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輪廻  作者: 代田さん
第四章 転落
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6月20日 1

 6月20日(木)


「優ちゃん、ほんとに昨夜はどうしたの?」


 出流は通学路を歩きながら、そっと右手の優子に問いかける。


「急に体を貸してくれだなんて……。あんな時間に、いったいどこに行ってきたの? そのあと、全然返事をしてくれないし」


 やはり優子の答えはない。出流は小さくため息をついた。

 ふと見ると、十メートルほど先の校門脇で誰かが手を振っている。眼鏡をかけた涼しい目元の男、黒川だ。出流はドキッとしたように目を見開いた。


「ちょっと、優ちゃん! いるんだよね、黒川くんだよ」


【……イルケド】


 ようやく、優子の返事が返ってきたので、出流はほっとした。


「やっぱりいた、優ちゃん。昨夜のことはもう聞かないから、交代して。お願い!」


 だが、優子はしばらく無言だった。


「どうしたの? 優ちゃん」


【……ゴメン、チョット今日、調子ガ悪クテ。デモ分カッタ、代ワルヨ】


「大丈夫?」


【ウン。後デチョット相談モアルンダ。聞イテクレル?】


「分かった」


 出流がうなずいた瞬間、優子の意識が出流の意識を赤くおおう。出流の意識が遠のくと同時に、彼女の体は優子のものとなった。すっと顔を上げた出流の目には、凛とした光が宿っている。


「おはよう、出流ちゃん!」


 笑顔で駆けよってきた黒川に、出流は軽くほほ笑みかけたが、すぐに目線を落とした。


「どうしたの? 元気ないじゃん」


「うん、ちょっと考え事。でも大丈夫。祥吾くんに会えたから」


 顔を上げ、にっこり笑ってみせた出流の艶やかな笑顔にしびれながらも、黒川は心配そうにその顔をのぞき込んでみせる。


「悩みなら、聞くよ。話をすれば、多少は楽になるから」


「ありがとう。でも、ほんとに大丈夫だから」


 話しているうちに昇降口が近づいてくる。黒川は声を潜めた。


「出流ちゃん、今日、放課後は?」


 出流は目線を上げて考えてから、申し訳なさそうにこう言った。


「ごめん、今日はちょっと用事があるんだ」


「そう。じゃ、お昼だけでも一緒に……」


「お昼も、ちょっとやらなきゃならないことがあって。本当にごめんね。明日は、きっと一緒に食べるから」


 出流はそう言って顔の前で手を合わせてみせると、靴をはき替え階段を上がっていく。黒川はそんな出流の後ろ姿を、ぼうぜんと見送っていた。



☆☆☆



 その日は、数学の小テストがあった。

 寺崎は、あんなことがあったせいもあり、当然のごとく手も足も出なかった。半分以上答えられないまま、やけ気味に提出する。

 席に戻ると、寺崎は机に突っ伏して考え込んだ。紺野はあれから、どうしただろうか。神代亨也のマンションに行ったが、また彼の出勤に合わせて、病院に戻ったのだろうか。だとしたら、今日は顔を見に行ってもいいのだろうか。

 ため息をついて腕に顔を埋める。昨日、あんなひどい目にあわせてしまったこともあり、何となく紺野に顔を合わせにくいような気もしていた。

 だが、今日か明日に会わなければ、彼はアリゾナへ行ってしまう。そこで万が一、力の解放がうまくいかなければ……。

 寺崎は髪を両手で滅茶苦茶にかきむしった。本当は会いたいのに、会いにくい。どうしたらいいのか分からなかった。

 出流は後ろの席で、そんな寺崎の様子をじっと見つめていた。その目にそこはかとなく、鋭い光を宿しながら。



☆☆☆



 授業が終わり休み時間になったが、相変わらず寺崎は机に突っ伏して動かなかった。 

 と、そんな寺崎の机の脇に、誰かが立った。

 気配を感じて少しだけ顔を横に向けた寺崎の目に、村上出流の姿が映る。寺崎は机に突っ伏したままで、右手を軽く挙げた。


「よお、いずるちゃん」


「寺崎くん、元気ないね」


「いや、ちょっとね。いずるちゃんこそ、何? 珍しいじゃ……」


 その時寺崎は何を感じたのか、言葉を切って目を見開いた。

 出流は、こころなしか鋭い光を宿す瞳を寺崎に向けながら、こんなことを口にした。


「あの人、どうなった?」


「あの人?」


「階段から落ちたあの人」


 寺崎は目線を上げ、じっと出流を見つめる。


「……順調に回復してるよ。意識もはっきりしたし、記憶も、あの事故の前後以外はちゃんと戻ってる。日常生活も、特に支障ない。細かい感覚と左半身の温感だけは、まだ完全には戻ってねえみたいだけど」


