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輪廻  作者: 代田さん
第二章 友達
108/203

5月20日 2

「じゃあ、この辺に一枚貼ろう」


 玲璃が校門の右側に続く鉄柵を指さして言うと、寺崎はさっそくポスターの裏にガムテを貼り、鉄柵にぺったりと貼り付ける。


「そんな感じでだいたい五メートルおきくらいに貼るから、右と左、手分けしてやるか」


「分かりました」


 寺崎はうなずくと、玲璃にポスターを半分渡し、校門をはさんで右側の鉄柵にポスターを貼り始めた。玲璃は同様に、左側に貼っていく。

 寺崎はポスターを貼りながら、向こう側で作業する玲璃に目線を送った。

 昨日のことについては、玲璃の方からは何も言ってこない。やはり、諦めるつもりなのだろうか。まるで何事もなかったように振る舞っているのが、なんだか切なくて痛々しい。寺崎はポスターを貼る手を止めて、ぼんやりとそんな彼女に目を向けていた。

 その時、玲璃のさらに向こうから誰かがやって来るのに気づいて、寺崎は目を凝らした。

 ユニフォームからしてどうやら野球部員らしいが、その様子が何だかおかしい。ランニングもせずのろのろと歩き、そのうち何人かの部員は肩を貸しあっている。

 玲璃も様子がおかしいことに気づいたらしい。手を振ると、先頭を歩く部長に声をかけた。


「おい、津島。どうかしたのか?」


「ああ、魁然か。いや、ランニング中に急に部員が倒れたんだ。多分、熱中症か何かだと思うが」


「……本当か⁉ それは大変だ。早く顧問に知らせた方がいい。何か手伝えることはあるか?」


「大丈夫だ。学校についたらすぐに保健室に連れて行くから。ありがとう」


 津島は疲れたような笑みを浮かべて手を挙げると、校門を入っていった。


「どうしたんすか?」


 玲璃は心配そうに校庭に入っていく野球部員に目を向けながら、寺崎の問いに答える。


「いや、熱中症だって……そろそろそういう季節だな。私たちも気をつけないと……」


「マジすか」


 寺崎は部室に向かう野球部員たちの後ろ姿を目で追ったが、それ以上は関心をもたずにすぐに作業に戻った。この時はまだ昨日のことの方が、寺崎にとっては重要な関心事だったのだ。



☆☆☆



 あいにく、養護教諭は不在だった。津島は具合の悪い部員達をベッドやソファに寝かせると、隣にいた副部長に顧問と養護教諭を呼んでくるように指示し、体調のいい者にはグラウンドに出て練習を始めるように伝えた。部員達がグラウンドに出てしまうと、自分は保健室の丸椅子に座り、顧問と養護教諭の到着を待つ。

