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輪廻  作者: 代田さん
第四章 転落
165/203

6月18日 2

本文中に、性的な描写が一部含まれます。

15才以下の方、苦手な方は閲覧をお控え下さい。

 薄日の差し込む静かな院長室で、京子は手にしている資料を見ながら亨也からの報告を黙って聞いていた。


「以上が、今回の検査結果です」


 京子はうなずくと、資料から目を離してふうとため息をついた。


「明らかに薬が影響していますね」


「そうですね。投与直後に一番激しい頭痛が起きている。反対に六時間後は、比較的落ち着いた状態になっていることがわかりますから」


 革張りのソファに体を埋めた京子は、じっと前方を見据えてしばらく動かなかった。


「早急に完全解放の場を整える必要があります。彼の能力の最大値を把握する以外、現状を打破する方策はありません」


 亨也はそう言うと、手元の袋から何枚かの書類を取り出し、向かいに座る京子に渡す。


「昨日、私なりに場の設定を考えてみました。周囲への影響もなく、紺野が気兼ねなく力を発散させられる場……日本国内では難しい」


 京子は渡された書類にじっと目を落としている。


「神代の財団が、アリゾナ北部のコロラド高原に所有している敷地があります。面積は四万ヘクタール、一部を除いて、ほとんどが砂漠と岩山の広大な敷地です。考えられる場としては、ここが一番なのかと思います。海上ということも考えたのですが、津波や航行する船舶など周囲への影響が少なからずある。それよりは、こちらの方が適している」


 京子は書類の一文に目を留め、大きくその目を見開いた。


「あなた一人で行く気ですか⁉」


 亨也はうなずいた。


「彼の能力は未知数です。私なら同じ遺伝子を持っていますからある程度大丈夫だろうと予想がつくのですが、それ以外の人間となると安全が保障できません。あなたは無理ですし」


「こんな時、仕事がどうのと言ってられないでしょう」


 亨也は苦笑しながらかぶりを振る。


「紺野の出自は隠されているんですよ。彼は一応出自不明の謎の能力者なんですから。その彼にあなたがついて行ったりしたら、それこそ出自が明らかになってしまう」


 京子はじっと書類を見つめながら動かなかった。手が震えているのだろう、微かな音をたてながら書類の端が小刻みに揺れている。


「……明らかになっても、もう構いません」


 亨也は驚いたようにその目を見張り、うつむく京子の、白髪交じりの頭をまじまじと見つめた。


「あの子が今、こんなに苦しんでいるのは、全て私の責任なんです。あの子にしかるべき教育も受けさせず、無責任に遺棄して放置した……その責任を、今こそとるべきなんです」


「よく考えてください」


 亨也は静かに京子の言葉をさえぎった。


「今明らかにするということは、私と紺野のどちらが総代としての血を受け継ぐのか、はっきりさせる必要が出てくるということです。この事実を知った魁然側は、あなたの責任を追及することはもちろんでしょうが、それだけでは終わらない。私と紺野のどちらが総代かはっきりさせ、総代でない方を殺せと主張してくるでしょう」


 京子は青ざめてうつむいた。亨也の言うことは、確かに彼女も予想していることだ。だからこそ今まで、彼女は紺野の出自をうやむやにしたままここまできたのだ。


「そのために私と紺野を戦わせる、そう主張してくる可能性もある」


 亨也は息をつくと、薄曇りの窓の外に目を向ける。


「私は、紺野とは戦いたくない。もしそういう事態に陥ったら、多分私は戦うふりをして、……自死します」


 その言葉に息をのみ、京子は瞬ぎもせず亨也を見つめた。亨也はその視線を避けるように、力なく笑って首を振る。


「でも、紺野という男もそういう人間だから……。ひょっとしたら二人して自殺、なんてことになるかもしれない。そんなことになったら、何だかバカバカしい。私は……」


 言葉を切り、遠い目をする。


「私はあの男に生きてほしいんです。生きて、もっと幸せになってほしい。彼は今まで、本当に割に合わない人生を送ってきた。彼にはもっと幸せになる資格があると、私は思ってるんです」


