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輪廻  作者: 代田さん
第四章 転落
169/203

6月19日 4

 午後七時をまわったが、病院前は出入りする関係者や警察、消防の人間でごったがえしていた。

 その喧噪けんそうを抜けて表に出た寺崎は、正面玄関前のタクシープールをゆっくり歩いていたが、ふと足を止めると上階を振り仰いだ。

 窓ガラスの抜けた八階の病室は明かりがないので暗かったが、人がひっきりなしに出入りしているのか、懐中電灯の明かりが上下したり、人影が忙しそうに動き回っている様子が見られる。

 寺崎はしばらくその場にたたずんで病室を見上げていたが、やがて目線を落とすと、深いため息をついた。

 あの時、亨也から言われた一言が、頭の中によみがえってくる。


『寺崎さんは、今回はご遠慮いただけますか』


――結局、俺は役立たずかよ。


 寺崎はきつく奥歯をかみしめる。今回、紺野をあんな目にあわせた原因は自分だった。そして、そのフォローもしてやれなかった。さらに、紺野がこれから行う力の解放……それは恐らく、かなりの危険を伴うものに違いない……にも、自分はついていくことすらできないのだ。もしかしたらそれっきり、会うこともできなくなるかもしれないのに。


「……畜生!」


 寺崎は握り拳で思い切り自分の足を殴りつけた。じんじんと震えるほどしびれる痛覚に耐えつつ、その場にしばらく立ち尽くしていたが、やがてゆっくりと一歩踏み出し、骨が折れていないことを確認すると、足元に目線を落として歩き始める。

 寺崎の隣を赤色灯を点滅させた警察の車が行き過ぎる。病院前で停車すると、数人の警官が中へ駆け込んでいく。だが、寺崎はそれにも全く関心を払わない様子で、うつむいて振り返りもせず、ゆっくりと駅の方へ歩き去っていった。

 そんな慌ただしい病院のエントランスの道を挟んで反対側の道路脇に、少女が一人たたずんでいた。

 夜風になびく緩いウエーブヘアに、ぱっちりした二重の目のその少女は、……村上出流だった。

 出流は鋭い目でじっと窓枠だけの病室を見上げていたが、やがてくるりときびすを返すと、ゆっくり駅の方へ向かって歩き始めた。



☆☆☆  



 亨也が帰宅できたのは、午後十時を過ぎた頃だった。

 紺野はそれまで、亨也の診察室で横になっていた。あのあと一回頭痛があったが、薬の効果が薄れていたことと、亨也が前回の教訓から素早く強いシールドを張ったので、それほど外部的な影響はなくやり過ごすことができた。ただ、紺野自身はそれと反比例するように痛みが強くなってきたらしく、涙を流してそれに耐えてはいたのだが。

 亨也は紺野を連れて病院を出たあと、物陰から自宅まで転移テレポートした。当然電車など使える状況ではなかったからだ。紺野も、今は亨也だけが頼みの綱だった。

 二人が出現したのは、亨也のマンションの玄関だった。


「どうぞ。お入りください」


 紺野は例によって躊躇ちゅうちょしていたが、再三にわたり促されてようやく中に入る。そんな紺野の様子をみながら亨也はくすっと笑って部屋の明かりをつけた。

 そこはきちんと片付けられた十畳ほどのリビングだった。シンプルでモダンな家具で統一された室内は、随所に亨也の趣味の良さが反映されている。紺野は感心したように半分口を開けて部屋の中を見回していた。


「シールドをかけますね」


 亨也は荷物をソファに置くと、すぐさま意識を集中する。何はさておき、これをしなければ始まらない。銀色の輝きをまとう亨也を、紺野はまぶしそうに見つめていた。

 やがて、部屋全体がぼんやりと淡い銀色の輝きにおおわれた。


「かなり強いシールドをかけたので、恐らく一晩くらいはもつと思うのですが、何かあればまたかけ直しますので、大丈夫です。あなたは心配しないで横になってください」


 亨也は隣の部屋の明かりをつけると、ベッドをきれいに整え始めた。


「私のベッドで申し訳ないですが」


 それを聞いて、紺野は慌てて頭を振った。


「そんな……、僕がそこで寝たら、神代さんはどこで寝るんですか」


「大丈夫ですよ。居間のソファで寝られますから」


「それなら、僕がソファで寝ます。神代さんはベッドで寝てください」


 そう言いながらソファの方に行こうとする紺野の手首を、亨也の手がきつくつかんだ。

 振り返った紺野を、亨也はため息をついて軽くにらむ。


「あなたは病人なんですよ。病人をそんなところに寝かせて、医者の私が平気でいられると思ってるんですか?」


 返す言葉もなく黙り込んだ紺野を、亨也は無理やりベッドの方に引っ張っていった。


「神代さん……」


「お休みなさい、紺野さん」


 亨也は先ほどまでとは打って変わって優しい笑顔でそう言うと、部屋の明かりを消す。


「痛みが耐えがたい時は起こしてくださいね。側についていますから」


 紺野はそれでもしばらくは居心地が悪そうに目線を泳がせていたが、やがて深々と頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます」


「とんでもない」


 亨也は優しくほほ笑むと、ぽつりとつぶやいた。


「何なんでしょうね。やけに嬉しいんですよ、あなたが来てくれて……。こんな状況だというのに」


 紺野はそれを聞いて少し赤くなったようだった。


「とにかく、ゆっくり休んでください。何かあったら遠慮なく言ってくださいね。お休みなさい」


「……お休みなさい」


 深々と頭を下げる紺野に優しいほほ笑みを投げて、亨也はそっと寝室の扉を閉める。

 しばらくの間その場にたたずんでいたが、やがて小さく息をつくとデスクに向かってパソコンを立ち上げ、黙ってその画面を見つめる。マウスを握る手がかすかに震えているのだろうか、矢印マークが微妙に揺れ動いていた。

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