危険にさらし、一族を危険にさらして……あなたの大切にしていたものを、僕はことごとく奪った。そういう相手に対しては、僕はやはり反射的に能力発動を抑えてしまう。これはもう、直しようがない」


 義虎は鼻でわらうと、冷ややかに紺野を見下ろした。


「それならばやはり、おまえは総代になるしかない。いい加減、観念しろ。それ以外、おまえのとるべき道はないんだ」


「あなたは、それでいいんですか」


 義虎は言葉を飲み込んだ。


「僕が玲璃さんの相手になることを、納得してらっしゃるんですか」


「納得するもしないも、ない」


 震える呼気をゆっくり吐き出すと、霧雨で紫色に霞んだ窓の外に目を向ける。


「おまえにその血が流れている以上、私にはどうすることもできない」


 静かに語る義虎の背中を、紺野はじっと見つめた。


「われわれのこの血は、その純度が高まれば高まるほど、互いの相手に強く引き寄せられる特性を持つ。それは、想像を絶する強さだ。今はどういうわけかそう強い反応を感じていないようだが、おまえもあと一年もすれば、それが分かるようになるだろう」


 どこか遠くを見つめながら、義虎はつぶやくように言葉を継ぐ。


「あの力には、誰も抗えん。倫理観も、世間体も、……家族への愛情でさえ、何の歯止めにもならなかった。あの力の前には、おまえの貧弱な裕子への義理立てなど、何の意味もなさない。火を見るより明らかなことだ」


「でも、僕たちはまだ、そうはなっていない。だからこそ、今しかないんです。


 そう言うと、紺野はすがるように義虎を見た。


「僕は、どうしてもあなたと交渉がしたい。お願いです。そのために、人払いをしていただけませんか?」


 そう言うと、少しだけ声のトーンを落とす。


「交渉に関連して、僕が今から話すことは、恐らく、あまりほかの人には聞かれたくないことだと思います」


「聞かれたくない話? 意味がわからない。そんな話があるわけが……」


「組織と一族」


 ぽつりと発されたこの言葉に、義虎は息をのんで紺野を見つめた。

 と、それまで黙って少し後ろに控えていた護衛のトップらしき堂々たる体躯の中年男が、低い声で耳打ちする。


「魁然総帥、絶対にこの男と二人きりになどなってはいけません。もしかしたらこの男、抵抗しないふりをして油断させ、総帥に精神攻撃をかけるつもりかもしれない」


 義虎は、しばらくは考え込むように動きを止めていたが、ややあって、小さく首を横に振った。


「……いや、それをするつもりなら、もうとっくに乗っ取っているだろう。おまえたちがここにいるいないにかかわらず。それだけの能力を、その男は持っている」


 そう言うと、義虎は後ろに控えている護衛や監視役の面々に向き直った。


「私はこの男の交渉の内容を聞く。申し訳ないが、おまえたちは廊下に出ていてくれ」


「総帥、しかし……」


「大丈夫だ。この男は重傷を負っている。しかも先日の件で能力も使い果たして、まだ全力は出せない。一対一なら私に分がある。だが、もしおまえたちを人質に取られたりしたら、逆に身動きがとれなくなる。理解してくれ」


 義虎の言に、護衛たちは後ろ髪を引かれながらも病室を後にする。護衛たちが全員廊下に出て、病室の扉が閉まると、紺野は義虎に頭を下げた。


「ありがとうございます」


 そんな紺野を、義虎は底光りする目で見据えた。


「……おまえは、組織に関してどこまで知っているのだ? 誰から聞いた? 神代順平か。もしくは、神代享也……いや、神代京子か」


 紺野は得心がいったようにうなずいた。


「やはり、そのあたりの方たちは知っていることなのですね」


 鼻白んだように言葉を飲み込んだ義虎に、いくぶん申し訳なさそうな表情で頭を下げる。


「すみません、かまをかけました。僕は組織というもののことについては何も知りません。順平さんも享也さんも京子さんも、その話は一言も僕にしてはいません。誰が何をどこまで知っているのかも知りません」


