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輪廻  作者: 代田さん
第三章 兄弟
126/203

5月27日 1

 5月27日(月)


 明るい日差しの差し込む人気のない廊下を、亨也は白衣をはためかせながら早足で歩いていた。廊下の突き当たりにある「院長室」という札の掲げられた部屋の前に来ると、扉を軽くノックして中に入る。


「失礼します。お呼びですか? 院長」


 神代京子は手にしていた書類を机の端に置くと顔を上げ、唇の端で小さく笑った。


「何だか久しぶりですね、亨也さん」


「このところ、忙しかったですからね。私も、途中で勤務を抜けたりしたせいで、残務がたまってしまって」


「そうですね。ご苦労さまでした」


 京子は引き出しから別の書類を取り出すと、口調を改めた。


「呼んだのは、一昨日のことです」


 言いながら、取りだした資料に目を落とす。


「一昨日、玲璃さんの高校に鬼子本体が現れましたね。取りあえず死者はでなかったものの、甚大な被害状況で、一部のマスコミも異常に気づき始めています」


 その言葉に、享也は目線を落とした。


「はい。私も紺野が鬼子の存在に気づいた時点で感知できていたのですが、その時はまだ執刀中の手術が終わっておらず、……結局、鬼子の対応に関しては、彼らに任せきりでなにもできませんでした」


「それは仕方がありません。というより、そういう状況を踏まえたからこそ、あの男を護衛に任じたわけですから、ある意味われわれの判断が正しかった証左ともいえるでしょう。ただ、問題は、その件に関して、魁然側に不満が噴出していることです」


 亨也は、硬い表情で語る京子の口元をじっと見つめた。


「魁然側は当初から、紺野を護衛に任ずることに関しては後ろ向きでした。玲璃さんの強い希望もあり、反対を押し切る形で実現はしましたが、魁然側のあの男に対する不信はぬぐい切れていない様子で、あの男を護衛にしたためにこのような危険な事態を招いているのではないか……そういう不満を募らせている者がいるようです」


 その言葉に、亨也は苦笑めいた笑みを浮かべた。


「それはその通りですよね。彼は諸刃の剣ですから」


 京子はうなずくと、小さく息をつく。


「魁然側の動きを警戒した方がいいかもしれません。あの男の出自に関して、十六年前の事件を引き合いに出し、一族内に根も葉もないうわさを振りまいている者もいるようです。ただでさえ不満がはびこっている現状、そのうわさを真に受けた輩が、神代側に申し送りなく、独断で危険な行動に出るとも限りません」


「分かりました。頭においておきます」


 亨也はそう言ってからいったん口をつぐみ、じっと京子を見つめた。


「……昨日、啓子おばさまがいらっしゃいましたね」


 京子は何も言わなかった。黙って手元の書類に目を落としている。


「何のお話だったんですか?」


「あなたには関係のないことです」


「そうですか。いえね、お帰りの際にごあいさつをしたんですが、何かぼうっとなさっていて、様子がおかしかったものですから、気になって」


 再び言葉を切ると、刺すような視線を京子に向ける。


「まるで、催眠か、記憶操作をされたあとのようでしたね」


 それから、ゆっくりと腕を組む。


「先々週に来られた、柾世さんの時も同じようなことを感じたんです。まあ、啓子おばさまに関しては、沙羅くんに様子を聞けば分かることなんですが、彼女も忙しいらしくて、あまり家に帰っていないようなので」


 言葉を切り、黙って自分の顔を見つめている亨也に、京子はちらりと目線を送る。


「何が言いたいのですか」


「特に言いたいことはありません。ただ……」


「ただ?」


 亨也は言葉を切ると、ふいに話題を変えた。


「総帥も一度、あの男に会ってみたらいかがです?」


 京子は首をかしげた。


「あの男?」


「紺野です。面白い男ですよ、いろいろな意味で」


「あの男になら、何度か会っています。改めて会う必要もないでしょう」


 亨也はそれには答えず、書類をまとめる京子の手元をじっと見つめていたが、ややあって、ぽつりと口を開いた。


「総帥」


「なんですか?」


「私は魁然総代と、本当に結婚してもいいのでしょうか」


 京子は一瞬、呼吸を止めたようだった。


「……当然です。どうしてそんなことを」


 亨也はそんな京子を、刺すように鋭く冷徹な目で見据える。


「私には神代総代としての血が、本当に流れているのですか」


 京子は書類をまとめる手を完全に止めた。

 亨也はそのまま何も言わず、じっと京子の次の言葉を待っている。

 ややあって、ようやく京子が口を開いた。


「どうしてそんな、言わずもがなのことを聞くのですか」


「言わずもがな、……ですか?」


 亨也は、苦笑めいた笑みをうかべた。


「言わずもがなならいいのです。ただ、一昨日見た、鬼子の力……あの恐ろしい力は間違った血の融合の結果、生み出された。もし万が一にでも、同じてつを踏むことがあってはならないと、私は思ってるだけです」


