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輪廻  作者: 代田さん
第三章 兄弟
114/203

5月23日 2

「じゃあ、今日は本番と同じ順番で走ってみます」


 教師の声がかかると、各クラスごとに第一走者が準備運動を始めた。


「中村は、また休みか?」


 北島がため息まじりにそう言うと、同じクラスの二年生女子が言いにくそうに口を開く。


「最近中村くん、病院に通ってて、朝必ず遅れてくるんです」


 それを聞いて、寺崎はぴんときた。あいつ総代たちに抜かれるのが嫌で、さぼってやがんな……。

 北島は困ったように自分の足に目を落とした。


「俺が代走できればいいんだが、今、足を痛めちまってるからな」


 見ると、右足首に厳重に包帯が巻かれている。練習中にくじいてしまったのだ。


「俺、二回走ってもいいっすよ」


 突然の寺崎の言葉に、北島は驚いたように目を丸くした。


「寺崎……でもおまえ、四走だろ。近すぎないか?」


「別にどうってことないっすよ。俺で良ければ走ります」


 寺崎はちらっと後ろで準備体操をしている玲璃に目を向ける。ゴールライン三十メートル前からのデッドヒート。自分もあれに参加してみたい気が、寺崎はしていたのだ。


「わかった。取りあえず今日はそれで頼む」


 アンカーを任されることになった寺崎は適当にストレッチをしながら、列の後方に並ぶ玲璃を何となく見続けていた。グループの友だちと何やらくすくす笑い合っている。明るい表情だ。先日、紺野から裕子について話を聞かされて以来、以前にも増して表情が明るくなったような気がする。その太陽のような笑顔に、寺崎はまぶしそうに目を細めた。


「それでは、第一走者は用意してください」


 コースに、第一走者が並ぶ。相変わらず長袖長ズボンの紺野も、無表情に並んでいる。だが、彼の走りを知っているリレー選のメンバーは、もうその姿を見てやる気がないとは誰も思わないだろう。


「用意……」


 号砲一発、一斉にスタートする第一走者。紺野はいつも後方から追い上げてくる。持久力が優れているのだ。第三コーナーを回る頃には決まって先頭を走っている。

 第二走者にバトンを渡した紺野が列に戻ると、寺崎が軽く右手を挙げてにっと笑った。紺野も穏やかに笑ってそれに答える。その頃には、二走から三走にバトンが渡り始めていた。寺崎のグループも出流が二位でバトンを受け取って走り出している。

 最近は出流もだいぶ速くなり、寺崎がそう目立ったフォローをしなくてもすむようにはなってきた。だが、やはり二人ほど抜かされて四位に後退している。寺崎は出流からバトンを受け取ると、前を行く二人をあっという間に追い抜いた。だが、例のごとくそこで追走を止め、端から見ても余裕の走りで五走にバトンをつないだ。


「余裕だね、寺崎」


 三須に声をかけられて、息ひとつ乱さずに寺崎は笑うと、すぐにコースに出る。今日はアンカーなのだ。

 と、A組の玲璃が驚いたように寺崎に声をかけた。


「何だ、おまえ。今日はアンカーか?」


 寺崎はうなずくと、にやっと笑った。


「代走なんす。俺、総代と走ってみたかったんで。ゴール前、三十メートルからっすよね」


 言われて、玲璃も笑顔でうなずいた。


「そうだ。今日は面白くなりそうだな」


 一位のクラスが出た後、寺崎はバトンを受け取った。いつも玲璃たちがしているとおり、一位のクラスにぴったりつけて追走していく。やがて玲璃や柴田もバトンを受け取り、寺崎と並んで一位のクラスにぴたりとつけた。


――ダッシュが命だな。


 わずか三十メートルのデッドヒート。これを制するには、どれだけダッシュできるかが鍵である。寺崎はラインをにらんだ。あと三メートル、二メートル、一メートル……。


「行くぞ!」


 玲璃のかけ声とともに、三人は一瞬で風になった。抜かれた他クラスのアンカーがぼうぜんと前方に目をやったときには、既に三人ともゴールした後だった。


「驚いた。寺崎、おまえ速いな」


 いくぶん息を乱しつつ玲璃が感心したように言うと、寺崎も息を乱しながら苦笑まじりに首を振った。


「でも、総代にはかないませんね。何なんすか、あのダッシュは……」


 すると柴田が、やはり息を乱しながら肩をすくめて笑う。


「それが、総代が総代たるゆえんなんだよ。俺たちには歯が立たなくて当然……でも、ホントおまえ速かったぞ。マジで俺と同じレベルなのか? ワンランク上でも通りそうだぞ」


 すると寺崎は意味ありげににっと笑った。


「俺のおふくろ、足があった頃は国体の選手だったんす。陸上の……そういう血が流れてんですよね、きっと」


 寺崎はそう言って、胸いっぱいに朝の空気を吸い込んだ。わずか三十メートルでも全力で走れたことが嬉しくて、気分が良かった。


「あーあ、トラック一周全力で走ってみてえなあ……」


 思わずつぶやいた寺崎に、玲璃はいたずらっぽく笑いかける。


「じゃあ今度、夜中にでも走りに来るか? 付き合うぞ」


 言われて寺崎は、思わず身を乗り出した。


「真夜中のデートっすか? いいっすよ! ぜひぜひ行きましょう!」


 のりのりの寺崎に、玲璃はいくぶん困ったように笑った。


「冗談に決まってるだろ。おまえも冗談通じなくなってきたのか? 紺野みたいだぞ」


 その時ホイッスルが鳴り、結果発表となった。寺崎の活躍で、この日初めてB組白は二位に輝いた。


「寺崎」


 練習終了後、北島が声をかけてきた。


「何すか? 先輩」


「おまえ、本番でもし中村が休んだら、アンカーやってくれ」


 寺崎はちょっと目を見開いたが、すぐにうなずいた。


「いいっすよ、俺でよかったら」


「頼んだぞ」


 こうして寺崎は、B組白のアンカーを務めることとなった。

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