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輪廻  作者: 代田さん
第三章 兄弟
113/203

5月23日 1

5月23日(木)


 リレー選の練習もいよいよ大詰めを迎え、生徒たちは走り込みやバトンパス、コーナリングの練習に余念がない。


「あーあ、あと二日だな」


 走り込みを終えた寺崎が、のびをしながら紺野に話しかけてきた。


「そうですね」


 紺野はくすっと笑った。何に対して寺崎がそう言っているのかがよく分かっているからだ。寺崎も、その笑いの意味を悟ったらしい。苦笑しながら肩をすくめてみせた。


「われながらがんばったと思うよ、毎朝の五時起き。今のところ一回も遅刻してねえし。俺、少しは変われたかもしんねえな」


 するとそこへ、黒髪を束ねた眼鏡の女の子、村上出流がやってきた。


「寺崎くん、集合だって」


「あ、さんきゅ、いずるちゃん。じゃ紺野、またな」


 寺崎と出流は、並んで集合場所に向かった。



☆☆☆



 出流は隣を歩く背の高い寺崎を、頬を染めてちらっと見上げた。


――寺崎くん、かっこいい。


 クラスの女子がうわさしていたとおり、出流は寺崎目当てでリレー選に手を挙げた。彼女はずっと寺崎に憧れていた。おちゃらけているようでいて正義感が強く、リーダーシップもとれる。女の子や弱いものにはとことん優しい寺崎は、出流にとって最高の王子様だったのだ。

 寺崎は恐らく覚えてはいないだろうが、出流は一度、寺崎に助けてもらったことがある。屋上に上がって、理科の実験をしているときだった。出流は一部の女子の反感を買って、孤立している傾向があった。この日も、その女子グループの一人が出流のノートをわざと屋上の給水タンクの上に投げ上げてしまい、出流はどうすることもできず、一人途方に暮れていたのだ。


「あれ? どうかした?」


 そんな彼女に声をかけてくれたのが、寺崎だった。出流が訳を話すと、寺崎は自分の荷物を足元に置いて、本当にあっという間に給水タンクの上によじ登り、ノートを取ってきてくれたのだ。


「あ、ありがとう……」


 出流が遠慮がちに礼を言うと、寺崎はにっと笑ってこう言った。


「何か困ったことがあったら俺に言いな。必ず何とかしてやっから……なんてったって俺は、級長なんだからな」


 男子にそんなことを言われたのは、出流は初めてだった。その日から出流は、寺崎に会うために登校するようになった。軽い不登校気味で休みがちだった彼女が、四月後半からは欠席することなく、毎日登校するようになったのだ。別に面と向かって話をするわけではないが、寺崎の明るい笑顔を見ているだけで、元気がもらえるような気がした。

 でも、リレー選を決める時は、まさか自分があんな行動に出られるとは思っていなかった。困っている寺崎を、どうしても助けたかったのだ。今まで元気をもらったお礼がしたかったから……。


「でもさ、いずるちゃんマジで速くなったよなー」


 急に寺崎に話しかけられて、出流はどきっとしたように呼吸をを止めたが、遠慮がちに笑いながら、「そうですか……?」とだけ、答えた。


「なったなった。だって昨日の計測んとき、確か十四秒九だったろ? 十七秒台から十四秒台だぜ。そこまで伸びたやつ、他にはいないと思うよ」


 出流は恥ずかしそうにほほ笑みながら、首を横に振った。


「まだまだ遅いです……。でも、練習の時、寺崎くんがいつもフォローしてくれて、ほんとに助かってます。必ず順位を戻してくれるから、他の人ににらまれないですむし」


 寺崎はいやいやと首を振ると、にっと笑った。


「言ったろ? なんてったって俺は級長だからな。困ってるクラスメートはほっとけないの」


 その明るい語り口に、出流は頬を赤くそめながら、嬉しそうにうなずいた。



☆☆☆  



「こーんのくーん」


 妙な節をつけて後ろから呼ばれ、紺野はどきっとして振り返った。見ると、三須がやけににやにやしながら紺野を手招きしている。


「は、はい」


 紺野はどきどきしながら三須の方に歩いて行く。彼は三須が苦手である。感情表現がストレートで、戸惑うことが多いのだ。

 と、三須は相変わらず長袖長ズボンの紺野の出で立ちを見て、眉をひそめた。


「ねえ、紺野くん。このクソ暑いのに、まだ長袖? 熱中症になっちゃうよ?」


 そう言って袖口をめくろうと手を伸ばすので、紺野は慌てて両手を後ろに回した。


「こ、……この間、電車事故の時についた傷がなかなか治らなくて、隠してるんです」


 紺野の腕の包帯は、すでに取れていた。が、傷だらけの腕のいいわけに、先日の事故はかえって好都合だった。これからしばらくはこの言い訳でいこうと、包帯を取るときに寺崎と決めたとおり、三須に答えたのだ。すると三須は感心したようにうなずいたが、すぐに上目遣いに紺野をにらんだ。


「……紺野くんてさ、やっぱあの電車事故、絡んでたんじゃん」


 紺野はどきっとしてに三須から目をそらした。三須はその視界に入るように体をずらして、じりじりと接近してくる。


「しかも、渋谷の時も……あたしに思いっ切りウソついたっしょ」


 紺野は慌てて頭を下げた。


「すみません、大騒ぎになるのが嫌で……」


 と、三須は急にその顔に満タンの笑顔を浮かべると、紺野にぴったりとくっついてきた。


「じゃさ、おわびの印に、今度どっか行こ」


「え?」


 紺野は目を丸くして赤くなる。


「渋谷でもどこでもいいから、お茶して、お買い物して、テキトーにお散歩しよ。あ、上南沢でもいいな。あそこ、カワイイお店いっぱいあるから。案内して」


 紺野がどぎまぎして返答に困っていると、グラウンドに集合のホイッスルが鳴り響いた。


「……あ、集合です。行かないと」


「もー、紺野くん。ごまかしてる!」


 走っていく紺野の後を、三須は慌てて追いかけた。

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