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19話 トンディの卵と大事件

「ふんふーん……ふんふんふーん♪」


鉄の香りと百合の香水の香りが混ざり合うクレールの工房。


手に入れたアルミにヤスリをかけて粉末状にするクレールの傍。トンディは積み上げられた本の上で上機嫌で鼻歌を歌い、白銀にかがやく球体を我が子のようになで付ける。


「トンディ……帰ってきてからずっとそんな調子だけど。それ絶対孵らないと思うんだけど」


「そんなことない。 命がある金属もいるって言ったのクレール」


「いや、確かに言ったけどさ。卵から孵る機械なんて聞いたことないし……そもそも鉄の時代の遺物だったら、卵だったとしても孵らないでしょ」


「クマノミムシの卵は乾燥させて五百年放置しても、水をあげればちゃんと孵化する。 これもきっと同じ……私には分かる」


むふーと鼻を鳴らすトンディに、クレールは「だめだこりゃ」と肩をすくめる。


「……っていうかまさかトンディ、お前それ抱えてギルドに報酬受け取りに行ったんじゃないよな?」


「行ったよ?」


「おいまじかよ……何か言われなかった?」


「そういえばお大事にって言われた、私が産んだと思われたかな?」


「頭おかしくなったと思われたんだよ……」


「解せぬ」


「解せるわ」


呆れたと言わんばかりにクレールはため息を漏らす。


「心外な……あ、そうだ。ギルドで思い出した、ダンジョン探索の報酬はミノタウロスのツノも合わせて金貨十枚、ちょっとサービスあった」


「この前のSランククエストに比べたら見劣りはするけれど、それでも結構奮発してくれたな、ギルドの方は」


「まぁ、ね。ただ、キリサメに新しく入ったAランククエスト受けて欲しいって頼まれた。断ったけど」


「それ、賄賂っていうんじゃないか? 大丈夫かうちのギルド……」


トンディの言葉に顔をひきつらせるクレール。

大丈夫だよ……とトンディは言おうと口を開きかけたが、Aランククエストが隠居同然のSランクに頼らないと解決できないという現状に、一つ頬を汗が伝う。


思ったよりもうちのギルドやばいんじゃ……。


そんな疑問が脳裏をよぎると同時に。


ゴーン……ゴーンと、二人の不安をかき消すように夜を告げる鐘の音が街に響く。


「わ、もうこんな時間……ご飯にしよっか、クレール」


「そうだな。ヤスリがけと加工もだいぶ終わったし、ご飯にしよう。 今日のご飯は?」


「みんな大好き、人参ステーキ」


「……それ、ステーキなのか?」


「心頭滅却すれば、人参もまた肉……Byトンディ」


「あんたじゃん」


「私だ」


鼻歌交じりに卵を撫でながらキッチンへと向かうトンディを見送り、クレールはやれやれともう一度ため息を漏らした。


「とかなんとか言うけど……作る料理はなんでもうまいんだよなぁトンディ」


悔しそうにそうクレールは漏らすと、フォークとナイフをお皿の上に置き「ごちそうさま」と手を合わせ、トンディは勝ち誇った表情で胸を張る。


「心頭滅却すれば……」


「それはもういいって」


「むぅ」


クレールの言葉に口を膨らませるトンディ。

そんな様子に「子供か」とツッコミをクレールは入れながら、機嫌取りも兼ねて空になったトンディのティーカップに紅茶を注ぐ。


ふとトンディの胸部分に目をやると、上着のポケットから顔を覗かせる小さな卵が見えた。


「計ったかのようにサイズがぴったりだな……その卵」


「運命感じる」


注がれたティーカップを口を付け、トンディは勝ち誇ったように鼻を鳴らす。


「安っぽい運命だことで……。 さて、食器洗うけど、トンディのも下げて大丈夫?」


「うん、いつもありがとうクレール」


「ご飯作って貰ってるからおあいこだろ? あ、今日の新聞、いつものとこね」


「はーい……」


食器をキッチンに運ぶクレールにトンディはそう気の抜けた返事をすると、椅子の下にあるケースから新聞を取り出す。


エリンディアナ周辺及び各国のニュースをまとめたこのエリン新聞は、この田舎町で外国の情報を得られる唯一の情報網であり、情報不足による領地の衰退を危惧した領主の全面的な資金援助により、今では各家に年間金貨一枚という良心的価格で配布されている。


田舎町であるがゆえに若干情報は遅いものの、領主の持つ情報網から入る情報であるため信用性が高く、近くの田舎町ではわざわざこの新聞を入手するためにやってくる人間もいるほど。


この新聞を夕食後に読むのはトンディの密かな楽しみでもあり、ティーカップに残った紅茶をすすりながら新聞を開く。

いつもであればさして興味を引くニュースがなく、流し読みで終わってしまうのが日常であるのだが。 今日は珍しく、開いてすぐにとある記事に目が止まった。


「なになに……バルチカンの街で、司祭6人が襲撃され重傷、聖女が行方不明……だって」


「バルチカンの聖女ってことは、あのアリアン教会の?」


「そうだね……いつも新聞に写ってる人が、写真に出てる」


キッチンで皿洗いをするクレールに、トンディは振り返り記事を見せると、確かにそこにはアリアン教会の聖女、マルゴーの絵が描かれている。


「本当だ……大事件じゃん」


「バルチカンでは大騒ぎ……ここから馬で二日はかかる距離にある外外国なのに、これだけ新聞に大きく取り上げられてる」


「まぁそれだけ……アリアン教会の力は大きいって証拠でもあるよな。 冒険者ギルドだって、アリアン教会には頭上がらないし」


「うん……でもそんな強大な組織の中核、聖女がバルチカン内で襲撃されたってことが問題だって書いてある」


「あー確かにそうだな。司祭だって確かバルチカンの人間はsランク冒険者並みに強いって噂聞くし、そんな集団六人もぶっ飛ばすんだもんね、よほどの人数で襲ったのか、それともものすごく強い奴に襲われたのか……どちらにせよ危険だ」


「うん、魔王が現れて魔王崇拝者っていうのも出てきてるらしいし……最近物騒」


「魔王崇拝者って嫌な奴だなそれ。 なんだって魔王なんかを支持するんだ? 何かしてくれるってわけでもないだろう? ただ人を襲うだけじゃないか」


「それ、私に聞かれても……だけど、力あるものを崇拝するのは昔からある事。 納得ができなくても、人の心はそれだけ多様性がある。魔王崇拝は怖くても、その多様性を否定する必要はない……言ってることわかった?」


「ははは、面白いことをいうなトンディ。そんなことわたしがわかるはずないだろう」


食器を拭きながら笑うクレール。

そんな彼女にトンディは一瞬なにか言ってやろうかと口を開くが。

すぐに首を振って新聞を閉じる。


「……まぁ、それがクレールのいいところ、一緒にいてとても楽だし」


「はははーそうだろうそうだろう‼︎ ってあれ? 今もしかしてバカにされた?」


皮肉に、そんなとぼけた答えを返すクレール。

そんな相棒にトンディは苦笑を漏らすと。


「ふぁ〜あ……さあね」


欠伸を漏らしてそう優しく呟いた。



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