 そう言うと亨也は、自分を見つめ続けている京子に笑いかけた。


「あなたも、いつか話をしてみると分かりますよ。本当にいいヤツなんです。これが自分の兄弟かと驚くくらい……」


 亨也は何に思い当たったのか突然言葉を切り、「そうか」と小さくつぶやくと、得心がいったように笑った。


「彼は、父さんに似ているんだ」


 目を見張る京子を尻目に、亨也はくすくす笑いながら、何度もうなずいた。


「そうだ、あの性格……。誰かに似ているとずっと思っていたが、父さんだ。穏やかで、控えめで、人に気を遣って……」


 京子は何とも言えない表情でそんな亨也を見つめていたが、やがてぽつりとこう言った。


「あの子、お料理も上手なんだそうですよ」


 亨也は驚いたように京子を見る。


「誰に聞いたんですか?」


「あの子が階段から落ちた日、病院に来ていた寺崎さんのお母様から……」


 そう言って京子は目線を落としたが、亨也は納得したように何度もうなずいた。


「それじゃまさに生き写しだ。この間の父さんの料理もうまかったですもん」


 京子は黙りこみ、じっと膝の上で組んだ手元を見つめていたが、やがて目もとからこぼれ落ちた涙が、右手の甲を伝い落ちて膝をぬらした。


「あの人には、あの子に会ってほしい」


 亨也は、涙を落とす母親の震える肩を見つめた。


「私は立場上、会うことはできないけれど、あの人なら……。本当に、こんな時に何もしてやれない親なんて、情けないですね。あの子がこんなに苦しんでいるというのに、何もできず、ただ見ているしかないなんて……」


「それが、報いなんでしょう」


 はっとして顔を上げた京子の視線を受け止めながら、亨也は静かに言葉を継ぐ。


「それが、彼にこんな理不尽な人生を歩ませた報いなんでしょう、きっと……」


 京子は目線を落とすと、小さくうなずいたようだった。


「そうですね。その通りかもしれない」


「だから今は、……耐えてください。短絡的な行動に走るべきではない。必要なことは私がします。あなたはそれを、黙って見ていてください」


 そう言うと、亨也はちょっと笑って見せる。


「そうすれば、きっといつか会える日がきます。あなたが思っていることを、彼に伝えられる日が。その時を、楽しみに待っていてください」


 零れ落ちる滴で膝をぬらしながら、しばらくの間、京子は言葉もなく涙を落とし続けていた。



☆☆☆



 ビルの狭間にある小さな映画館。出流と黒川は、その映画館から続く長い列の後ろの方に、並んで立っていた。


「結構人気なんだね、この映画」


「そうだね。おしゃれな感じの映画だから。雑誌とかでも取り上げてたし」


 黒川は言いながら、ちらっと出流に視線を送る。ふんわりしたビンテージドレスにサンダル。今時のおしゃれのツボも心得ているようだ。しかも、それが何とも似合っている。列に並ぶどの女の子よりも、出流はかわいらしかった。


――ほんと、俺、マジでラッキーかも。


 黒川はそっと、出流の右手に自分の左手を重ねる。出流は驚いたように顔を上げて黒川を見たが、やがて恥ずかしそうにほほ笑むと、そっとその細い指を黒川の指に絡ませてきた。黒川はどきどきしながら、その手を握り返す。


――マジでかわいい。出流ちゃんて。


 と、列が動き始めた。入場が始まったらしい。出流と黒川は手をつないで、薄暗い映画館の中へ吸い込まれていった。



☆☆☆  



 映画が始まっても、黒川は何だか上の空で、映画の内容もよく分からなかった。

 ただ、狭い映画館の座席で、肩をふれ合うようにして座っている出流の甘い髪の香りに、何だか頭がくらくらして、ぼうっとしていた。

 黒川は出流をちらっと横目で見る。出流はじっと映画に見入っている。映像が切り替わるたび、様々な色の光に照らし出される彼女の横顔。黒川はしばし、その長いまつ毛や頬に生えている産毛、柔らかそうな唇に目を奪われていた。

 と、その視線に気づいたのか、出流がちらっと黒川を見た。一瞬目が合ってしまい、慌てて顔を画面の方に向ける。出流はその頬に小さな笑みを浮かべたようだった。

 ドキドキしながら画面に目を向けていた黒川は、はっとした。出流の柔らかな手が、黒川の手にそっと重ねられたのだ。

 喉にせり上がってくる心臓を落ち着かせようと深呼吸をしながら、ゆるゆると出流に目を移す。出流は潤んだ目でじっと黒川を見つめている。視線が合うと、どこか妖しいほほ笑みをその頬に浮かべた。

 黒川はごくりと生唾を飲み込むと、そっと周囲を見回した。空席の目立つ後方の座席にはカップルの姿が多く、目を凝らすと、大胆に抱き合っていたり、中にはキスや、それ以上の行為をしているらしきカップルの姿もある。

