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輪廻  作者: 代田さん
第五章 解放
181/203

6月22日 4

 猛り狂う風と、衝撃波。雷鳴がとどろき、中空を舞う岩のかけらがその衝撃波にあてられて一瞬にして消え去る。暗雲がたれ込め、砂ぼこりが狂ったように舞い散る。空は光など存在すら感じられないほど暗く、今が昼間の三時だとはとうてい思えないような状態だった。


「沙羅くん、大丈夫か?」


 亨也は、さっきから何度もこの質問を繰り返している。沙羅の物理的シールドは限界に近く、トレンチコートは見るも無残に破れ、その美しい頬には先ほど、大きな切り傷ができたところだった。


「大丈夫、気になさらないで続けてください」


 沙羅はそれでも、必死に笑顔を作ってみせる。自分のために亨也の集中が途切れては、それこそ今までの苦労が水の泡だ。こんなところまできて足を引っ張りたくない。沙羅は息を切らしながら、もう一度気の密度を増すために集中を高めようとした。

 その時だった。

 亨也が、握っていた沙羅の手首をつかみ、無言でその体を自分の方に引き寄せたのだ。


「……⁉」


 引き寄せられ、亨也の胸に飛び込むような形で抱きかかえられた沙羅は、息をのんで目を丸くする。亨也は、そんな沙羅を包み込むように、右腕でしっかりと抱え込んだ。


「一緒に、入ってなさい」


 沙羅は顔を赤らめて、怖ず怖ずと亨也を見上げた。亨也はそんな沙羅に、ちょっと笑いかけて見せる。


「こうして密着していれば、シールドは一人分で済む。私も別に負担ではないから」


「総代……」


「亨也でいいよ」


 亨也はそう言って笑うと、銀色の輝きを増した。優しい気の波動に包み込まれ、先ほどとは比べものにならないくらい負担が軽くなった沙羅は息をつくと、頭を下げた。


「ありがとうございます、総……」


 言いかけて、ちらっと亨也の顔を見やる。亨也も彼女の目線に答えるように、ちょっと笑ってみせた。


「……亨也、さん」


 恥ずかしそうに小声で言うと、耳まで赤くなって下を向く。

 亨也はそんな沙羅の温かみを感じながら、遠くを見た。亨也と沙羅の周囲はまだ大丈夫だが、それ以外の所はもう地球上とは思えない、まるで月面にでもいるかのような状態になっている。そんな荒涼とした風景を見つめながら、亨也はぽつりと口を開いた。


「私の時も、こんな感じだった」


 沙羅は顔を上げて、亨也を見る。


「五歳の時、私も解放の儀式を受けたんだけど、やはり彼と同様に怖くてね。範囲はもっと小さかったけど、周囲の状況はこれとそっくりになったんだ。半分くらいまでいったところで周りの様子に耐えきれなくなって、パニックに陥った。泣き叫びながら、訳も分からず自分に力をむけかけたんだ。とにかく見たくない、そのためには何でもいいって、……そう思った」


「それで、どうなったんですか」


 亨也はじっと遠くを見つめたまま、小さくかぶりを振った。


「私はそこまでしか覚えていないんだ。気がついたら神代の病院に寝かされていて、儀式は無事終了したって、そう言われた。その時に食べたプリンの味が、いまだに忘れられないくらいおいしかった。それだけは、妙にはっきり覚えているんだけど……」


 亨也はそう言うと、不安そうな面持ちでエネルギーの中心部を見据える。


「紺野も意識が戻れば、いくらシールドをかけても無駄かもしれない。でも、とにかくやるしかないけどね」


 沙羅もうなずくと、中心部に意識を集中した。亨也の言うとおり、とにかく今はできる限りのことをするしかない。不測の事態が起きた時、それに自分がどう対応するか、そんなことは想像している余裕すらなかった。



☆☆☆



 紺野は解放感に浸りながら、快感すら感じていた。あと少し、もう少しで高みまで上り詰める。そうすれば、なにか違う世界が開けそうな予感がしていた。今までとは違う、何か特別な……。

 紺野は再び、語感に引っかかりを感じた。今まで? 自分の今までとは、どんな感じだったのだろう? 同時に、何かとてつもないことを忘れているような気がして、紺野は不安になった。いったい自分は、何を忘れているんだろう? さっきから時々この疑念が頭をもたげていたのだが、そんなことはどうでもいいような気がして、疑念を押し殺しながらここまできたのだ。

 この時も、どうでもいいような気が頭をもたげてきた。だが、紺野はそれを振り払った。視界もずいぶん明るくなってきている。何か自分は、とんでもないことを忘れているのだ。というより、意図的に忘れさせられていたのだ。紺野は息を深く吸い込むと、重いまぶたを強引に、こじ開けるようにして押し開いた。

 その瞬間。紺野の目に、どす黒くたれ込めた暗雲と、真横に走る稲光が飛び込んできた。


 

☆☆☆ 



「覚醒しました!」


 沙羅の叫びに亨也は目を見開くと、すぐさまこう返す。


「沙羅くん、すぐに彼の意識に入り込んで! 彼が現実を見ないように、操作してくれ!」


「はい!」


 答えると同時に、沙羅の意識が体から抜ける。途端に力が抜け、がくりと亨也の腕にもたれかかる、沙羅の体。亨也はその体を両腕でしっかりと抱き留めると、シールドを強化した。今は、沙羅だけが頼りだった。



☆☆☆


「ここは……」


 紺野は半身を起こすと、ぼうぜんとあたりを見回した。見渡す限り荒涼とした、月面のような世界。空には一面暗雲がたれ込め、雷鳴がとどろき、稲光がひらめく。一体ここがどこなのか、見当もつかなかった。

 強風に巻き上げられる砂ぼこり。稲光が、雲の表面をなめるように横切る。確か自分は、亨也のマンションにいたはずだ。どうしてこんなところに寝ているのだろう? それとも、これは夢なのだろうか?