 倒れた部員は総勢六名。みんな揃って頭痛を訴えていたが、今は静かに横になっている。少しは良くなってきたか……津島がそう思っていくぶんほっとしていた、その時だった。

 横になっていた部員が一人、突然むくっと起き上がったのだ。


「畑中? どうした?」


 その畑中という部員――普段はお調子者で、みんなを笑わせてばかりいる――は、真っ青な顔で戸口の辺りを見つめながら、ぽつりと言った。


「トイレ……行ってきます」


「そ、そうか、分かった。行ってこい。……大丈夫か?」


 下痢でももよおしているのだろうと思い、津島は慌ててうなずいた。


「俺も……」


 その声に驚いて振り向くと、ソファで寝ていた飯島が、畑中同様ぼんやりと前方を見つめながら半身を起こしている。

 すると、畑中の隣に寝ていた塚田も、隣のベッドの佐藤も、次々に起き上がり始めた。


「僕も行ってきます」


「自分も行きます」


 おろおろして返事ができずにいる津島を置いて、部員達は次々と保健室の外に出て行き、結局、保健室内には誰もいなくなってしまった。

 と、廊下を複数の人間が駆けてくる足音が聞こえてきた。


「津島、大丈夫か?」


「あ、先生」


 副部長とともに入ってきたのは、顧問の西村と、養護教諭の柴崎だった。保健室の入り口から西村は中を見回したが、がらんとした室内に眉をひそめて首をかしげる。


「熱中症を起こしたってやつらは?」


「そ、それが、たった今、全員がトイレに……」


 西村は目を丸くすると、背後に立つ柴崎と顔を見合わせた。


「全員? トイレか?」


 津島は上目遣いに西村を見ながら、遠慮がちに頷いた。


「多分、下痢か、吐き気があるんじゃないかと……すぐ戻ってくると思いますが」


「様子を見てきましょう、西村先生」


 そう言って歩き出した柴崎の後を追って、西村も慌ててトイレに向かう。津島たちもその後を追って部室を出た。

 だが、十メートルほど廊下を進んだところにあるトイレに、部員の姿はなかった。

 西村達は首をかしげつつ、近辺のトイレをくまなく捜す。だが、二階にも、三階にも、部員たちの姿は見あたらなかった。下駄箱に彼らの外履きがあったのでまだ校舎内にはいるようだが、杳として行方が知れない。


「一体どこへ行ったのかしら……?」


 柴崎が心配そうにつぶやき、西村も途方に暮れてグラウンドに目を向ける。五月のまぶしい日差しが照りつけるグラウンドには、ゆらゆらと風景をゆがませながら陽炎が立ち上っていた。             



☆☆☆



 ようやく静かになった図書室で、紺野は集中して復習に取り組んでいた。ずいぶん休んでしまったので、分かりにくいところも出てきてしまっている。だが、ゆっくり教科書を読み解き、いくつか問題を解いているうちに、勘はすぐに戻ってきた。このままいけば今日だけでもかなりの部分が終わりそうだと、いい調子でページを繰ったそのときだった。

 

「あら? どうしたの、畑中くんたち」


 図書館司書教諭の戸惑ったような声に、紺野は教科書から顔を上げた。

 見ると、バットを片手に持った野球部のユニフォーム姿の男が三人、図書室に入ってきたところだった。野球部員はものも言わず、剣呑な表情で図書室内を睨め回している。

 紺野ははっとした。彼らの周囲にじんわりと漂う、禍々しい赤い気の気配を感じたのだ。


――あの子どもだ。


 紺野はそっと席を立った。書庫の陰に隠れながら、気づかれないように図書室の出入り口に向かう。だが、こういう行動は寺崎ほど得意ではないため、すぐに野球部員の一人と目が合ってしまった。野球部員は動きを止めてじっと紺野をにらんでいたが、バットを肩に担ぐと、まっすぐ紺野の方に近づいてくる。


【……あの子どもです。図書室に、三人います】


 紺野は間合いを取るために後じさりながら、寺崎に短く送信する。野球部員――畑中は無表情に紺野を見下ろしていたが、紺野の背中が書棚にぶつかって後退が不可能になったことを知ると、やおら手にしたバットを振り上げた。


「何をするの⁉ 畑中くん!」


 図書館司書教諭が叫んだのと、畑中のバットが紺野めがけて風を切ったのは同時だった。

 紺野は間一髪でその一撃をかわしたが、書棚に当たったバットは派手な音を立てて真っ二つに折れ、中に入っていた本が衝撃で通路に散乱する。

 畑中は折れたバットを手に、出口を目指して走り出した紺野を追いかける。あともう少しで出口に行きつく寸前、脱出の意図を読んだ他の二人が出入り口を塞ぐ。進路変更を余儀なくされた紺野が書棚の間を駆け抜けると、畑中がそれを追いかけながらバットを振り回す。本が飛び出し、窓ガラスが割れ、椅子が倒され、机が折れる。図書室は騒然とした様相を呈してきていた。



☆☆☆

    


