27話 殴りアコライト・ナグリヤッコ
「はいはい……」
首を折るように銃身を降り、中から薬莢を捨てて弾を込めるクレール。
さっきまでの頼もしさは何処へやら、そんな相棒の姿に「もったいない」と呟きながら、番えた弓をクマ二頭に向けて放つ。
「ごっ‼︎?」
「がぁ‼︎?」
肩を撃ち抜かれ、二頭のクマは姿勢を崩してその場に転倒をする。
銃弾を貫通しない骨格を持つクマ。 ただ肩を打つだけでは骨に弾かれて大したダメージはおろか怯ませることも難しいが。
関節を撃ち抜かれ外された場合は話は変わる。
肩の骨と腕の接合部。 その関節を先程からトンディは正確無比に狙い撃っている。
立ち上がるにも、攻撃を仕掛けるにも前足を使用するクマにとって、肩の脱臼は戦闘不能になるには十分な負傷である。
だが……言うは易し。 目に見えない肩の肩甲骨と腕の骨の接合部。
当然撃ち抜くには狙撃の腕はもちろん、魔物の生態を知り尽くしていなければならず。
それを二頭同時に撃ち抜く技量はもはや神業に近しく。
「すごい……」
ヤッコは素直に息を飲む。
だが。
「べああああああぁ‼︎?」
「トンディ‼︎ 一頭残ってるし残りの二頭も迫ってきてて、あわわわ、やばいって‼︎」
「くっ……仕留めきれない。 こんなことなら毒矢持ってくるべきだった」
肩を射抜かれながらも、片腕になりながら二人へとクマは迫る。
頭を地面に擦り付けながらも、飛びかかるように走るクマ。
機動力こそ半分以下に下がったが、三体も集まれば脅威には変わりなく。
トンディはブーツナイフを引き抜き、クレールの救出に向かおうとするが。
「ここまでしていただければ大丈夫です‼︎ 私に、お任せを‼︎」
トンディが木から飛び降りようとすると同時に、ヤッコはメイスを持ってクマの前へと躍り出ると。
【フルスイング‼︎】
襲いかかるジャイアントベアの腕に向かい、メイスを振るう。
ボギリ、という鈍い音。
それはヤッコの腕が折れた音でも、メイスが砕けた音でもない。
ヤッコの一撃により、クマの腕がへし折れた音だ。
「う、うそだろぉ‼︎?」
腕を折られ、驚愕に声を上げるクレール。
当然その驚愕は腕を折られたジャイアントベアも同様で、惚けるように自らの折れた腕を見つめるクマのこめかみに、体を一回転させたヤッコの一撃が突き刺さる。
「ぐまああぁあ」
頭を撃ち抜かれたクマは白目を剥き、そのまま吹き飛ばされて木の幹に叩きつけられだらんと首をたれ下げさせる。
「……なんちゅー馬鹿力」
「どぅううううらああぁ‼︎」
素早く肩を撃ち抜かれて機動力の削がれたクマの頭蓋を粉砕すると、ヤッコは奥からさらにやってきたジャイアントベア二頭に突撃を仕掛け、そのメイスにて腹部を叩く。
だが。
「ベアああああぁ‼︎」
「きゃっ‼︎?」
踏み込みが浅かったのか致命傷を与えることができなかったようで、ジャイアントベアの一撃を腹部に受けて全身から血を吹きだし地面を転がる。
「お、おい‼︎? もろに食らったぞ」
「クレール‼︎ ショットガンは?」
「装填完了だ、救出に向かう‼︎」
トンディの指示にクレールはショットガンを構えてヤッコの救出へ向かおうと走るが。
「必要ありません‼︎」
だらだらと血を全身から噴き出しながらも、ヤッコは立ち上がりそうクレールを静止する。
「必要ないって……ヤッコその傷どう見ても致命傷……」
「いいえ、臓器破裂は作り直せばいいのでダメージゼロです‼︎」
「何いって……っ‼︎?」
頭でも打ったのか? と疑問符を浮かべるクレールであったが。
えぐり取られたように血が噴き出していたヤッコの腹部が、時間が巻き戻されていくかのようにみるみる治っていくのが見える。
【ヒールオール‼︎】
僧侶、司祭、神官にのみ許された回復魔法。
医術でも医療でもない、魔力による肉体の修復は、神の奇跡を借りた超自然的奇跡であり。
並みの術師であれば全治二週間の怪我を三日で治す……程度の力しか持つことは叶わない。
しかしアリアン教会の中でも最高位の回復魔法を有する神官はその膨大な魔力と技術、そして鍛錬により、瞬時に傷を修復することが可能としており。
その神官の中でも極限まで近接戦闘能力を高めた人間を教会内では聖女と呼ぶ。
つまり聖女とは、継戦能力を極限に高めた戦士の呼称であり。
ナグリヤッコ・シャトー・マルゴーは聖女の中でも、過去最高の怪力を誇る戦士として、歴史に名を刻んでいる。
「まだまだああぁ‼︎」
瞳を光らせ、ヤッコは立ち上がると再びジャイアントベアへと突進を仕掛ける。
正面からの策もない突撃。
振り下ろされたメイスは鈍い風切り音をかなでながら、クマの頭蓋を撃ち抜いた。
「ぐまあぁ?‼︎」
「主は申された、運命尽きぬ限り人の命は尽きぬ。神に愛される限り運命は尽きぬ。
これすなわち神に愛されし我らアリアンの使途こそ、命運尽きることなき不滅の戦士。
これすなわち、死するものすべて神に見放されし邪教なり‼︎ 邪教死すべし‼︎ エエェイイッリエエェェン‼︎」
殴られては殴り返し、殴られては回復し暴れ狂うヤッコ。
「あいつ、自分の倍以上あるクマ殴り殺してんぞ? 一体どういう骨格してたらあの細身であの威力叩き出せんだよ」
「投げ飛ばしたクレールがいうセリフじゃない」
「え? いや、投げるのはほら体の仕組みを使えば簡単だし」
「……これだからおっぱいの大きいやつらは、常識が通じない」
ぶすっとふてくされるように頬を膨らませるトンディは、安全と判断したのか木から降りて機動力の削がれたクマの急所に弓を突き刺していく。
「これで、終わりです‼︎」
きがつけばクマの群れは全滅しており。最後のクマを殴り倒すとヤッコはぶんとメイスを振るい血を払う。
「「おー」」
パチパチと二人はヤッコの戦いを賞賛するように手を叩き、恥ずかしげにヤッコはその拍手にぺこりと頭を下げた。
「その、いかがでしたでしょうか?」
服はボロボロ、服の裏側に縫い付けられた防護用の鉄板にはくっきりとクマの爪の跡。
だが、その純白な肌には傷一つなく、背中に受けた傷跡は煙を上げて凄い勢いで治っていく。
「えと、色々と凄いし、かっこよかったけど」
そんな姿に、トンディとクレールは互いに顔を見合わせる。
「けど?」
「「聖女というより、アンデッドだよね」」
「アンッ……‼︎?」
乾いた笑いとともに溢れた言葉は。
静かに、しかしたしかに森に反響をした。
ヤッコはその言葉に、最後まで反論ができなかったという。