 手元に目線を落として動かない京子を一瞥いちべつすると、享也は頭を下げた。


「お忙しいところ、長話をしてすみませんでした。これで失礼します」


 享也がきびすを返し、院長室を出て行ったあとも、京子は書類に目線を落としたままで、しばらくの間動かなかった。



☆☆☆



「須永さん!」


 出勤してきた途端に響き渡った石黒の大声に、須永は目を丸くして立ち止まった。


「どうしたの? 石さん。びっくりした」


「びっくりしたなんてもんじゃないっすよ!」


 石黒は須永の腕をつかむと、自分の机にぐいぐい引っ張っていく。


「この間の体育祭で撮った写真に、とんでもないもんが写ってたんですよ! 休みに仕事のことで連絡するのもアレだし、あれを添付すんのもなんか気が引けるんでメールはしなかったんすけど、早く見てほしくて」


「とんでもないもの?」


 石黒が、写真をパソコン画面に映し出す。けげんそうな表情を浮かべつつ、その画面をしげしげと眺めやった須永の目が、見る間に大きく見開かれた。

 石黒のパソコン画面に映し出されているのは、ちょうどあの来賓の男性と紺野が、燃え尽きたテント下でにらみ合っている場面だった。

 あの時、紺野は、なぜか右腕を折り曲げて、手のひらを上に向け、何かを掲げているような不自然な姿勢をとり続けていた。須永も石黒も、違和感を覚えていたのだが、その理由については皆目見当がつかなかったのだ。

 だが。


「この子……何、持ってるの?」


 写っている紺野の手のひらの上に、なにかぼんやりと赤く光る球のようなものが写し出されているのだ。


「もっとすごいのもあるんです。これとか……」


 石黒は震える手でマウスを握り、別の写真を表示する。それは来賓の男性に紺野が詰め寄り、襟首をつかみ上げている場面だった。

 その写真を見た須永は、息をのんで固まった。

 紺野と来賓の男性が、白く輝くもやのような、ぼんやりとした光に包み込まれているのだ。紺野の右手には相変わらず、先ほどの赤い光の球体も見える。


「石さん、これって……」


 須永が震える声で問うと、石黒は小さく首を振った。


「分かりません、いったい何なんだか……。心霊写真のものすごいやつみたいですよね」


 大権現様のご加護というみどりの言葉が頭をよぎり、須永も石黒もぞっと背筋に寒気が走った。


「そういえばあのあと、救護室で倒れていた人たちの話も、なんか薄気味悪いというか……」


 須永は心もち青ざめたその顔を石黒に向けて、小さくうなずいた。


「あのときの、渋谷の暴走車事件と同じだったわね。誰も、なんにも覚えてない」


「みんな口をそろえて、突然目の前が真っ赤に染まって、気がついたら救護室に倒れてたって言うだけで……。爆発の原因も、よくわからないですし」


「今のところね。警察は、ガス爆発の可能性があるって言ってたけど」


「直後に部屋に入りましたけど、ガスのにおいなんか、全然してませんでしたよね」


「そもそも、あの人数が部屋にいて、あれだけの大爆発が起きて、けが人が一人も出ないなんてあり得ない」


 須永はそう言って、もう一度、パソコン画面の写真に目を移した。


「説明のつかないことなんて、ないと思ってた。まさかこんなに出てくるなんて……」


 須永と石黒はしばらくの間、青ざめたその顔を写真に向けて黙り込んでいたが、突然須永が弾かれたようにその顔を上げた。


「いいじゃない。謎は謎なのよ」


「……須永さん?」


「高校で起きた、謎の大事件。謎は謎として、提示すればいいの。私たちが答えを示す必要はないわ」


 そう言って、にやりと口の端を上げる。


「調べてて思ったの。警察も、病院も、何かおかしいって。知っているのに、隠している感じがすごくする。だったら、事実をまるごとそのまま書けばいいのよ。あとは読んでくれた人が、勝手に答えを探し始めるから」


 須永は石黒に目を向けると、にやりと口の端を上げる。


「あの時の記事と抱き合わせで、いくわよ」


「あの時? ……須永さん、まさか」


 須永は、気合いのみなぎるその目をギラギラ輝かせながら、大きくうなずいた。


「謎の高校生と、彼が通う高校で起きた謎の事件……いいじゃない。早く概略だけでも書き上げて、編集長におうかがいたてなきゃ」


 須永はそう言い捨てると、石黒の返答を待たずに速足で自分の机に戻っていった。

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