16話 ミノタウロスとの戦い
「くっそー‼︎」
薄暗いダンジョンに響く銃声となにかが砕けるような音。
飛散する瓦礫はバラバラとダンジョンに雨のように降り注ぎ、巨大な斧により体を削り取られた事を抗議するように、クレールの体を叩く。
だが、当人はそんな事気にかける様子もないようで、闇の奥から響くかすかな風切り音と赤く光る瞳に全神経を集中させて。
「ついてないなぁ」
と呟いた。
事の発端は先日発見されたダンジョンの探索依頼。
難易度Dランクという簡単な依頼に、クレールとトンディはいつものように気軽に挑んだのだが。
意気揚々とダンジョンに侵入した直後、たまたまダンジョンに住み着いていた魔物・ミノタウロスと鉢合わせをする形に遭遇をしてしまった。
機転を利かせ、なんとか接近戦で不利なトンディを魔物から引き離すことに成功をしたクレールではあったが、その代わりに現在、灯りひとつない暗がりの中での戦いを余儀なくされている。
「ぶっっもおおおおおお‼︎」
「あっぶなっ‼︎?︎ でかいくせにすばしっこいんだよ‼︎」
反響をする風切り音のみを頼りに、横から走る巨大な大斧を回避し、クレールは威嚇するよう大斧を構える魔物・ミノタウロスに向かい声を張り上げる。
「ぶもおおおおおぉ‼︎」
しかしその威嚇を意に介すこともなく、意趣返しとばかりに魔物・ミノタウロスは大声を張り上げながらクレールに向かい大斧をさらに振り回す。
当然、狭いダンジョンの中、それだけの獲物を振り回せば壁や瓦礫にぶつかるが。
その怪力と巨体から放たれる一撃に、悲鳴をあげるような音ともにダンジョンの方が破壊されていく。
「全く……まさかミノタウロスが住み着いてるなんて、ダンジョン探索にはご愛嬌とはいえ、ついてない、なっと‼︎」
ぼやきながらクレールは上段から振り下ろされた大斧を回避し、そのまま頭突きを仕掛けるように迫る大角に向かって愛銃【スミス】の銃弾を放つ。
轟音に近い銃声は、斧が瓦礫を砕く音よりも大げさに迷宮に響き。
何かが砕けるような音と共に槍のような鋭さと人の腕ほどの太さのあるミノタウロスのツノがへし折れミノタウロスは尻餅をつくようにその場に転倒をする。
「ぶっ……ぶも‼︎?」
「ありゃ……38口径ならそのまま仕留められると思ったけど、案外丈夫だなそのツノ」
それだけの破壊力を見せつけながら、意外そうな表情をするクレール。
転がる自らのツノを見て、ミノタウロスは一瞬怯えるような声をあげると。
「ぶもおおおおおおお‼︎」
跳びはねるかのように大斧を持ったまま闇へと紛れ、逃走を測った。
「あっ、逃げた‼︎ くっそー、そっち言ったぞトンディ‼︎」
暗いダンジョンの中に香る硝煙の香りと獣の匂い。
響く蹄の音は迷宮を痛めつけるかのように反響し、クレールの声と自分の居場所を掻き消そうとするが。
「大丈夫、もう目は慣れた‼︎」
そのかすかな声をトンディは聞き逃すことなく、闇に紛れるその獣の眼前に降り立つと、白い光でミノタウロスを照らす。
「んも゛おおおおおおぉ‼︎」
突然の強い光に視界を奪われたミノタウロス。しかし止まることはせず、自らを鼓舞するように咆哮を上げてトンディへと突進を仕掛ける。
神話の時代より、ダンジョンに潜み迷い込んだ子供を食らうとされる迷宮の怪物は、その伝説を再現するようにトンディの倍ほどもある大斧を振るい突破を図る。
しかし。
「……牛は鼻先に神経が集まってるから」
その一撃をトンディは正面に跳んで回避をし、その勢いのままブーツナイフをミノタウロスの鼻に突き刺す。
「ブッ‼︎? モオオォォ‼︎」
激痛と共に斧をとり落すミノタウロスは、がくりと膝をつく。
「よし……ちょっと汚いけど動きは止まった。 クレール、トドメよろしく‼︎」
ミノタウロスの鼻に刺さったナイフをえぐるように抜き取り、トンディはクレールの頭上を飛び越えるように跳躍してそう叫び、その声に呼応するようにクレールは両手に持った38口径回転式拳銃【スミス】の撃鉄を一斉に撃ち鳴らす。
【クイックドロウ‼︎】
銃声は二つ。
されどその体を穿つは四つの弾丸であり。
全てをその身に受けたミノタウロスは体に巨大な穴を四つ開けてその場に倒れる。
ミノタウロスの運命はここに潰え、ダンジョンは祭りの後のごとく静寂を取り戻す。
「……ふぅ、一丁あがりと」
「おつかれクレール。 怪我してない?」
「アラクネに比べればまぁ弱かったからな」
「そっか……よかった」
「しかし、ダンジョンに入ってすぐにミノタウロスと交戦とは、今日はついてない1日になりそうだよ」
「そうでもない、ミノタウロスはダンジョンの奥で魔物食べて生活する魔物。表近くに出てきてるのは、迷宮の魔物食べ尽くして外で狩りをしながら引っ越しの準備をしている個体だから。ダンジョンには魔物残ってないはず。今日はラッキー」
薬莢を捨て、銃弾を装填しながらぼやくクレールにトンディはそう語ると、リュックサックを背負い直してダンジョンの奥へと歩いていく。
はじめてのヘッドライトの使用感は絶好調のようであり、トンディの鼻歌が小気味よく迷宮に響く。
「お、おいトンディ、置いてくなって……わきゃあぁ‼︎?」
そんなトンディを追いかけようとクレールは後を追うが、自分の破壊したミノタウロスのツノに躓いてすっ転ぶ。
「クレール、大丈夫?」
カラカラと床を転がるツノの反響音は、そんなクレールに「ざまあみろ」と言っているかのようであり。
「ついてない……」
クレールは涙目になりながらそう呟いた。