【そうよ】


 はっとして顔を上げると、目の前に沙羅が立っていた。なぜかぼろぼろのトレンチコートを着て、頬にはかすり傷を負っている。トレンチコートの端切れが、強い風にちぎれんばかりなびいている。


【これは夢よ。あなたは、頭痛でまた気を失っているだけ。もうすぐ目が覚めるわ】


「夢……?」


 紺野はぼうぜんと沙羅を見上げる。確かに夢かもしれない。背筋を伸ばし、さっそうと白衣をはためかせながら廊下を闊歩かっぽしている神代沙羅医師が、こんなくたびれた姿で、こんなところにいるはずがない。


「そうかもしれません。こんなに長い間頭痛がないなんて、ありえませんから……」


 沙羅は紺野の傍らにひざまずき、紺野の背に手を添えると、その体をゆっくりと地面に横たえた。


【目をつむって、お休みなさい。そうすれば、元の所に戻れるから】


「……はい」


 紺野は素直にうなずくと、その長いまつ毛を伏せる。沙羅は覆い被さるように紺野の顔をのぞき込み、その頬を優しくなでた。


【夢を見ている間に、解放してごらんなさい、あなたの全てを……】


「はい……」


 紺野は陶然としながらうなずいた。そうだ。最後まで解放するんだ。そうすれば、今まで行ったこともない新しい場所へ行ける。紺野はゆっくりと息を吐き出すと、全身の力を抜いた。


【……!】


 次の瞬間、拍動とともに紺野の体から全方位に放たれた衝撃波が、沙羅の姿をかき消した。沙羅の姿は、まるで壊れたテレビ画面のようにジグザグに乱れながら、暗い空のかなたへ消えていった。



☆☆☆ 



「ご苦労さま」


 亨也の腕の中で、沙羅ははっと目を覚ました。超至近距離で自分をのぞき込んでいる亨也と目が合うと、沙羅は息をのみ、慌てて両足に力を込めて体重を支えた。


「うまく、いきましたか?」


 亨也はうなずくと、ほほ笑んだ。


「さすが沙羅くん。彼は再び夢の中だ」


 重責から解放された沙羅は、体中の空気を一気に吐き出した。


「お役に立てて、よかったです」


 そう言うと同時に、再び蒼い輝きを身にまとう。これが成功したからと言って、シールドを緩めていい訳ではないのだ。

 肩で息をしている沙羅を心配そうに見やりながら、亨也は口を開いた。


「今、八十パーセントまで到達したところだ。上空はあえてシールドしていないから、彼のエネルギーはほとんど宇宙空間へ抜けている感じだ。凄いよ。最初の衝撃波は、もう月まで到達している。場合によっては、月にも何か影響が出ているかもしれないね」


「ほんとうに、底なしですね」


 言いながら、沙羅は亨也をちらりと見上げる。その底なしの力を、今のところ遊休地の外へは上空を除いて一切もらしていない。亨也自身の力にも、沙羅は内心舌を巻いていた。

 沙羅自身は、すでに一時間以上シールドを張り続け、かなり限界に近かった。だが、終わりがようやく見えてきた今、力を緩めるわけにはいかない。沙羅は必死で残された力を振り絞り、シールドを強化した。

  


☆☆☆



【大丈夫ダ。アノ女ガ、アイツノ意識ヲ操作シタ】


 寺崎はそれを聞いて、全身の力が一気に抜ける気がした。

 紺野が覚醒したと聞いた時は、もうだめかと思った。一瞬、力を自分に向けて自死する紺野の幻覚さえ見えた。だが、神代沙羅の能力によって、紺野は再び解放を続けている。寺崎は沙羅に感謝しつつ、心の底からほっとした。


【ソロソロ行クカ】


「行く?」


 優子がうなずく気配。


【アイツノ側ニ移動スル】


転移テレポートすんのか?」


 すると優子はこう送信してきた。


転移テレポートスルト、脳ノ活動休止ヲ早メテシマウ。デキレバ、オ前ニ連レテ行ッテモライタイ】


「おっしゃ、任せとけ!」


 寺崎は優子を抱え直して立ち上がると、ゆっくりと歩き出した。


「方向は、こっちでいいのか?」


【アア。ソノママ真ッスグ、十キロメートルホド歩ケバイイ。シールドハアタシガ張ルカラ心配ナイ】


「頼むぞ、優子」


 名前で呼ばれて、優子は驚いたように黙り込んだ。


「あれ、呼び捨てNG? じゃあ、優ちゃん、てのは?」


【……別ニ、何デモ構ワナイ】


 寺崎は、心なしか優子が赤くなったような気がした。


「おまえ、ひょっとして……照れてる?」


【……黙レ。シールドヲ解クゾ】


「おっと、ごめんごめん。失礼しました」


 優子を抱えた寺崎は、軽口をたたきながらも、吹きすさぶ風の中をその凄まじいエネルギーの中心に向かって早足で歩いて行った。

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