 そう言うと、目線をあげて静かに義虎を見据える。


「……でも、神子の誕生を望んでいるのは、あなたたち一族というより、その人たちの方なのでしょう?」


 義虎は心なしか怯えたような表情を浮かべながら、いきり立って反駁はんばくする。


「ウソをつくな! 何も聞いていないのに、組織の存在に気づけるわけが」


「あなたは何度も口にしていましたよ。『組織』という言葉を」


 言葉を飲み込んだ義虎を静かに見つめながら、紺野は淡々と言葉を継いだ。


「もちろん、ほかの方たちも時折、その言葉を使っていることもありました。ですが、あなたがその言葉を使うときのニュアンスと、他の方たちがその言葉を使うときのニュアンスが、微妙に違っていたんです。他の方たちは、単純に一族による合議体を指していて、それはほぼ一族と同義でした。でも、あなたが組織という言葉を使うとき、その意味合いは明らかに違っていた。一度などは、明らかに別のものとして、『一族』と『組織』を発言の中で並列していましたしね」


 義虎は得体のしれないものでも見るような目つきで紺野を眺めやりながら、黙っていた。


「あなたは僕を殺したいほど憎んでいる。普通に考えて、そんな相手に娘をやりたいなどと思うわけがない。あなたが抗えなかったというこの血族の特性も、僕たちにはまだ強く出ているわけではない。にもかかわらずあなたは、従うしかないと諦めてる。それは、従わなければ、もっと大きな災厄があなた方一族全体にふりかかるからではないですか」


 紺野はいったん言葉を切ると、表情を凍らせている義虎をまっすぐに見つめた。


「そして、その災厄のもとであり一族のくびきとなっているのが、その組織なのではないか。神子は、あなた方一族の悲願というより、その『組織』がほしがっている「もの」ではないか、僕はそう考えました」


 そう語る紺野の目は、心なしか悲し気な色を帯びているように見えた。


「あなたは、その『組織』に対する離反によって降りかかる災厄から、あなた方一族全員を守っているのでしょう? そう考えないと、あなたほどの人間が、殺したいほど憎んでいる相手に娘を粛々と差し出す理由がつかない」


 義虎はその場に立ちすくんだまま、何か恐ろしいものでも見るような目つきで紺野を見ていた。


「……おまえは、私の頭の中をのぞいたのか」


「まさか。全部僕の勝手な推論です。でも、あなたのその反応を見るに、当たらずとも遠からじと言ったところのようですね」


 紺野はそう言うと、居住まいをただした。


「僕は総代とやらにはならないし、神子とやらを作る気もない。でもそれは、あなた方一族を危険にさらす決断なのでしょう。それを踏まえたうえで、僕からの提案は二つです。一つ目は、もしあなた方一族が、今回の件を機にその組織とやらに反旗を翻すつもりがあるなら、僕は総代にはならないまでも、あなた方の側についてともに戦う意思があります。僕はもう自在に能力を操れる。あなた方にとって、それなりに大きな戦力になるはずです」


 その言葉に、義虎はバカバカしいとでも言いたげに肩をすくめ、鼻でわらった。


「マンガでもあるまいし、そんなことが可能だと本気で思っているのか? やはり知能がお子様だな。そんなことをすれば、本当の戦争になる。いったいどれだけの血が流れると思っている? われわれ一族だけじゃない。われわれとかかわりのない、全く普通の人たちも凄まじい数の人間が巻き込まれることになる。この日本という国が消滅するかもしれない。そんな危険な賭けにでられるわけがないだろう」


 そう言うと、深い悲しみと憎しみをたたえた目で紺野を見据える。


「総代になりたくないとか、娘を差し出したくないとか、そんな個人的なワガママと、それと引き換えに流される、何の罪もない何万人もの人間の血を引き換えにするバカがいると思うか? その提案は却下だ。そういう返事が返ってくることくらい、そこまで理解できているのなら、本当はおまえだってわかっているはずだ」


 その返答に、紺野は深々とうなずいた。


「ええ。あなた方のような強大な力を持つ一族が、なぜ三百年もの長きにわたって粛々とその組織とやらの命に従っていたのかを考えれば、そういう答えが返ってくるのは自明です。逆らえない理由はそれなのですよね。ですから、僕もこの提案はおそらく却下されるだろうと思っていました」


 そう言うと、紺野は目線をあげて義虎を真っすぐに見据えた。


「しかし、だからといって組織の命にしたがい神子を差し出すことが、一族や世界にとってより安全な方策とも、僕には全く思えないんです」


 義虎は大きく目を見開いて動きを止めた。


「すでに僕自身の力ですら、非常に危険な域に達している。もし神子という存在が、それを上回る能力を有するとしたら、組織はその力を占有するために何をするでしょう? そのために、もしこれまで一族を縛ってきたくびきだけでは不足だと思ったとしたら、組織は一族に何をすると思いますか? そして、その力を完全に占有した時、その組織とやらは世界に対して、いったいなにをするのでしょうね」


