6月24日
6月24日(月)
首に黒光りする能力抑制装置をはめられた沙羅は、自宅マンションのベッドに、膝を抱えて座っていた。
――総代。
沙羅は気がかりでならなかった。
あれだけの傷を受けながら、重要事項を黙秘していた咎で、亨也は満足な治療を受けることもできず、自宅に軟禁されているのだ。元小児科医である順平がついているとはいえ、満足な医療機器もない自宅での療養はあまりにも無謀だ。それを強要するさまを見るにつけ、沙羅は亨也をもう必要としていない一族の意図を感じ、背筋が寒くなるような思いがしていた。
明日は、一族の緊急会合が行われる。そこでどのような裁定が下るのか。亨也に手を貸した自分も当然罪に問われるだろうが、沙羅はそんなことよりも、亨也がこれからどうなってしまうのか、そのことばかりが気になって仕方がなかった。
☆☆☆
義虎は、ICUにいた。
マスクをつけ、じっと目の前で眠る男を見つめて動かない。
四月。初めてこの男を見たのも、このICUだった。
――あの時、殺しておけば良かった。
義虎は奥歯をきつくかみしめる。こんな結果になるのなら、あの時思い切って殺してしまえばよかったのだ。そうすればむざむざ、玲璃をこの男に奪われる結果にならずにすんだのに。
――こいつはわしから、全てを奪っていく。
義虎の脳裏に、裕子の姿がよぎる。
初めて義虎と引き合わされた時の、あの初々しい姿。
彼女を一目見た途端、義虎の全身に鳥肌が立った。元来この血族は、自分と適合する相手に会うと、本能的に体が反応する。義虎は、珠子には感じたことがなかったその感覚を、裕子に対して生まれて初めて感じた。自分の相手はこの人以外にあり得ないのだと、そう悟った瞬間だった。
裕子自身も、義虎に強く惹かれていた様子だった。もちろん、親子ほどの年の差があるため、そうそうスムーズにいかない部分もあったが、彼女と初めて床をともにした時は、裕子が自分を受け入れてくれたと、義虎は確信していたのだ。
だが、彼女は姿を消した。
玲璃を裕子に育てさせるのは、対外的にも年齢的にも無理がありすぎた。その点については、よくよく説明し、了解を得たつもりだった。だが、彼女は納得してはいなかったのだ。そのことに気づいたのは、裕子が姿を消した後だった。
裕子が姿を消したと知り、義虎は激しく動揺した。自分のしたことが、彼女に受け入れられなかった衝撃と、彼女に悲しい思いをさせてしまった事実が、彼を苛んだ。警察の総力を挙げて彼女の行方を捜査した。だが、彼女の行方は杳として知れなかった。
そして、あの事件が起きたのだ。
義虎は許せなかった。十六歳という若さで無責任に裕子を抱き、孕ませ、殺した男。もしあの時自殺していなければ、多分自分が殺していた。義虎は今でも、そう確信している。
その男が今、目の前で眠っている。しかも、実は神代の総代だったというとんでもない事実をぶら下げて。
この男自身はもちろん、彼を捨てた神代総帥も、順平も、亨也も、義虎は全てが許せなかった。たとえどんな事情があるにせよ、自分たちを欺き、もてあそんだ罪は重い。それ相当の購いをしてもらわないこには、義虎の気は収まりそうになかった。
――一番死んでほしいのは、この男なんだがな。
義虎は無防備なその首に手をかけたい衝動を必死で抑えながら、その場に立ち尽くして動かなかった。