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輪廻  作者: 代田さん
第五章 解放
186/203

6月22日 9

【伏セロ!】


 即座に反応した寺崎は、優子を守るように覆い被さった。太陽光を思わせる激烈な白いエネルギー波が、瞬時に一帯を覆いつくす。頭上にのしかかってくる、熱とも光ともつかぬ空気の固まり。目を開けていることができずに寺崎はきつく目をつむった。それは優子のシールドすら凌駕りょうがするほどのエネルギーをはらみ、押し潰されるような圧迫感に、寺崎は息が止まりそうだった。

 寺崎は切れ切れに、必死で優子に問いかける。


「これが紺野の、百パーセントなのか?」


【九十七パーセントトイッタトコロダナ】


 やけに冷静な優子の送信が届いた。


――あと三パーセントか。


 寺崎はほんの少しだけ目を開く。まぶたの隙間から、目を貫かれるかと思うほどの目映い輝きが、瞬時に飛び込んでくる。一秒も開けていることができず、すぐに目を閉じた。頭上を駆け抜ける、数千度を超えるであろう熱風と衝撃波。優子のシールドがなくては、寺崎とて一秒たりともそこに存在してはいられないだろうと思われた。


――すげえ。


 必死で呼吸しながら、寺崎は心底ほっとしていた。こんな力、紺野以外の人間が持ったりしたら、とんでもないことになっていただろう。なにせ、水爆数百発分である。悪用しようと思ったら、世界なんて思いのままだ。


『当たり前じゃないですか。最低限のルールですから』


 ジャンケンにすら力を使おうとしない紺野をからかった時、不思議そうな顔で紺野はこう言った。それを思い出して、寺崎はこんな状況だというのにくすっと笑った。


――もしかすると、だからこそ紺野は、こんな役回りになったのかもしんねえな。


 一人でうなずいている寺崎の下にいる優子は、黙ってその目線をくるくると泳がせていた。


  

☆☆☆



 亨也はびりびりと圧迫される自分のシールドを必死で維持していた。

 彼の力を推定で五パーセント上回る紺野の力。もうすでに二パーセントほど亨也の力を超えている。亨也はその二パーセントを、自分たちの体を守るシールドを減らし、その分を振り向けることで維持しようとしていた。

 自分のシールドをゼロにすることはできないが、その力を徐々に外部のシールドに振り向けながら、ギリギリでバランスを維持する。計算上では、自分が死ぬ寸前に、全てのカタがつくことになっていた。だが今、彼は沙羅を抱きかかえている。彼女に傷がついてしまうことは、亨也にとって耐えがたかった。自分のシールドを弱くしても、沙羅の周囲だけはしっかり守っておきたい。無意識に働くその思いは、彼の周囲のシールドをさらに弱まらせていった。

 その弱くなったシールドを貫き、亨也の体を幾筋もの気が刃のように切り裂く。腕も、足も、頬も。ナイフで切りつけられたような傷が、次々に増えていく。だが、亨也は痛みすら感じている余裕がなかった。体中に血をにじませながら、ただ必死で、外部シールドと自己シールドのバランスを取り続けた。

 紺野の力が一パーセントほど上昇する。亨也は急いで、自己シールドを弱め、外部シールドを強化する。

 その瞬間、亨也の右肩から血しぶきが上がった。

 さすがの亨也も思わず息をのんで顔をゆがめる。次の瞬間、左足からも血しぶきが上がる。よろけながらも、亨也はシールドから意識をそらさなかった。ただ一心に、紺野が力を解放することだけを願っていた。


――その調子だ、紺野さん。


 こめかみに衝撃が走り、血が流れ落ちる生ぬるい感触を覚えながら、亨也はそれでもかすかにほほ笑んでいた。何とも、優しい表情で。



☆☆☆



【限界ダナ】


 つぶやくような優子の送信に、寺崎はゾッとした。


「限界って、……神代総代か?」


【アア】


 短く答えたきり、優子は黙り込んだ。寺崎は不安と焦燥で胸が押し潰されるような気がした。


「どうなるんだ?」


 だが、優子は答えなかった。黙って、状況をトレースし始める。次の瞬間、優子に密着している寺崎の意識にも、亨也の姿が飛び込んできた。

 そのあまりにも変わり果てた姿に、寺崎はがく然とした。

 体のあちこちに大きな裂き傷ができ、流れ出した血がボロボロの着衣を深紅に染め上げている。足元には、滴り落ちた血が大きな血だまりを作り、寺崎たちが見ている間にも、次々と鋭い気の刃が亨也の体を切り裂き続ける。四方から断続的に浴びせかけられる衝撃によろけながらも、亨也は目映く銀色に輝き続けていた。彼の表情は穏やかで、こんな極限状態にあることを全く感じさせなかったが、もう既に限界を超えていることは誰の目にも明らかだった。


――神代総代!