 もう一度出流に目線を戻す。先ほど同様、出流は大きな目でじっと黒川を見つめている。まるで、何かを待っているかのようだ。

 やがて出流は当然のように、ゆっくりとその目を閉じた。


――マジかよ。


 黒川は今にも飛び出しかねないほど暴れる心臓を必死で体内に収めつつ、おずおずとそのきゃしゃな肩に両手を置き、花のつぼみのような唇に、自分の唇をそっと重ね合わせた。

 唇と唇を触れ合わせながら、二人はしばらくの間動かなかった。

 ただの初歩的なキスだったが、黒川にとってはもうそれで十分だった。それ以上のことなど考えてもいなかった。何が何だか分からなかった。

 その時、黒川は自分の背に、出流の手がそっと添えられたのを感じた。

 驚いて唇を離した黒川の目に、自分をじっと見上げる出流の潤んだ瞳が映り込む。

 出流は、何か言いたげにその唇をほんの少し開くと、彼の背に回した手をさらにしっかりと巻き付け、その柔らかい体を黒川の体にきつく押しつけた。

 薄手のワンピースを通してダイレクトに感じる、出流のふくよかな胸の感触。黒川はただもう無我夢中で、出流を力いっぱい抱き締め返した。細い体から漂う甘い香りに頭がぼうっとなって、思考は完全に停止していた。

 きつく抱き寄せられながら、出流はもう一度顔を上げて黒川を見つめた。まるで誘うように、長いまつ毛を伏せる。黒川は誘われるままに、夢中でその柔らかな唇をむさぼった。一瞬迷ったが、今度は耐えきれず舌を入れる。長い時間そうして二人は抱き合ったまま、舌を絡め、唇を貪り合った。

 黒川は銀色に光る糸を引きつつようやく唇を離すと、荒い呼吸を繰り返しながら、耳元でそっとささやきかけた。


「出流ちゃん……、大好きだ」


 出流は、大きな目で黒川を見つめながら、真っ赤な舌をほんの少し出して自分の唇をなめた。その濡れた唇から、甘い声でささやき返す。


「あたしもよ、祥吾くん。……大好き」


 黒川はこらえきれなくなったように、大っぴらに出流の体に両手をはわせる。腰や背中のなだらかな曲線の感触を存分に堪能しつつ、舌を絡め、吸い、唾液を送り込む。出流はそんな黒川に答えるように、いくぶん呼吸を荒くしながら、黒川の体に自分の体をすり寄せた。

 やがて黒川の手は、怖ず怖ずと出流の胸元の感触を味わい始めた。しばらくは大人しく服の上からその柔らかな膨らみを味わっていたが、耐えきれなくなったのだろう、やがて深く開いたドレスの胸元に、その手がそっと滑り込んだ。


「あ……」


 出流が、小さく声を上げた。黒川はその口を自分の口でふさぐと、指先で胸の先端にある突起をもてあそびながら、もう一方の手をスカートの中に滑り込ませる。そこはすでにじっとりと濡れて、彼を待っているかのようだった。

 黒川は出流の下着を取ると、自分の膝の上に抱え上げた。一番後ろの隅っこにある席なので、周りから見られる心配はない。そうして席に座ったまま、彼は自分のいきりたったものを、出流の中に夢中で押し込んだ。


「んっ……」


 初めてだったらしく、出流はちょっと顔をしかめたが、すぐに恍惚とした表情になると、揺れながら黒川の首に自分の腕を巻き付けた。


「中で……大丈夫。今日は……安全だから」


 黒川の耳元で、出流はささやいた。言われるまでもなく、黒川はもう限界だった。しばらく上下に揺れた後、出流のあたたかい体中に、思い切り出し切った。

 


☆☆☆



「今日はどうだった?」


 自室のベッドに腰掛け、出流は右手に問いかけた。今日は結局、一日中眠っているような状態で、優子に任せきりになってしまったのだ。時々意識を戻してその都度状況を聞いていたので、今日黒川とデートすることだけは知っていたのだが、それがどうなったのか知りたかったのだ。


【面白カッタヨ。映画ヲ見ニ行ッタノ。アトデ映画ノ内容ハ転送スルネ】


 優子の送信による頭痛は、このところはほとんどなくなっていた。優子もかなり気をつかってくれているらしい。出流はほっとしたように笑ったが、何となく下半身に違和感を覚えて、慌ててトイレに駆け込んだ。


「あれ、始まったかな?」


 下着に付着した血に、出流は首をかしげた。確かにもうすぐ予定日ではあったが、ちょっと早すぎる気もする。おりものの量もやけに多い。首をかしげつつ下着を取り換えると、汚れをきれいに洗い落とした。

 その間、優子は何も言わなかったが、出流が洗濯を終えて自室に戻ってくると、ぽつりとこう送信してきた。


【高校ッテ……楽シイネ】


 その言葉に、出流はにっこり笑ってうなずいた。


「そう、よかった。優ちゃんが喜んでくれて。黒川くんのことは、よろしくね。申し訳ないんだけど」


 優子は笑ったようだった。そんな気配を感じた気がした。


【ソンナコトナイヨ。コッチコソ、体、借リチャッテアリガトウ。大切ニ使ワセテモラウカラサ】

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