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輪廻  作者: 代田さん
第二章 友達
102/203

5月18日 1

 5月18日(土)


 紺野と寺崎は、額を寄せ合って携帯の画面にクギ付けになっていた。


「二人とも、朝っぱらからどうしたの?」


 朝の仕事は例のごとく早起きの紺野が早々に片付けてしまったので、みどりもゆっくりコーヒーを飲みながら本を読んでいたのだが、二人の様子があまりにも真剣なので気になったらしい。雑誌から目を上げ、首をかしげて二人を見ている。


「いや、SNSが大変なことになってて……」


 寺崎はいらいらしたようにこう言うと、携帯をテーブルに放り投げて頭を抱えた。


「いったい誰が、こんな情報流しやがったんだ!」


 紺野も青ざめた顔で、テーブル上に転がっている携帯を恐る恐る眺めやっている。みどりはなんのことかさっぱり分からないらしく、もう一度首をかしげてから、再び雑誌に目を落とした。

 と、いきなりテーブル上の携帯がなり出したので、紺野も寺崎もドキッとしたように体を震わせると、息を詰めて携帯を見つめた。


「……なんだ、総代からじゃん」


 呼吸を整えて携帯を手に取ると、通話ボタンを押す。


「はい、寺崎っす……」


『寺崎! とんでもないことになってるじゃないか!』


 耳に突き刺さる玲璃の大声に、寺崎は思わず携帯を耳から離した。


「そ、……そうなんっすよ。総代もSNS、見たんすか?」


『見た見た! 実名報道されてるじゃないか。住んでるところまで書いてあったぞ』


「訳わかんないっすよ。一体どこから流れたんだか。先週の電車の事故まで絡んできてるし」


 寺崎と玲璃が携帯で話している横で、寺崎家の家電にも電話がかかってきた。


「はいはい、今出ますね」


 みどりが器用に車椅子を電話の脇につけ、受話器を取る。


「はい、寺崎です。は? ええ、そうですが」


 玲璃と話していた寺崎は、みどりの様子に気がついて話を止め、その会話にじっと耳をすませた。


「はい、おります。え? これからですか? ええ、別に構いませんが……いったい、どういったご用件で」


「すんません総代、またあとで連絡します」


 寺崎は短くそう言って返事を待たずに通話を切ると、すぐにみどりの隣に行き、会話に耳をそばだてた。


「え? 取材? 雑誌の……え? 電車事故? ああ、そうです。私です」


 寺崎は何を思ったのか、話しているみどりからいきなり受話器をひったくった。驚くみどりを尻目に、無言で受話器を耳に当てる。


『そうですか。ぜひ、その時のお話もお聞きたいんです。うかがうとしたら、何時頃が可能でしょうか』


「今日は忙しいんで、無理です」


 電話の相手がいきなり代わったので、声の主は驚いたように沈黙した。


『……あなた、先日、ビルの屋上で写真をだめにした子でしょう』


「さあ、どうでしたっけね。俺、記憶力ないんで、忘れちゃった」


『寺崎さんは、あなたのお母さん?』


「答える筋合いありません」


 にべもない寺崎の返答に、電話の向こうの須永は考え込むように沈黙していたが、ややあって、こんなことを聞いてきた。


『紺野くんていうのよね、あなたのお友だち。紺野、秀明くん』


 寺崎は答えなかった。眉根を寄せ、前方をにらみ据えて微動だにしない。紺野は部屋の隅に立ち、そんな寺崎を心配そうに見つめている。


『私たち、紺野くんとお話がしたいだけなの。そこにいるのかしら? ちょっと代わっていただけないかしら』


「……もう二度とかけてくんな!」


 寺崎は吐き捨てるようにそう言うと、電話機本体に受話器をたたきつけた。即座にモジュラージャックも引き抜く。


「紘? いったいどうしたっていうの?」


 心配そうに問いかけるみどりを横目に、寺崎はため息をつきつつソファに腰掛けた。


「おふくろ、これ見てくれ」


 寺崎は昨日、学校の帰りに買ってきたジャパンサンデーをカバンから取り出すと、机の上に放り投げる。みどりはそれを手に取ると、首をかしげつつページを繰っていたが、その手を止めると目を見開いた。


「まあ、これ、紺野さんじゃない」


「先週、渋谷で襲撃されただろ。その時の様子を雑誌社にかぎつけられて……それが発端かどうかはしらねえけど、SNSにも情報が流れまくって、今、紺野の名前と、住んでるところ、行ってる高校まで割り出されちまってるんだ」


 寺崎の話を聞きながら、みどりはじっとその雑誌を眺めやっていたが、やがて感心したようにため息をついた。


「やっぱり紺野さんって、ステキよね」


 そのお気楽な発言に、寺崎はずっこけた。


「見劣りしないもの、こっちの芸能人と比べても……この雑誌、いらなくなったらお母さんにちょうだい」


「あのなあおふくろ、危機感がなさ過ぎ……」


「必要ないわよ、危機感なんて」


 その言葉に、紺野も寺崎もあっけにとられてポカンと口を開けた。みどりは雑誌を眺めながら、やけに嬉しそうに言葉を継ぐ。


「だって紺野さん、何も悪いことはしていないのよ。電車では事故を防いだし、渋谷では車を止めたし……。ヒーローじゃないの。いいのよ、堂々としてれば」


 寺崎はあきれたようにため息をついて肩をすくめる。


「そういうわけにもいかねえんじゃねえの? こいつは堂々と大勢の前で力使ってんだから。そこんとこ突っ込まれたら……」


「分からないことは分からないって、しらを切り通せばいいじゃない」


 目を丸くして自分を見つめた寺崎に、みどりはにっこりと笑いかけてみせる。


「そうしたら、多分他の人たちが都合がつくように話を作ってくれるわ。大丈夫、そんなに心配しなくても平気よ」


「おふくろのポジティブシンキングも、ここまでいくと見上げたもんだよな」


 あきれ果てたようにつぶやきながらも、寺崎は少し気が楽になったのか、脇にたたずむ紺野を見上げて笑いかけた。紺野も、苦笑まじりに笑い返す。

 するとみどりは雑誌を眺めながら、何気ない調子でこう言った。


「さっきの雑誌社の取材、受けましょ」


 突然の爆弾発言に、寺崎は驚いてしばらくものが言えなかった。


「っと、それ、どういう……」


「逃げるから追いかけてくるの。堂々と、お見せできるところはお見せしましょ。その代わり、隠すべき所は絶対に出さない。そうすればそのうち飽きて、騒ぎはうそのように収まるから」


 寺崎はしばらくの間、口をあんぐり開けてぼうぜんとしていたが、あきれ果てたようにつぶやいた。


「……すげえ極論。まさかそう来るとは思わなかった」


「大したことはないのよ、大人の世界も。あっという間に過ぎるから。そうよね、紺野さん」


 笑顔でみどりに振られて、紺野はしばらく何か考えているようだったが、やがて深々とうなずいた。


「みどりさんのおっしゃる通りかもしれません」


「おい紺野、おまえまで……」


「じゃ、取材を受けるのでいいですね」


 笑顔でみどりが問うと、紺野はうなずいて頭を下げる。


「お願いします」


「あー、俺、どうなっても知らねえぞ」


 寺崎はただ一人、大きなため息をつきつつ天井を仰いでいた。

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