表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪廻  作者: 代田さん
第一章 邂逅
18/203

4月15日 3

――火事だ! 紺野のアパートが!


 猛スピードで走る寺崎の眼前に、黒煙を巻き上げながら燃え上がるアパートが近づいてくる。消防車数台が駆けつけてはいるが、路地が狭いため側まで行かれないらしい。周囲には人だかりができ、見物人が固唾かたずを呑んで見守っている。胸が押さえつけられるような不安感を覚えつつ、紺野の安否を確かめようと寺崎が足を速めた、その時だった。

 寺崎は再び転移テレポート反応を感知した。しかも、さっきとは明らかに違うエネルギーだ。


――別人か?


 今度はすぐ近くだ。迷ったが、この火事の原因がその能力を使った人物という可能性もある。寺崎は踵を返すと、再び川岸の方向へ走った。くねくねとした狭苦しい路地を抜け、あっという間に河川敷に出ると、堤防のサイクリングロードへ駆け上がる。

 と、十メートルほど先に、寺崎は見覚えのある姿を発見した。


「浩孝ぁ、浩孝ぁ。どこだ?」


 それは確かにあの時に会った、紺野の隣に住んでいるという老婆だった。火事から逃げてきたのか、髪は焦げて、顔もすすだらけだ。人を捜しているのだろうか、先ほどから誰かの名前を呼びながら落ち着きなく辺りを見回している。


「どうしたんすか、ばあさん!」


 寺崎が声をかけると、老婆は驚いたように息を呑んだが、それが先日の高校生だと分かると、すぐに泣きながら寺崎にすがりついてきた。


「ああ、あんたぁ、浩孝見なかったかい? 浩孝」


「浩孝って?」


「わしの孫じゃ! たった今、火事で死にかけたわしを助けてくれたんじゃ。だのに、姿が見えんのじゃ」


 胸に位牌らしき物を大事そうに抱き、うろたえたようにこう繰り返すのだが、寺崎が周囲を見回してもそれらしい人物は見あたらない。


「ばあさん、落ち着きなよ。そんな人……」


 言いかけて、寺崎ははっとした。老婆の背中側の右半身が、真っ赤に染まっているのに気が付いたのだ。


「ばあさん、もしかして、ケガしてんじゃねえか?」


「え?」


 老婆は寺崎に背中の衣服を引っ張ってもらって、やっと気がついたらしい。驚いたようにその血だらけの衣服を見やってから、すぐに顎を震わせはじめた。


「これは、わしの血じゃないぞ!」


 裏返った声で叫ぶと、狼狽えたように辺りを見回し始める。


「浩孝だ、これ、浩孝がケガしてんだ!」


 老婆は震える声で叫ぶと、半狂乱になってサイクリングロードを走り始めた。


「浩孝ぁ、どこじゃあ。浩孝ぁ……」


 寺崎は走り去る老婆の後ろ姿をぼうぜんと見送っていたが、足元を見てはっとした。老婆が立っていたあたりから、点々と血の跡が逆方向に続いていたのだ。その跡は河原に下りる方向に続いている。川風に乗って、確かに血の臭いも漂ってくる。

 寺崎は血痕が続いている土手の下を見下ろした。薄暗くて分かりにくかったが、草むらにまぎれて、確かに誰かが倒れているのが見える。赤いズボンをはいた、どうやら男らしい。老婆が言っていた浩孝とかいう人物だろうか? 寺崎は軽やかに土手を下ると、その人物に走り寄った。


「おい、大丈夫……」


 声をかけ、肩に手をやって、寺崎は息を呑んだ。

 男の右足は深くえぐれたように裂け、断裂した筋繊維が見えた。赤いズボンをはいているのかと思ったが、それは血で赤く染まってそう見えたのだ。顔は吐いたと思しき血で汚れ、既に意識はないらしくぐったりしている。土手を転がり落ちてついたのか、草だらけの体からは、煙のような焦げたにおいがした。

 薄暗い夕刻の河川敷で、たいした明かりもなかったが、それは確かに彼……紺野秀明だったのだ。



☆☆☆



 談笑していた亨也が急に話を止めて、もう何分たっただろうか。何に意識をとがらせているのか、じっと鋭い目つきで池の向こうを見据えたきり微動だにしない。


「……あの、亨也さん?」


 膨れあがった不安に耐えきれなくなった玲璃が、おずおずと声をかける。

 その声に、享也はわれにかえったかのように顔を上げた。首を巡らせて玲璃を見やり、不安気な彼女の様子に気づくと、申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「すみませんでした。ちょっと気になる動きを感知して……」


 そう言って深々と頭を下げるので、玲璃は慌ててかぶりを振った。


「いえ。そんな、とんでもないです。……でも、気になる動きというのは?」


「三回ほど、能力発動を感知しました」


「え、本当ですか? 私は全然……」


 玲璃は目を丸くした。自分も能力発動を感知できるはずだが、なにも感じられなかったのだ。


「かなり遠いですから。十キロ近く離れています」


 亨也は厳しい表情を浮かべると、能力発動を感じた方角だろうか、池の向こうに再び目を向けた。


「玲璃さん、申し訳ありません。私はこの辺で失礼しなければならないかもしれません」


 そう言うと、享也は表情を改めて玲璃に向き直った。


「今日、あなたにお会いできて本当によかったです。私は正直、今日まで不安でした。許嫁という人はいったいどんな女性なのだろう、十四歳も年が離れていて、本当にやっていけるのだろうか、と」


 その言葉に、玲璃はハッとした。自分も全く同じ不安を抱いていたからだ。

 享也は玲璃の視線に応えるように、優しいほほ笑みを浮かべてみせた。


「許嫁が、あなたのような人で本当によかった。また、会いましょう。今度は、こんな見せ物みたいなシチュエーションではなく、もっと楽しい場所で」


 亨也は丁寧に一礼すると、踵を返し、会場の方へ向かって歩き始めた。

 玲璃は、胸が激しく高鳴り、頬が火照るような感覚に襲われた。言葉を返すことすらできなかった。生まれて初めての感覚だった。戸惑いを覚えながらも、玲璃は享也の後ろ姿から目を離せなかった。

 また会いたい。素直に、そう思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