『彼を、よろしくお願いしますね』


 寺崎をまっすぐに見つめながら、そう言った亨也。

 あの時から、こうなることはわかっていた。享也が自分の死をも覚悟していたことは、寺崎も知っていたはずだった。だが、たとえ知っていたとしても、寺崎は耐えられなかった。どうして彼のような人間が、こんなことで死ななければならないのか。理不尽で残酷な運命が、ただ許せなかった。

 寺崎は、紺野のエネルギー波の圧力を突き返すようにしてよろよろと立ち上がった。裕子の驚いている気配を感じながら、衝撃波と熱波を全身で受け止めつつよろける足を踏ん張ると、声を限りに叫ぶ。


「死なないでくれ、神代総代!」


 その叫びが、猛り狂う衝撃波の嵐に流された、瞬間。

 寺崎の姿が、その場から消えた。



☆☆☆



 気がつくと、寺崎は緩い風の吹き抜ける穏やかな青空の下に立っていた。

 見渡す限り、岩と背の低い木立に囲まれた平原が広がっている。離れたところには道路も見えるが、通り抜ける車の姿は皆無だ。


「……ここは?」


 ぼうぜんとあたりを見回した寺崎は、はっと息をのんだ。

 十メートルほど離れたところに、二人の人間が倒れているのが見えたのだ。眠っているような表情のぼろぼろのトレンチコート姿の女性と、うつぶせで倒れている、体中がずたずたに裂けた、血だらけの男。

 その男は……神代亨也に違いなかった。


「神代総代!」


 寺崎は急いで亨也の側に駆けよると、意識を確かめようと肩をたたいて声をかける。


「大丈夫ですか? 総代!」


 亨也は微かにうめくと、薄く目を開いた。頭上から響く聞き覚えのある声に、驚いたように目を見開くと、かすれた声を絞り出す。


「寺崎さん⁉ どうして……」


 荒い呼吸を繰り返しながらよろよろと起き上がり、戸惑った様子であたりを見回していた亨也は、沙羅の姿に表情を緩めてから、はっとしたようにその視線を止めた。


「……総代?」


 寺崎もその視線の先を追い、……息をのんだ。

 視線の先に、赤い輝きを放つシールドの壁がそびえ立っているのだ。

 相当に強力なシールドらしく、その中の様子は寺崎には全く分からなかった。稲妻のような輝きが時折ひらめいては、赤い壁の表面を竜のように駆け抜ける。

 その壁をじっと見上げていた亨也が、ぽつりと問いかけた。


「来ていたんですね」


 寺崎は遠慮がちにうなずいた。


「あいつが俺に、連れていってくれって頼んだんです。俺もいっしょに連れていってやるからって……すみません、黙ってて」


 亨也は小さくかぶりを振ると、頭を下げるようなしぐさをした。


「そうだったんですか。ありがとうございました」 


 そして、そびえ立つ赤い壁を見上げる。

 寺崎もそれにならって赤い壁を見上げながら、小声でつぶやいた。


「優子のやつ、どうするつもりなんだ」


「……優子?」


 けげんそうに聞き返した亨也に、寺崎はうなずいた。


「あいつ、優子っていうんです」


 驚いた様子で自分を見つめる享也に、寺崎は恥ずかしそうに笑ってみせた。


「あいつを抱えてここまで来る間に、結構いろいろ話したんです。あいつも、いろいろあってあんな風になってたけど……本当の悪人なんて、いないんすね。俺、それが分かってなんて言うか、ホッとしました」


 亨也は寺崎の言葉を聞きながら何度もうなずいていたが、再びその目を赤い壁に移すと、低い声でつぶやく。


「何が行われているのか、見届けなければ……」


 淡く銀色に輝き始めた亨也を見て、寺崎は青ざめた。


「神代総代、ダメっすよ! そんな体で、これ以上力使ったら……」


 亨也は弱々しくほほ笑むと、かぶりを振る。


「見届けないわけにはいきませんよ。大丈夫。トレースくらいなら死にはしません。よかったら、一緒にどうです?」


 そう言って亨也は、震える右手を寺崎に差し出す。寺崎は何とも言えない表情でその手を見つめていたが、亨也の覚悟を感じ取ったのだろう。遠慮がちにうなずくと、自分の手をその手に重ねた。

 赤い気の壁を通過した銀の気が、遊休地の中心を目指して矢のように走り始めた。

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