 そこまでひと息に言うと、紺野は目線を落とした。


「僕は、その組織がどういうものなのかは全く知りません。ですが、あなた方一族を三百年もの長きにわたって縛り続けてきたからには、相当な力を持っているのでしょう。その強大な力を持つ連中が、さらに神子という絶対的な力を得た時、世界に対して何をするのか考えると、僕は非常に恐ろしい。そもそも、神子という力をそうまでして欲し続けていたのには、目的があるはずです。僕はその目的が何なのかは知りませんが、それが世界平和とか、貧困撲滅とか、そういった真っ当な目的でないことだけは確かだと思います。なぜって、あなた方一族を三百年も縛り続ける強大な力がありながら、世界の貧困や格差は全くなくなっていないですから。虐げられる人間は永遠に虐げられ続け、一部の富を得られる人間だけがどんどん豊かになっていく。つまり、そういう状況を放置して恥じない連中だということです。そういう連中に、神子という絶対的なカードを渡すことに、僕は大きな恐怖を覚えます」


 そこまで黙って話を聞いていた義虎が、低い声で問いただす。


「つまり、世界の安寧のために、われわれ一族はもっと早くに死ぬべきだったと……おまえはそう言いたいのか?」


 紺野はきっぱりと首を横に振った。


「そうではありません。神子という最強のカードを組織の連中に渡すべきではないと言っているだけです。神子を占有したい組織側は、それを奪われることを恐れる。つまり、そのカードを渡した時点で、一族の皆さんはカードを奪う者として消される可能性がある。そうなれば最悪です。そうならないために、現状をできるだけ維持してその最悪を避ける、よりマシな道を選択すべきだと、そう申し上げているだけです」


「よりマシな道とはなんだ? そんな道があるわけが」


「僕の二つ目の提案がそれです。この提案の方が、おそらくあなたにとっても受け入れやすいでしょう」


 紺野はまっすぐに義虎を見つめながら、きっぱりと言い切った。


「僕を、存在しなかったことにしてください」


 その言葉に義虎は一瞬、返す言葉を見失った。


「東順也は、十六年前に死んだ。僕は存在しなかった。そういうことにしてください」


 ようやく思考が回り始めたのか、義虎は引きつった笑みを浮かべながら口を開いた。


「なにを言ってるんだ? できるわけがなかろう。おまえは先日、アリゾナで能力解放を行った。アメリカは、組織の本部が置かれている場所だ。いくらシールドで防御していたといえ、あの強大な能力発動が組織側に感知されないとでも思っているのか? すでに調査が入っているという情報もある。おまえの存在もなしに、あの能力解放にいったいどういった説明をつける気だ」


「享也さんがいるではないですか」


 紺野は目線を落とすと、悲しげな笑みを口の端に浮かべた。


「優子は一族を恨んで攻撃をしかけた。あなた方は優子を殲滅するためにアリゾナで戦った。戦いは京子さんと享也さんが協力して行い、京子さんはそのさ中に亡くなり、紙一重で享也さんが勝利をおさめた。僕と享也さんのエネルギー波の周波数は非常に近く、気づかれる可能性は低い。この筋書きなら、あなた方一族は組織に離反していない。裏切者である京子さんも、その責任を取る形で組織に貢献して亡くなった。順平さんは双子の件に関しては何も知らなかった。寺崎さんに関しては、名前を出さなければいいだけです。これで十分に筋は通ると思います。京子さんと優子に全ての罪を押し付けるような形になってしまいますが、彼らも一族の皆さんを助けるためなら、否とは言わないでしょう」


「……おまえの存在が、隠し通せると思うのか? 組織が見逃すはずがない。おまえが生きている限り、どこからか情報は洩れる。そんな隠蔽いんぺいは時間稼ぎにしかならない」


「ですから、僕に関しては、殺していただいて構いません」


 即答されたその言葉に、義虎はまたも返す言葉を見失った。


「存在そのものを消してください。紺野秀明という人間と、あなた方一族とのつながりを全て絶ってください。そのために、僕を殺してください」


 紺野は目線を落とすと、淡々と言葉を継いだ。


「この取引の方が、あなたにとって受け入れやすいと言ったのはそのためです。あなたは僕を殺したい。僕に娘をやりたくもない。そしてこの提案を受け入れれば、あなたは大手を振って僕を殺せる」


 義虎は紺野の言葉を聞きながら、つばを飲み込み、汗ばんだ拳を握りしめた。


「今回の件を、組織のことを表に出さずに一族の末端に位置する皆さんに説明する方法も簡単です。僕は一族の壊滅を画策した。戦争を持ちかけた。普通に考えて危険人物です。危険人物だからやむを得ず殺した。重傷を負っていて能力が弱まっていたから簡単に殺せた。実際、あなたの能力があれば今の僕を殺すのは十分に可能です」


