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輪廻  作者: 代田さん
第四章 転落
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6月6日 1

 6月6日(木)


「それでは、各グループ準備はできていますね。必ず活動を始める前に、施設の責任者の方にごあいさつを忘れないように。リーダーの人、お願いしますね」


 教師がそう言うと、リーダー役ははーい、とか、へーい、とか、今ひとつやる気にかける返答をした。


「ほーい」


 特別養護老人ホーム御子柴のグループ代表、寺崎もやる気のない返答をした一人である。級長なんかやっていると、こういう時はたいてい代表にさせられてしまうのだ。


「なあ、紺野」


 同じく今ひとつ浮かない顔の紺野に、寺崎はそっと耳打ちした。


「何でしょう?」


「おまえさ、つどいの家とかひかりの家に行くやつの誰かに催眠かけて操るとかできねえの?」


 紺野は苦笑して首を横に振った。


「そんなことをしたら、催眠をかけられた人の学習の記憶が全く残らない。せっかくの機会なのに、そんな申し訳ないことはできません」


 寺崎も苦笑すると、肩をすくめた。


「分かった分かった。まじめ人間のおまえに聞いた俺がバカだったよ。そうだな。今回は大人しく諦めよう。またそんな機会もあるさ」


 紺野は申し訳なさそうに頭を下げた。


「そんじゃ、行くか。おーい、御子柴の人集まってー」


 寺崎が呼ぶと、三須が満面の笑みで近づいてきた。


「よ、級長。今日はよろしくね」


「おう、三須ちゃん。よろしくな。あともう一人は……おーい、清水!」


 席に座ってなにやら怪しげな本を読んでいた清水は、寺崎の声に慌てて机の中に本を放り込み、席を立った。急いでいたためか、椅子の脚につまずいて転びそうになっている。


「いやいや、そんな急がなくてもいいって。四人全員そろったな。じゃ、出発すんぞ」


 寺崎が先頭で、御子柴のグループは教室を出て行く。出流は寺崎の後ろ姿を横目で見送りながら、小さくため息をついた。


「じゃ、あたしたちも行くよ」


 出流の所属するつどいの家の代表は、仕切りたがりの相原である。出流はいくぶん姿勢を低くして、集団の一番後ろにうつむき加減で並んだ。今日一日何事もないようにと、心ひそかに祈りながら。



☆☆☆



「青南高校から参りました。今日はよろしくお願いします」


 A組の代表生徒が頭を下げると、B,C,D組の生徒もそれに倣って頭を下げた。特別養護老人ホーム御子柴の初老の施設長はうろんな目つきでそんな生徒たちを眺めやっていたが、やがて不機嫌そうに口を開いた。


「言っておくがね、今日は遊びではないんだよ」


 A組の代表である女生徒はどきっとしたように目を見開いたが、慌てて大きくうなずいた。


「と、当然です。分かっています」


「どうだかねえ。昨年の生徒も最初はそんなことを言っていたけど、廊下の隅にたむろしてしゃがみ込んでいるわ、頼んだ仕事は嫌がって手を出そうとしないわ……だいたい、ろくろく仕事もできないから、最近の高校生は。家で何の手伝いもしていないんだろ」


 寺崎は御子柴の希望者がいなかった理由が分かった気がした。要するに、来たからにはそれなりに働けとそういうことなんだろう。しごく当然な理論なのだが、高校生にとっては確かに少々きついかもしれない。


「やってもらうことは特別な事じゃない。あんたがたの家でも誰かがやってくれている仕事だ。ただ、相手はご老人だから。多少気むずかしかったり、体がうまく動かなかったりする。あと、虚弱な方もいるから、感染防護にもそれなりに気を遣ってもらわなきゃいけない。そのあたりに注意しながら、身の回りのお世話を手伝ってもらえりゃいいんだ。A組からD組まであるんだっけ? それぞれのクラスごとに、一人ずつ担当者を決めたから、その人の指示に従って。何度も言うようだけど、遊びじゃないからね。あんたたちの働きいかんでは、来年の受け入れは考えさせてもらうから。じゃ、よろしく」


 施設長はぞんざいに言い捨てると、せかせかと仕事に戻っていった。


「B組の生徒さんは? あなたたち?」


 B組の担当者は施設長とは対照的な、温和そうな笑顔を浮かべた中年女性だった。


「あ、はい。今日はよろしくお願いします」


 寺崎が慌てて頭を下げると、中年女性はにっこりと笑った。


「こちらこそよろしくね。施設長のことは気にしないで、楽しくやりましょ。あの人、根は悪くないんだけど、去年、よっぽどがっかりしたみたいで……。私は工藤っていいます。つばめ棟の二階を担当しています」


「えっと、自分は寺崎っていいます。B組の代表っす。あとはこっちから、紺野、三須、清水です」


「よろしくお願いします」


 三人はそろって頭を下げる。工藤はにこやかにうなずくと、四人を二階へ案内した。


「いまからちょうど音楽集会が始まるから、そこで皆さんを紹介するわね。そのあと、部屋の掃除と片付けを手伝ってください」


「分かりました」


 ホールでは、昔好んで歌われたらしい曲が流され、十数人の老人達がゆっくりと手拍子をしたり、体を揺らしたりしながら、思い思いに音楽を楽しんでいる。


「みなさん、ちょっといいですか?」


 工藤が明るい声で呼びかけると、老人達はゆっくりとした動作で顔を工藤の方に向けた。


「今年も青南高校から、お手伝いに高校生の皆さんが来てくださいました。二階を担当するB組の皆さんです。今から、自己紹介をしていただきますね。では、みなさん、お願いします」


