15話 勇者とギルドマスター それぞれの思惑
グレイグside
「なんだよ、これ」
目の前に転がる暴食の魔王ガルガンチュアの死体。
それを見て勇者グレイグは怒りを込めてそう呟く。
この一年追い続け、ようやくこの場所に誘い込むことができた魔王ガルガンチュア。
大損害をだしながら敗走した半年前の屈辱を反省し、各国のSランク冒険者たちを集めて挑んだ再挑戦。
物流の大動脈を機能停止にし、百を超えるガルガンチュアの餌を用意して挑んだこの作戦は、決行前に魔王が倒されるという形で終了をした。
「これは、どういうことだよ……おい‼︎」
怒りを込めて魔王の死体を聖剣アロンダイトで切りつけるグレイグ。
力任せの一撃は、龍の外皮に近い高度を誇る皮膚を咲き肉へと突き刺さるが……刀身が半分埋まる程度でピタリと止まってしまう。
「聖剣すらも受け止める魔王の体に、これだけの大穴を開けるなんて……」
その隣で見ていたアリサは息を飲む。
自らが持つ全力の魔法を叩き込んだとしても、これだけの大穴を開けることは不可能。
しかもその場には交戦の後はなく、一方的にかつ一瞬で魔王は打ち倒されたのだということを物語っている。
「どういうことだよ……どういうことだよ‼︎ 俺の剣も、アリサの魔法も跳ね返したこの巨体が……なんでこんなボロクソにぶっ壊されてんだぁ‼︎ てめえ、どこの誰に殺されやがった‼︎」
無茶苦茶に魔王の死体を斬りつけるグレイグ。
しかしいくら斬ろうがその巨体には小さなかすり傷をつけるのが精一杯である。
「グレイグ‼︎ お、おちついて‼︎」
「これがおちついていられるかアリサ‼︎ 魔王を倒した奴がいるんだ。 俺以外に、勇者である俺以外に魔王を倒した奴が‼︎ そんなの許されるか? 許されるはずがないんだよ、勇者は俺だ……俺以外が魔王を倒しちゃいけないんだ……そうしないと……そうしないと俺は……勇者じゃなくなっちゃう」
腕一つ切り落とすことができず。
やがてグレイグは声を震わせて聖剣をとり落とし力なくその場に膝をつく。
「おちついて、おちついてグレイグ。 大丈夫、大丈夫だから‼︎」
「アリサ、どうしよう。 俺は、俺は世界を救わなきゃいけないのに……勇者は俺なのに」
「っ……大丈夫、私がそばにいるから……大丈夫、絶対大丈夫だから」
目の下には大きなクマができ、以前よりも痩せて細くなった腕。
ガルガンチュアに敗北したのち仲間たちは皆グレイグの元を去り、グレイグは酒に逃げるようになった。
見るからに精神状態も体も不安定。
勇者としての重責が、グレイグを追い詰めているのは明白であった。
そんなグレイグをアリサはそっと抱きしめ、グレイグは母親にすがるようにアリサの体にしがみつく。
「なんで……なんで何もかもうまく行かないんだ……きっとあの時からだ、クレールを追放した時からずっとうまく行っていない。 友達を裏切った俺を、きっとアリアンは見放したんだ」
「そんなことない‼︎ あの女がいたら、もっと悲惨なことになってたわ‼︎ なんで、なんであの子の名前が出てくるのよグレイグ……私が、私がいるでしょう‼︎?」
「うぅ……うぅ」
アリサの言葉にグレイグは言葉を返すことはない。
そこにあるのは後悔であり、アリサの姿すらその身には写っていない。
「っ……クレールッ」
そんなグレイグの体を抱きしめながら、アリサは憎々しげに唇を噛む。
零れ落ちる一筋の赤色は不穏に淀む。
しかし、その淀みを見つけ癒してくれる人間は……もうこのパーティーにはいないのであった。
◇
ギルドマスターSide
「いやー、すごい威力だったねぇ」
魔王の討伐終了後、後片付けから逃げ出したアキは一足先にエリンディアナに向けて歩いていく。
半ば騙す形で魔王討伐に無理やりトンディとクレールを参加させた彼女であったが、期待以上の戦果に満足したようにワッフルを口に含む。
「しかし、よかったのですかマスター? 我々が証人になれば、我がギルドに勇者認定がなされる冒険者が現れることになるというのに……みすみす手柄を勇者に渡すような真似をして」
現在、この世界に存在する勇者は魔王コキュートスを打ち倒したグレイグただ一人。
田舎町ゆえに軽んじられてきたエリンディアナとて魔王討伐を……しかもたった二人で成し遂げたパーティーがいるとなれば世界からの注目も資金援助も破格の数字になることは間違いない。
だがアキはそれをせずに勇者たちが出してきた自分たちが魔王を討伐したという報告をだまって受け取ったのだ。
「いいのいいのー、今ここであの二人の存在を公表したら、勇者ちゃんたちが何してくるかわからないしねぇ。 それに、今公表なんてしたら二人は王都にとられてそれこそ詰みってやつさ。 今回は魔王討伐に一枚噛んでもらって次に繋げることが重要なのさ」
「……繋がっているのは首の皮一枚ですけれどね……ところで、こんなもの持ち帰ってどうするつもりですか? マスター」
「だって、あれが見つかっちゃったら勇者ちゃんの報告と大分食い違いが出てきちゃうだろ? なにせ彼らが鉄屑と切り捨てたはずの銃弾が突き刺さってるんだから」
やれやれと胃が痛そうな表情をするキリサメは、ふと背後に視線を向ける。
「ひ、ひええぇ、重い、重いですぅ‼︎」
背後にて荷台を引きながら、スイカほどの大きさの球体を運ぶマゾ子の姿。
その球体は鉱物のようなものでできており、突き刺さるようにオリハルコン製の銃弾が突き刺さっている。
「頑張れー、ミドリコー‼︎ あと20キロだー‼︎」
「ぴゃあああぁ‼︎ き、キリちゃん遠い、遠すぎるよおぉ‼︎ 手伝ってよー‼︎」
悲鳴をあげて助けを求めるマゾ子であるが、二人は当然無視をして会話を続ける。
「魔王の心臓……機能停止をしているようですが……まさかあれを撃ち抜いて停止させるとは」
「うん、しかも1キロメートルも離れた場所だ……どんな大魔法であってもこいつには傷一つつけることはできないっていうのに、バッチリめり込んでるもんね。 どれだけのスピードで撃ち抜いたんだか想像もできないよ」
「ええ、膨大な魔力は撃ち抜かれた時の爆発によって消えてしまっています。 何に使う予定なのですか?」
「んー、そうさねぇ。 漬物石につかったらいい感じかも」
「マスター?」
「冗談だって……こいつはうちのジョーカーになるんだよ。今のうちに勇者様にはたっぷり美味しい思いをしてもらおうじゃないさ」
ふと楽しげに魔王の心臓を見やるアキ。
その笑顔は悪いことを考えているのが丸わかりなほど悪辣に歪んでおり。
キリサメは理解をしたというように続けて表情を緩める。
「なるほど、敵に塩を送るという言葉がありますが……」
「あぁ、私の塩は劇薬入り、というわけさ」