第8話 アラクネ
「とかなんとか言って安請け合いをしたけど。 山、真っ暗だな」
エリンディアナの街の外壁を抜けた先にある小高い山は、標高はそんなに高くはないものの、鬱蒼と生い茂る木々のせいで夜になれば月明かりさえも閉ざし完全なる闇を作り出す。
背の高い木々は、一つ一つが巨人の影法師のようで、手に持ったランタンの明かりだけが心細くクレールとトンディの足元を照らす。
「問題ない……山は得意」
しかし、そんな暗闇の中でもトンディは昼間のように森の奥深くまで進んでいく。
もとより森とともに生きるラヴィーナ族。しかも暗闇の中で罠を解除できるほどの鋭い感覚を持った彼女にとっては、この程度の暗闇は障害にもなり得ないようだ。
「頼りにしてるよ」
そんなトンディに対し、クレールはそう零すと、トンディは「任せて」と言ってさらに奥へと進んでいく。
森は奥へ進めば進むほど静けさを増す。
聞こえるとすれば、湿った土を踏む音と、クレールが踏んだ木の枝が折れるぱきりという音くらい。
お互いの心臓の音すらも聞こえてきそうな静けさに。
トンディは緊張するように、息を飲んだ。
「……すごい静か。 森が息を殺してる」
「どういうこと?」
「動物も、植物も、森が魔物を恐れて隠れてる……しかもここにいる魔物、それを利用して静寂に溶け込んでる。 強力で……それでいて頭もいい」
「なるほど……そうなると、クエストにも書いてあった通り、魔物がいるのは分かるけど正体は掴めないってことか?」
「……普通の人ならね……だけど、ここまで綺麗に隠れられる魔物は限られてくるから。あとは。 じゃん」
そういうとトンディは、バッグの中から瓶を取り出しクレールへと見せつける。
瓶の中には、薄緑色に光る虫のようなものが詰められている。
「これって」
「タンポポの綿毛に、ヒカリダケのエキス塗りつけたやつ。前にクレールがくれた」
「あぁ、トンディが蛍が見たいって言うから代わりに作ったやつか……でもなんで今そんなもの? 確かに光ってるけど、あたりを照らす程じゃ……」
「まぁ見てて」
そう言うとトンディは瓶から手のひらにタンポポの綿毛を取り出すと。
「ふーーー‼︎」
上空に向かって勢いよく息を吹きかける。
キラキラと蛍のように空を舞うタンポポの綿毛。
その姿はまるで妖精がワルツを踊っているようでもあり、クレールはその様子を言われるがまま見守っていると。
……不意に、空を舞っていた光が動きを止める。
落下したわけではない。
まるで空間に固定されたかのように……縫い付けられたかのように不自然に動きを止めた光る綿毛たち。
「やっぱり……アラクネ」
その言葉にクレールは上空を見上げると、闇夜に赤く光る瞳が映し出され、ランタンを上へ掲げると、そこには巨大な蜘蛛が獲物を値踏みするように二人を見下ろしている。
「ななっ、なんじゃありゃあぁ‼︎?」
「アラクネ……ああやって森の上空に糸を貼って森一つを縄張りにする魔物。 森の上から獲物をさがして、上空から遅いかかって獲物を捕らえる」
「怖っ‼︎?」
クレールの大声に、蜘蛛は発見をされたことに気がついたのか。
キシキシと体の軋む音を響かせながら、木を伝い直接二人を捕らえるために地上へと降りてその全貌を明らかにする。
巨大な体は、クレールの体よりもはるかに大きく、アゴは人間程度ならば一口で丸呑みにできるほど巨大。
「気をつけてクレール、こいつ、場合によってはドラゴンも捕食するようなやつ。 別名ドラゴンイーター」
「ドラゴン食う蜘蛛なんて聞いたことないよ‼︎ 倒せんのかあんなの?」
「蜘蛛だから装甲は薄い。 私の弓も、クレールの銃も通用するはず……でも」
トンディはそういうと、背負った弓を番えてアラクネへと放つ。
魔力が込められた一撃は、通常の弓よりも早い速度でまっすぐアラクネの額に向かい遅いかかるが。
額に届く少し手前にて、蜘蛛は放たれた矢を鬱陶しげに前足をふるって叩き落とす。
「器用だなあいつ」
「うん、器用で素早い。 きっと銃弾でもあの前足に弾かれちゃう」
「勝ち目ないじゃん」
「大丈夫、クレールと私なら……信じて」
弱音を吐くクレールに対し、不安げにじっ、と見つめるトンディ。
それに対してクレールは苦笑を漏らすと静かに銃を抜いた。
「冗談だよ、一回でも疑ったことあるか?」
「ないね……それじゃあはいこれ」
返答に満足げに頷くと、トンディはなにかを投げて渡す。
「なんだこれ? 水の入った皮袋?」
「お昼のコーヒー……。 蜘蛛が浴びると酔っ払って隙ができるからちょうどよかった」
「そうなんだ……コーヒーで酔えるなんて羨ましいやつだな」
少しずれた感想をクレールは漏らしながら、皮袋をポケットへとしまう。
「接近戦はよろしく。 援護するから、隙ができたらそれを投げつけて怯んだところをトドメ」
「はいよ……トドメは何でいく?」
「ダブルクロス」
「了解……じゃあ、戦闘開始だ‼︎」
トンディの作戦に対しクレールは力強く頷くと、弾けるように蜘蛛へと接近を開始する。
「キシッ、キシシ」
その接近を戦闘の合図ととったのか、アラクネはクレールに対し蜘蛛の糸の塊を放つ。
粘着性の糸を塊にして吐き出すだけの単純な攻撃ではあるが、搦めとられればドラゴンさえも身動きを封じられてしまうその攻撃は、クレールにとってはたとえ体をかすめただけでも勝負を決してしまうだけの力を有する強力な砲撃。
「……甘い甘い」
だが、クレールは真正面に飛んでくる糸を避ける動作もなくそう嘲るように笑う。
同時に背後から飛んでくる弓矢が、その蜘蛛の糸の塊を打ち抜き軌道をそらした。
「キシッ‼︎?」
糸が弾かれたアラクネは驚愕をしたように不気味な声を上げると。
接近戦を嫌ってか、前足を振るい迫るクレールを牽制しようとする。
「チャーンス‼︎」
だが、所詮それは狙いの定まらない時間稼ぎの一撃。
クレールは迫る前足を体をひねって回避すると、そのままアラクネの眼前へとおどり出て銃を構える。
「キシッ‼︎?」
「この至近距離なら、銃弾は弾けないだろ‼︎」
クレールはそう叫ぶと、愛銃、38口径リボルバー「スミス」の撃鉄を落とす。
火薬の弾ける音とともに、秒速360mの速度で頭蓋へと迫る鉛玉。
小さいと言えども、脳を撃ち抜けば致命傷に至るその弾丸は左右から同時に放たれ蜘蛛を穿つ。
だが。
「キシッ」
鉛玉は蜘蛛の眼前でピタリと静止をした。
弾かれたわけでも、外れたわけでもない……鉛玉はその大きな牙で摘まみ取られていた。
「あーなるほど、お口も器用なのね……」
蜘蛛は嘲るように首を振るうと足元に鉛玉が転がる。
気がつけば目の前には鋭利な前脚と、巨大なアゴ。
追い詰めたつもりが自ら口の中に飛び込んでしまったようなものであり、銃弾を受け止めた巨大なアゴが眼前へと迫る。
「やば……」
回避は間に合わず、クレールの脳裏に頭を噛み砕かれるイメージがよぎる。
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