 寺崎は一歩前に進み出ると頭を下げた。


「寺崎紘っていいます。力仕事は得意ですんで言ってください。今日はよろしくお願いします」


 老人たちは、自分たちの孫を見ているかのように優しいまなざしで寺崎に拍手をした。


「三須絵美花です。田舎が遠くて、なかなかおじいちゃんおばあちゃんに会えないので、嬉しいです。今日は孝行させてやってください」


 三須もなかなか上手なあいさつをして温かい拍手をもらっている。三須はにこっと笑って紺野にマイクを渡した。紺野は穏やかな表情で頭を下げた。


「紺野秀明と言います。みなさんのお役に立てれば嬉しいです。よろしくお願いします」


 最後にマイクを受け取った清水は、緊張して声も出ないようだったが、大きく息を吸い込んで、やっとの事でこれだけ言った。


「し、し、清水義之です! よろしく、お、お願いします」


 工藤はそんな彼らの様子を笑顔で見守っていたが、B組の自己紹介が終わると、うしろで待っていたC組の担当者にマイクを渡し、ホールを出た。

 廊下を速足で歩きながら、工藤は申し訳なさそうに言った。


「本当なら、このままホールで皆さんと音楽集会を楽しんでってくださいって言いたい所なんだけど、集会の間に皆さんのお部屋の掃除をしなければならないの。中学生の体験じゃないから、皆さんにも実際にお仕事をしていただいてよろしいかしら。それが終わったら、交流の時間もあるので」


 四人は大きくうなずいた。


「当然っすよ。俺たちは遊びに来た訳じゃないっすから。何から始めましょうか?」


「じゃあ、あなた方にはトイレ掃除とお風呂掃除をお願いするわね。私はその間に、部屋を整えるので。部屋は五部屋あるから、早く終わった人が残りの一部屋って感じでお願いします」


「了解っす。じゃ、俺ここやるから。三須ちゃんから順に奥の部屋って感じで、よろしく」


 寺崎の指示に三人はうなずくと、それぞれの仕事に入っていった。



☆☆☆



「よろしくお願いしまーす」


 やけに語尾を伸ばしながら相原がこう言うと、他の生徒も小さく頭を下げた。

 施設長のあいさつの間、佐久間はほほ笑みながらそんな高校生たちに目を向けていた。傍らには機嫌良く目を見開き、くるくると辺りを見回している優子の姿がある。


「では、それぞれ、担当者についてもらおうと思います。柴崎さんは金田さん達のグループで、三島さんは山さんと堀江さん、沼野さんは西山さん達のグループ、佐久間さんは、当然優ちゃんだね。じゃあ、それぞれ、分かれて下さい」

 と、相原が手を挙げた。


「あのぉ、一番重い方って、どの方ですかぁ?」


 その質問に、施設長はけげんそうな表情を浮かべた。


「重い? ……障害の程度っていう意味なら、優ちゃんだけど……でも、ベテランさんがついてるから、心配ないよ?」


 相原は作り笑顔で頭を下げると、出流の背中を乱暴に押した。


「ほら、あんたはあっち! あのおばさんのとこだってさ!」


 出流はつんのめりそうになりながら佐久間の前に押し出された。


「あら、大丈夫?」


 佐久間が心配そうに声をかけると、出流はあわてて体勢を立て直して頭を下げた。


「あ、あの……今日はよろしくお願いします」


 佐久間はちらっと相原の方を見やり、鼻でため息をつく。


「そんなにたいへんだと思ってるのかしらね。……あなた、お名前は?」


「あ、はい、村上です」


「村上さんね。私は佐久間って言います。よろしくね。ここで暮らしている人たちは、確かに自分一人でできることは少ないかもしれないけど、とってもステキな人ばかりだから、安心して。しかも、今日あなたが担当するこの子は、あなたと同じ十六歳なの」


「そうなんですか?」


 佐久間はほほ笑みながらうなずくと、傍らであらぬ方向を見つめている優子にほほを寄せた。


「石川優子っていうの。お友だちになってくれると嬉しいわ」


 出流は慌てて優子に頭を下げると、その顔を恐る恐る見た。出流から見ると、優子はくるくると目線を泳がせているだけで、何を考えているのかよく分からない。だが、佐久間はにっこりと笑ってこう言った。


「あら優ちゃん、嬉しいの。よかったわ」


 佐久間は立ちあがると、出流を手招きした。優子のバギーを押させるつもりらしい。出流はおずおずとハンドルを握る。佐久間はもう一台のバギーを押して廊下を歩き始めた。


「じゃあ、これから入浴があるから。そのサポートをお願いするわ」


「は、はい」


 出流は硬い表情でうなずいた。

 バギーを押して廊下を歩きながら、時々ちらっと優子の顔に目を向ける。出流には、優子はどこを見ているわけでもなく、ただ無意味に目線を泳がせているだけのようにしか思えなかった。

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