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第5話 違いのわかるゴブリン亭

赤土色のレンガが敷き詰められた商店街は、夕日の色を吸ってまるで黄金のような輝きを放つ。

道行く人を見れば、皆が皆大きく膨らんだ買い物袋を抱えており、そんな人々の間をすり抜けるように子供たちは笑い声を上げてかけていく。


大陸の中心地に位置するここ、エリンディアナの街は小麦と羊毛が名産の田舎町。

お世辞にも先進的な街であるとは言い難いものの、魔王との戦いとは無縁であるがゆえにのどかで平和な生活を約束された場所。


「あっまあーい‼︎?」


そんなのどかな場所だからこそ、クレールのこんな呑気な声も当たり前のように街に溶け込んでいく。


「……これが、アップリュパイ……パンケーキより美味しい」


口にリンゴのソースをつけながら、クレールとトンディは甘いお菓子に瞳を輝かせる。


最近オープンし絶品と評判のこの店【違いの分かるゴブリン亭】は、この国では珍しいゴブリン族が経営する居酒屋であり、夕暮れ時にもかかわらず店は大繁盛。

店の中を見回すと、小さなゴブリンがせわしなく床を走り回ったり転げ回ったりして仕事をしているのが見える。


「ゴブリン族は食に対するこだわりが凄まじいとは聞いたけれど、こんな……こんなおいしいものが作れるなんて‼︎?」


「まぁ、頼んだのはホットケーキのはずなんだけどね」


「ご愛嬌ご愛嬌‼ ︎ ゴブリンの店で頼んだものが出てくる方が珍しいって。けど出てくるもん何でも美味いからみんな許しちゃうんだよね」


「……なるほど……たしかに、これは許せる」


ぱくりとアップリュパイを口に頬張り、幸せそうな表情をうかべるトンディ。

それにクレールは「だろ?」と呟くと。自らもアップリュパイを口に頬張る。


ゆったりと流れる時間。ダンジョン探索の疲労など彼方へと飛んで行ってしまう至福の時に、クレールもトンディも砂糖のように表情がとろけていく。


そんな中。


「あっ……」


小さくクレールから声が漏れ、その表情が青く染まっていく。


「どうしたの?」


「ごめん……財布忘れた」


「またか……」


じとっとしたトンディの目に、クレールは拝むように手を合わせて頭をさげる。


「ほんとごめん……すぐ取ってくるから」


「いいよ。多分そうなると思ってたからお金大目に持ってきてる。 立て替えておくから、後で返して」


「うぅ……いつもありがとうトンディ」


「もう慣れたから大丈夫。 まぁ、 魔物退治に銃を忘れた時は流石に死を覚悟したけど」


「半年も前のことを掘り返すなよー‼︎ それにあの時は間違えて納品用のレプリカと自分の銃を間違えちゃっただけなんだって」


「ちゃんと片付けないから」


「それ以降は納品棚は整理してるだろー?」


「私がね」


「……どうぞ、アップリュパイをお納めくださいトンディ様」


「わかればよろしい」


その姿にトンディはむふーと満足げに鼻をならすと、クレールから差し出された最後のアップルパイを平らげる。


「美味しかった」


「うん、お陰でもうお腹パンパンだよ」


お腹をさするクレールに、トンディは腰にぶらさげた懐中時計を見て息を漏らす。


「だけど時間も時間だし、もう行かないと」


「まだコーヒー全然残ってるけど……って何してんだトンディ?」


「何って、革の水筒に入れてる。これでいつでも飲める。 合理的」


「革袋コーヒー臭くなりそう……」


「洗えば案外平気。 さて、いこっか」


革袋にコーヒーを詰め終わると、トンディは手に持っていた呼び鈴をちりんと鳴らす。

するとバタバタと忙しなく、ひとりのゴブリンがトンディたちの前にやってきた。


「ゴブゴブ‼︎ お待たせしやした‼︎ ご注文伺うゴブ‼︎」


「今食べ終わったところだよ。 ご注文じゃなくてお勘定頼むよ」


「そうゴブか、お勘定ゴブね‼︎ アップリュパイ二つで銅貨二枚ゴブ‼︎」


「随分安いな……今時、卵でもそんな安くないけど、値段間違ってないか?」


「間違いないゴブ‼︎ 安くて美味しい、ゴブたちはそう言うお店を目指してるって、姉さんも言ってたゴブ。 だから、安くすれば安くするほど姉さんもきっと喜ぶ……」


「わけあるかあぁ‼︎ 店潰す気か‼︎」


「ごぶふっ‼︎?」


ごつん、という音が響き、ゴブリンの脳天に鉄拳が落ちる。

絵に描いたようにその場に沈んでいくゴブリンを見送りながら拳の主を見ると、そこにはドワーフ族の少女が立っていた。


「まったく……銀貨だっていつも言ってるのに、どうしてすぐに忘れちゃうのかなぁ……」


「……えっと」


「あぁ、ごめんねうちのゴブが。 こいつら料理の腕は確かなんだけど、どうにも物覚えが悪くてさ」


「あなたは?」


「私は料理長のペコリーナ・キャンティ・トスカーナ。 みんなにペコリーナって呼ばれてるからあんた達もペコリーナでいいぞ」


「珍しい名前……外国の人?」


「まぁ、出身はリタリカ王国だから外国っちゃ外国だね。 あっちこっち流れてるから生まれなんてあってないようなものだけど……それよりも、私たちの料理は気に入ってくれた?」


