6月13日 3
「面会謝絶⁉ どういうことすか?」
寺崎は面会に来て、まず病棟が循環器科病棟に変わっていることに戸惑った。さらに面会謝絶と聞き、頓狂な声を上げた寺崎に、奥から出てきた沙羅は小さく息をついた。
「事の次第を送信するから、手をかしてくれる?」
寺崎はうなずくと、黙って右手を差し出す。沙羅はその手を取ると、先ほどの出来事を送信してみせた。ものの三十秒もかからなかった。
送信を終えてしばらくの間、寺崎は言葉もなかった。
「だから、私たちの病棟に移ったの。その方が、私や総代の目が届くから。脳外科と連携して引き続き投薬は継続するから心配しないで」
沙羅は寺崎の言葉を待つように言葉を切る。寺崎はじっと黙って足元を見つめていたが、やがてぽつりとこう言った。
「俺、そういうことなら、なおさら行ってやりたいんすけど」
沙羅は驚いたようにその大きな目を見張る。
「俺なら、能力影響はまともに受けねえし、あいつも俺の顔見たら、何か思い出すかもしれねえし。……ダメですか?」
沙羅は困ったように笑うと、小さく息をついた。
「私には何とも言えないわ。彼自身が、制御できない自分にかなり戸惑っているようだから……」
「ちょっとだけでもいいんです。あいつ、目だけは覚めたってことですよね。俺、あいつの声が聞きたい。お願いします!」
両手を合わせて頼み込む寺崎に、沙羅は肩をすくめると、苦笑まじりにうなずいた。
「分かったわ。ただし、私も一緒に行くから。それでもいいわね」
寺崎は目を輝かせ、大きくうなずいた。
☆☆☆
ノックをして病室に入ると、紺野は目が覚めていたらしく、顔を入り口の方へ向けた。黙って寺崎の顔を見つめている。
寺崎は、はっきりと目覚めている彼に会うのは本当に久しぶりだった。嬉しくて嬉しくて、思わず涙が出そうになったほどだった。慌てて目元をこすると、笑顔で紺野の枕元に歩み寄る。
だが、紺野は不安そうな表情でそんな彼を見つめているだけだった。
「こーんの」
寺崎は、彼にしては小さい声で紺野に声をかけた。枕元にしゃがみ込むと、紺野と目線を合わせる。
「俺、だーれだ」
紺野はしばらく考えているようだったが、わからなかったのか小さく首をかしげた。寺崎は寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻って明るく言った。
「何だよ、寺崎くんのこと忘れちったの?」
「……寺崎?」
つぶやくようにそう繰り返した紺野の声に、寺崎は再び鼻の奥がつんとして、視界がぼやけた。
「ひっさしぶりだな、その声」
不思議そうに自分を見上げた紺野の頭を、寺崎はぐしゃぐしゃっとなで回して立ち上がった。
「いいよ。ゆっくり思い出せば。急ぐことはねえんだ」
そう言って、にっと笑う。
「とにかく、俺は待ってるから……おまえが帰ってくるの。何かさ、うちってそんな広くもなかったくせに、おまえがいないとやけに広々としちゃってさ。朝も困ってんだ。俺のことを起こしてくれるヤツがいなくなっちゃって。家の仕事も、おまえがいないとはかどんなくて。……だからさ」
寺崎は言葉を切ると、紺野の目をじっと見つめた。
「待ってるから。俺も、おふくろも。おまえが元気で戻ってくるの……待ってるから」
黙って自分を見上げている紺野に、寺崎は軽く手を挙げると、ゆっくりと病室を出て行く。
廊下で待っていた沙羅は、病室から寺崎が出てくると、長椅子から立ちあがって歩み寄ってきた。
「どうだった?」
寺崎は無言で頭を下げた。その唇が、微かに震えている。沙羅は優しい目でそんな寺崎を見つめた。
「あの部屋にあるものは、何から何まで総代が防護をかけてくださったから、何も壊れていなかったでしょ。でも、あの後も何回も頭痛は襲ってきているようね。回数も、まだ特に変わりはないみたい」
「そうですか」
「取りあえず、脳挫傷の影響かどうかはわからないけど、リハビリも開始するし、導尿管も外すから。リハビリの時は、誰かがついてあげるといいかもしれない」
寺崎はうつむいていた顔をようやく上げると、うなずいた。
「力仕事なら、俺でもできるっすから。何でも言ってください」
沙羅もほほ笑みながら、うなずき返す。
「頼りにしてるわ、寺崎くん」