「……なるほどな。なかなかに興味深い提案だ」


 義虎はかすれた声でつぶやくと、片頬を引きつり上げた。


「この論法をとるのであれば、神代享也を殺すことはできなくなる。彼に協力した神代沙羅も同様だ。一族を守ったヒーローってことになるわけだからな。この提案に際しての、おまえの目的はそれなんだろう?」


 紺野は足元に目線を落としたまま、何も言わなかった。


「死人に口なしで神代京子とあの子どもに全ての責任を擦り付けるというのは、それなりに現実的な提案と言えるだろう。まあ、あの寺崎とか言う男と、神代順平に関しては、この論法でも守りきることは難しいだろうがな」


 紺野は顔を上げると、押し殺したような低い声で反駁はんばくする。


「……いいえ。その二人の命を救うことは、提案の条件に含まれています。この論法をとれば、彼らを殺す必要はなくなる。この提案を受け入れるという事はすなわち、彼らを含めて全員を見逃すということです」


「それはできないと言ったら、どうする?」


 紺野は青ざめた顔でじっと義虎を見つめていたが、ややあって、絞り出すように答えを返した。


「危険な行動に出る可能性はゼロではありません」


 その言葉に、義虎は眉を上げた。


「……危険な行動?」


「たとえば、あなたを殺して、一族の主導権をのっとる……一族の納得が得られないと思うので、かなりの反発は招くでしょうが、たとえ実現可能性が低くとも、そういう無謀な賭けに出る可能性はゼロとは言えません」


 義虎は、わが意を得たりとうなずいた。


「なるほど。よくわかった。おまえの提案には一理ある」


 剣呑けんのんな笑みを浮かべると、組んでいた腕を両脇に下ろす。


「確かにおまえは、消えた方がいいだろう」


 おもむろに一歩踏みだし、ゆっくりと紺野に歩み寄っていく。


「総代にならないどころか、私を殺してでも強引に自分の要求を通す可能性があるなどと言うなら、おまえは危険人物以外の何物でもない」


 言い終わるやいなや義虎は、紺野の脇腹に回し蹴りをたたき込んだ。

 紺野は真横に三メートルほどすっ飛ばされ、病室の壁にたたきつけられた。血しぶきが灰色の床を鮮やかに彩り、紺野は壁際に崩れ落ちる。

 義虎は傲然とそんな紺野を見下ろした。


「おまえは、ああいう提案をすれば私がおまえに憐憫れんびんの情でも催すと思ったのかもしれんが、それはとんだ考え違いだ。私はおまえが憎い。殺しても飽き足らないほどに憎んでいる。そんな相手に対して温情をかけるはずがなかろう? 私はおまえには、できるだけ苦しんで死んでほしい。神代順平に関しても同様だ。あの男は罪を償う責任がある。寺崎とかいうヤツに関しても、『組織に攻撃をしかけた』優子に手を貸したとなれば、ただではすまされん。未成年だから命をとられることだけはないとは思うが、それ相応の報いは受けてもらうだろう。ただまあ、神代享也と神代沙羅に関してだけは、あの論法で命を救うことができるんだ。それだけでも十分だろう」


 震えながらうずくまっていた紺野は、かすれた声で懇願する。


「僕は……どうなっても、何をされても、かまいません。ですが、お願いです。順平さんにも、寺崎さんにも、手を出さないで……特に、寺崎さんには、なんの罪もない……」


「ならば、抵抗してみせろ」


 義虎は冷ややかに紺野を見下ろしながら、抑揚なく言葉を継ぐ。


「核弾頭数百発分のその力で、私を殺してみろ」


 言うや否や、義虎はふりあげた右足を紺野の腹にたたき込んだ。義虎も多少の手加減はしていると見えて、紺野の胴体が上下に分断されるようなことだけはなかったが、そうは言っても相当の衝撃だ。低くうめいた紺野の口から、どす黒い血があふれた。衝撃で傷口が開いたのだろう、ワイシャツがみるみるうちに赤く染まっていく。

 紺野はうめき声すらたてず、床にうずくまるようにして倒れ込んだ。


「抵抗するつもりがないのなら、そのまま死ね」


 義虎は両手を組み合わせ、その拳を頭上に高々と振り上げた。血走った両眼を見開くと、うずくまる紺野の茶色い頭を目がけてそれを一気に振り下ろした。

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