 ポスターを貼っていた寺崎は、突然、脳を貫いた紺野の意識に、はっとしてガムテを切る手を止めた。


「総代!」


 大声で叫びながら、反対方向のポスターを貼っている玲璃に駆けよる。


「どうした? 寺崎」


「校舎内で、鬼子が出たみたいっす。今、紺野から送信があって……行ってやっていいですか?」


 早口でまくしたてる寺崎の様子に、玲璃の顔にもさっと緊張が走る。


「もちろんだ。早く行ってやってくれ……というか、私も行く!」


 寺崎は目を丸くして、とんでもないとでも言いたげに首を振った。


「ダメっすよ、総代がわざわざ危険なところに行くことはないっす。俺と紺野がいれば大丈夫なんで、総代はこっちにいてください」


 玲璃は複雑な表情で寺崎を見つめたが、目線を落とした。


「……そうか、わかった。寺崎も気をつけてな」


「ありがとうございます。総代も、気をつけてください!」 


 寺崎はそう言ったかと思うと走り出し、あっという間に校舎の方に消えた。

 玲璃は小さくため息をつくと、気を取り直したように残りのポスターを貼り始めた。



☆☆☆



 紺野は図書室内にいることに限界を感じ始めていた。

 図書館司書や他の生徒はどうやら逃げおおせたらしいが、散乱する本、ガラス片、折れた机に、傾いた書棚……すでに図書室内はめちゃくちゃだ。後悔したところでどうしようもないのだが、とにかく相手は複数だ。一人をとらえて催眠を解こうにも、その間に残りの二人に攻撃されるので、手の出しようがない。かといって図書室から出ようにも、三人のうち必ず誰かが入り口に立ちふさがるのでそれもかなわない。つかまるのは時間の問題だ。

 何とか現状を打開する方策を見いだそうと、紺野の思考がそちらに傾斜しかけた、その時だった。

 紺野の足下に、書棚の影からふいに誰かの足が差し出されたのだ。


「……!」


 紺野はものの見事につまづいて、床に頭から突っ込んだ。

 即座に、両手を一人が、両足をもう一人が掴み、紺野は床にうつぶせで倒れ込んだ状態で動けなくさせられてしまう。冷酷な笑みを浮かべながら歩み寄ってきた畑中は、紺野の頭上に折れたバットを高々と振り上げた。

 やられると思い、息をのんだ瞬間。


「十六文キーック!」


 昭和を感じさせる雄たけびとともに、横合いから突き出された何者かの足に横っ腹を蹴り飛ばされた畑中は、くの字に曲がった姿勢のままで中空を三メートルほど飛んで書棚と激突、衝撃で書棚から落下した本に埋まり、あっけなく気絶した。


「一人完了!」


 その人物は少々乱れた息を整えながら、抑えつけられている紺野に目線を落として、にっと笑った。


「寺崎さん……」


「あらあら紺野くん、まぐろみたいになっちゃって」


 そう言うと寺崎は、紺野の手足を押さえつけたまま凍っている二人を、震え上がるような目つきでにらみ付ける。


「ここは築地市場じゃねーっつーの」


 つぶやいたかと思うと、次の瞬間手を押さえていた一人が殴り飛ばされ、足を押さえていた一人が蹴り飛ばされてそれぞれ逆方向にすっ飛び、同時に書棚と激突して気絶した。


「ほい、三人完了!」


 紺野は慌てて起き上がると、残留している赤い気を完全に消滅させるべく、一番近くに倒れていた者から意識を調べ始める。


「ありがとうございました、寺崎さん」


 一人目の額に触れながら紺野が言うと、寺崎はいやいやと首を振って笑う。


「やけにちょろかったからな、こいつら。異能使ってなかっただろ」


「僕はかえってその方が苦手で……本当に、助かりました」


 そう言って紺野は恥ずかしそうに笑ったが、突然、何かを感じたようにハッと息をのんだ。


「……寺崎さん! 魁然さんは!?」


「え? 外壁にポスター貼って……」


 寺崎ははっとしたように言葉を止める。


「……まさか」


「能力発動を感知しました。寺崎さん、すぐに行って下さい! 僕もこの人たちの催眠を解き終えたら、すぐに向かいます!」


 寺崎は、紺野の言葉が終わらないうちに図書室を飛び出していた。

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