5月19日 1
5月19日(日)
「すごいな、寺崎のお母さん」
玲璃が感心しきったようなため息をつくと、床にあぐらをかいて座っている寺崎も、深々とうなずいた。
「でしょ。俺もほんとびっくりしましたもん。うちのおふくろがあそこまでやるなんて」
「あら、なんのうわさ?」
コーヒーの盆を持った紺野とともに台所からみどりがやって来ると、玲璃はソファから立ち上がって頭を下げた。
「すみません、突然おじゃましてしまって」
「いいんですよ、こんなにかわいらしいお客様ならいつでも大歓迎です」
そう言うとみどりは、突然、指折り数え始める。
「あなたで、何人目かしら? 家に来てくれた女の子。一,二,三……」
「あーっ、何数え始めんの? おふくろ!」
慌てて立ち上がった寺崎がその手に覆い被さる様を見ながら、玲璃は感心したようにうなずいた。
「へえ、寺崎ってそんなにたくさん女の子を連れてきてるのか」
みどりはいたずらっぽくほほ笑みながらうなずいてみせる。
「でも、玲璃さんがダントツね。ほんとにステキな方」
「もう! おふくろ、いいかげんにしてくれよ! この人を誰だと思ってんの? 魁然家の総代だよ、総代!」
「かあさんにとっては、ステキな女の子なの」
とうとうみどりは、寺崎に無理やり車椅子を押されて部屋を追い出されてしまった。玲璃は苦笑しながらその後ろ姿を見送っていたが、テーブルにコーヒーを並べている紺野に笑いかけた。
「明るい人だな、寺崎のお母さんって」
紺野はうなずくと、ほほ笑んだ。
「すごい人だと思いました。特に、昨日は」
「それにしてもよかったな、取りあえず何とか言い訳がたって。今日もSNSはすごいことになってるが、このまま息を潜めていれば沈静化するかもな。SNSの世界だけが全てじゃないし」
紺野は神妙な面持ちでうなずいた。
「ただ、おまえの顔はあちこちで知られてるわけだから、それは気をつけた方がいいかもな」
「その通りですね、気をつけます」
そこへ、みどりを奥の部屋に追いやった寺崎が冷や汗をぬぐいつつ戻ってきた。
「全く、おふくろってば……」
「なあ、寺崎。そういえばおまえ、金曜日に学校で何かやらかしただろ。二年C組の教室で」
床に座った寺崎は、どきっとしたように隣に座る紺野と顔を見合わせた。
「鬼子が出たんです。ちょっと派手にやっちゃいましたけど、それ以外方法がなくて……」
紺野も深々と頭を下げる。
「すみません。僕が寺崎さんを巻き込んでしまったんです」
「仕方ない。おまえらは同じ仕事をしているわけだから。ご苦労さま。たいへんだったな」
玲璃はそう言うと、ミルクを入れたコーヒーに口をつけたが、ふいに意味ありげな笑みを浮かべた。
「ただ、二年生がたいへんらしいぞ」
「へ? たいへんって?」
玲璃は必死で笑いをこらえているらしく、上ずって震えた声で答える。
「寺崎の追っかけができつつあるらしい」
寺崎は飲んでいたコーヒーを吹き出しかけた。
「っちち……って、マジすか?」
玲璃はかなりツボにはまったらしく、肩を震わせて笑っている。
「よかったじゃないか。これで紺野をだしにしなくても女の子が寄ってくるぞ」
寺崎はうんざりしたような表情で首を振った。
「追いかけるのは好きなんすけど、追いかけられるのは、ちょっと……」
「なんだ、ぜいたくなやつだな」
玲璃は笑いながら肩をすくめると、静かにコーヒーをすする紺野に向き直った。
「ま、とにかく、今日はよろしくな、紺野」
「え?」
コーヒーカップを手にしてきょとんとしている紺野に、玲璃はにっこりと笑いかけた。
「頼んでただろ、料理を教えてくれって。昼飯、一緒に作らせてくれ」