「そう」


「いずるちゃん、気になる?」


 その問いに出流は、こともなげに笑ってうなずいた。


「そりゃね。あんなの目の前で見ちゃったら、どうしたって気になるよ。それに昨夜、あの人が入院している病院で、何か大変なことがあったらしいし」


「へえ……、いずるちゃん、知ってんだ」


 寺崎はゆっくりと体を起こした。


「うん、あたしの父、あの辺に勤めてるから。帰りがけに、病院に警察やら消防やらが駆けつけて大騒ぎになってるのを見たって言ってた。寺崎くんは知ってたの?」


「まあね。ちょうど見舞いに行ってたから」


「何があったの?」


 寺崎はじっと出流を見つめながら、低い声で答える。


「ガス爆発らしいけど、俺はよく知らねえ。取りあえず、紺野は無事だったしな」


 言いながら、寺崎は意識を研ぎ澄ませる。何か感じられないだろうか。自分の貧弱な能力でも、何か感じ取れることはないのだろうか……。


「そう。それならいいんだけど」


 そう答えた出流の右手がほんの一瞬、赤い輝きを放った気がして、寺崎ははっと目を見開いた。


「……いずるちゃん、黒川と付き合ってんの?」


「え?」


 急に寺崎の質問が変わったので、出流は意表を突かれたように黙り込んだ。


「うん、まあね。……どうして?」


 寺崎は気づかれないように彼女の右手に意識を集中しながら、続ける。


「いや、俺となんか話してていいのかなって思ってさ。黒川、さっきからこっち見てるよ」


 出流は振り返って黒川の方を見た。窓際にたたずんで、硬い表情を浮かべながらじっと二人の様子を見ている。出流は肩をすくめると、寺崎に向き直った。


「そうだね。変に誤解されてもまずいから、あたし、行くね」


 手をあげて立ち去りかけた出流に、寺崎はぽつりと言った。


「いずるちゃん、マジで雰囲気変わったな」


「え、そう?」


「変わったよ。……今日は特に」


 出流は振り返りざま、どこか妖しくほほ笑むと、黒川の方に走っていった。

 寺崎は出流の後ろ姿をじっと見つめながら、しばらくの間動かなかった。



☆☆☆  

 


「ええっ、本当?!」


 思わず大きな声を出してしまって、出流は慌てて周囲を見回した。

 昼時の学食は大勢の生徒でごった返し、ざわざわと騒がしい。出流はほっとして前を向くと、声を潜めた。


「あの人、記憶が戻ってるって……」


 優子がうなずく気配がした。


【悩ンデルッテ言ッタノハ、ソノ事ナノ。今日、出流チャント交代シテイル間ニ、寺崎クンニモ確認シタ。ソウシタラ、ホトンド記憶ハ戻ッテルッテ。幸イ、アノ事故ノ前後ダケハマダダケド、時間ノ問題カモ】


「どうしよう、優ちゃん……」


 出流は泣きそうな顔でささやいた。あの恐ろしい光景が、まざまざと脳裏によみがえる。

 すると優子は、こんなことを送信してきた。


【アタシ、少シダケナラ記憶ヲ操作デキルヨ】


 出流は驚いたように目を見張った。


「本当?」


【アノ事故ノ前後クライナラ、完全ニ忘レサセルコトガデキルカモシレナイ】


 出流はその大きな目をうるませながら、すがるような表情を浮かべた。


「優ちゃん、助けて。お願い……」


【分カッテル】


 出流は優子が笑ったような気がした。


【アタシガ出流チャンヲ守ルカラ。タダシ、体ハ貸シテ。今日、アノ病院ニ行コウ。ソウシタラ、アトハアタシガ何トカスルカラ】


「ありがとう、優ちゃん。ありがとう……」


 出流は泣きながら、何度も何度もそうささやいた。



☆☆☆



 エントランスに立った出流は、どきどきする胸をなだめながら、優子にささやいた。


「着いたよ、優ちゃん。ここから、どうすればいい?」


 すると、すっと優子の意識が降りてきた。


【アリガトウ、出流チャン。ココカラハ、アタシガナントカスル。代ワッテクレル?】


「お願いしちゃって、いいの?」


 優子はうなずいたようだった。


【今回ハ、完全ニ入レ替ワラナイトデキナイ事ダカラ。スコシ長ク眠ッテテモラウコトニナルカモシレナイ。途中デ出流チャンガ起キチャッタラ、大変デショ。強メニ意識ヲ入レルカラ。……イイ?】


「当然だよ。こっちこそ、ごめんね。嫌な役、みんな優ちゃんに押しつけて……」


【ソンナコトナイッテ。気ニシナイデ。ジャア、イクヨ】


 うなずいた瞬間、出流の視界全体が、赤一色に染まった。

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