「あぁ、すっごい美味しかった。あんなアップリュパイ食べたことないよ」


「へへーん、そうだろうそうだろう? ゴブリン族は料理に対して一切の妥協を許さないからね、オツムがちょっちー弱いのが玉に瑕だけど、ここにいるゴブリン達は全員、王城の専属シェフにも劣らない超一流の料理人達。 どんな料理も絶対に後悔はさせないって、この私が保証するよ‼︎」


「すごい自信……」


「でも、納得の腕前」


「気に入ってくれたなら是非夜も来てほしいな。 最高のゴブリン料理に最高のお酒でもてなすからさ」


「それは、すごい楽しみ……あ、私トンディ。 そしてこっちが相棒のクレール」


「よろしくペコリーナ」


「クレール?」


トンディの紹介に、ペコリーナは一瞬なにかを考えるような仕草を見せる。


「どうかした?」


「いや、クレールって、もしかしてだけどあなた、遺物使いのクレール・アルバス・クラリオーネ?」


「え、あっ」


名前を隠しているわけではないクレールであったが、突然瞳を輝かせるように手を握るペコリーナに、目を白黒させる。


「やっぱりクレールなんだね‼︎ 私達世界中で店開きながら冒険者もしててさぁ、まぁ、ランクはまだBランクなんだけど、まさかこんなところで最強のSランクパーティー【クロノス】のメンバーにあえるなんて‼︎」


「えっと……その、私はもう……」


クレールの瞳がわずかに曇り、口ごもる。

自分の素性を隠しているわけではない。

それでもクロノスという言葉は未だにクレールという少女の心を蝕んでいた。

しかし、そのような事情を知らないペコリーナは、クレールのわずかな表情の変化を読み取れるわけもなく、言葉を続ける。


「私、クロノスのファンなんだ。 ここにクレールがいるってことは、もしかして勇者グレイグも……」


「人違い」


ぴしゃりと短く、しかし明確なトンディの否定が会話の中に割り込まれ、強制的に会話は終了させられる。


「へ?」


「同じ名前なだけ。クレールは勇者とはなんの関係もない」


「あ、え? そうなの……ごめんなさい、私てっきり」


トンディの嘘に、ペコリーナは乾いた笑いを浮かべて謝罪を漏らすが、トンディは小さく首を振る。


「気にしないで。 ところで、アップリュパイは二つでいくら?」


「え? ああ。 銀貨二枚だよ」


アップリュパイの値段をきくと、トンディは「銀貨ね……」と呟きながら懐から二枚の銀貨を取り出す。


「はい……とっても美味しかった。 ご馳走さま」


「え? あぁ、どうも……?」


「いこ、クレール」


「あっ、ちょっ……トンディ‼︎? 引っ張るなって」


表情の暗いクレールの手を引いて足早に店を出て行ってしまうトンディ。


「またのお越しをお待ちしてるゴブー」


二人の急な変化に、ペコリーナは首を傾げ。 そんな料理長の代わりに頭にたんこぶをこしらえたゴブリンが手を振って二人を見送る。


やがて、二人が雑踏に消えたのち。


「なぁ……もしかして私何か、まずいこと言ったかな」


「多分ゴブ」


騒がしい店の中で、二人の声が静かにひびいたのであった。



「なぁ、トンディ……その、さっきのは、助けてくれた……でいいんだよな?」


夕暮れの商店街。 目的地のガラクタ屋に向かう最中、クレールは恐る恐るそう先を歩くトンディに問いかける。


「まぁね」


その質問に対し、トンディは質素な相槌を返すのみ。


「その、ありがとう」


「感謝されるようなことはしてない。 クレールの方こそ大丈夫?」


「わ、私は大丈夫だよ‼︎ そもそも、素性を隠してる訳でもないし‼︎ ただ、ちょっと驚いちゃったのと……いきなりだったからつい、昔のこと思い出しちゃっただけで」


「大丈夫じゃない」


「あーうん……確かにそうだな、ごめん……助かったよ」


「別に、困ってたから助けただけ。 冒険者なら当たり前」


当然というように鼻を鳴らすトンディ。 その頬は少しだけ紅潮しており、クレールは質素な返事はトンディの照れ隠しであることを悟る。


「ふっふふ……当たり前かぁ。やっぱりすごいなぁトンディは」


クレールはそんなトンディに口元を緩めると、感謝を込めて優しく耳と耳の間を撫でる。


「ふひゃぁ‼︎?」


「えらいぞートンディ、ご褒美になでなでだ‼︎」



「あああ、頭、撫でない‼︎ 子供扱いしない‼︎ これでも私、クレールよりお姉さん‼︎」


「まんざらでもない顔して凄んだって無駄ですよーだ、ほれほれほれほれほれー‼︎」


「んむうううーーーーー‼︎‼︎」


ダンダンと地団駄を踏むように足で地面を蹴りつけるトンディ。

しかし悲しきラヴィーナ族の習性か。 頭を撫でられるトンディのその表情は、それはそれは幸せそうに緩んでいるのであった。



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