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14話 狙撃

三日後。


遮るものの何ひとつない草原に、雲ひとつない青い空。

人の手が加えられていないその場所にあるのは、ただ吹き抜ける風に合わせて踊るように身を揺らす名前すらない草や花達のみ。


そんな緑と青の支配する世界にひとつ、我が物顔で佇む黒色の塊。


太陽の光を浴びて光るその鉄の塊は、明らかにこの場所に置いて異質なものであったが。

そんなことすらも気にしないと言わんばかりに、草花は歓迎するように風に身を揺らす。


「そういうことね」


そんな黒い塊のスコープを覗きながら、腹ばいになってクレールはそうつぶやくと。


「うん、そういうこと」


双眼鏡を構えながら、標的を観察するトンディは、短くそんな言葉を返す。

二人の見つめる先にあるのは、巨大な鱗のようなものを身にまとった巨人。

緩慢な動きにより、一心不乱に牛のような魔物をつまみあげては捕食をするその姿は暴食という言葉がピタリと当てはまる。


その体躯より、それが今回の討伐対象であることは間違いなく。

レールガンの準備をしながら二人は静かに照準をその巨人に向けていた。


「……ここから一キロは離れてるってのに、随分な存在感だ」


「10mは流石に大きい……しかも、なんの魔物かもわからない」


「トンディも知らないとなると、希少種なんだろうな、何してくるかわからないし、いたずらに被害を出すくらいなら最高戦力で叩いてしまおうって王都は判断したんだろう」


「ふーん……まぁ一理ある。 それにしても食欲旺盛。 遠くてよく見えないけど、食べられてるのも結構大きな魔物」



「だよなぁ、なんであんな大人しく食べられてるんだろう?」


「きっとなにかのスキル。 麻痺毒とか、神経ガスとか……本隊に組み込まれなくてよかった。今の私たちには対策がない」


「そうだな。 トンディ、防護結界とかありそう?」


「張れるのかもしれないけれど、今は展開してないみたい。 本当にただ食事中って感じ。 どうする? 撃つなら今だけど、テーブルマナーには反するよ」


「テーブルマナーなんて言葉は、コウノトリさんにチップで渡しちゃったね。 派手に打ちかまそう」


「……それ、悪役のセリフっぽい」


くすりと笑いながらトンディはそういうと、耳をピンと立てて風を読み。


クレールは安全装置を下げ、オリハルコン製20㎜弾を【ダネル】の側部に装填する。


「準備ok。トンディ、いつも通り観測手お願い」


「前みたく勝手に照準修正しないように。クレール狙撃は下手なんだから。 何度銃弾が頭をかすめたことか」


「うぐ……ぜ、ゼロ距離で撃てば絶対外さないからいいんだよ‼︎ そのために格闘術も覚えてるんだから」


「飛び道具使う意味……腰のリボルバーが泣いてるよ?」


「うるせーやい‼︎ リボルバーが好きなんだよ‼︎ かっこいいだろシリンダー‼︎?」


「その感性は分かりかねるけど、まぁいいや、とりあえずレクティルの中央に魔物が来るようにして……そこから右に三㎜」


「あいよ……これぐらいか?」


「うん、距離があるし、この銃がどれぐらい風の影響を受けるかわからない。頭は打ち抜けないから胴体でもいい?」


「いいよいいよ、どうせ打ち損じたってグレイグが何とかしてくれるだろうし、気楽に行こう」


「了解、狙いはできれば心臓部。 あるかわからないけど」


「食事中でも胴体はそんなに動いてないみたいだからね、ほとんど腕と口だけ……横着なやつだ」


「腕に当たって阻害されるといけない。タイミングはこっちで測る」


「仰せの通りにトンディ様」


風が収まった平原。 いつのまにか草木は踊り疲れたのか静かにその場に佇む。


「風が止んだ、左に二ミリ」


「あーいよ」


微動だにせず平原に横たわるクレールと、双眼鏡を覗きながら手じかにあったタンポポをもしゃもしゃと食べるトンディ。


緊張感のないのどかな狙撃風景に、トンディは退屈そうにあくびを一つ漏らす。


「勇者たち……まだ来ないね」


「作戦開始までには時間があるからな。 そんなに遠くない場所で待機はしてるだろうけど……今頃は冒険者ギルドのお偉いさんと一緒に作戦会議の真っ最中なんじゃないか?」


「作戦会議……。 暇だしちょっと探してみる?」


クレールはその言葉に少しだけ、考えるようなそぶりを見せるが。


「いや、やめておく……こんな任務に駆り出されてるくらいだから、みんな元気だろうし」


「そっか……」


「気遣ってくれてありがとな」


「買いかぶりすぎ……そんなつもりない」


「へへ、そっか」


スコープを覗きながら感謝の言葉を述べるクレールに、鼻を鳴らして否定をするトンディ。


気恥ずかしくなったのか、トンディは話題を変えることにした。


「人がなにか食べてるの見てるとお腹空くよね……今日のご飯、何食べよっか」


「そうだな、成功したら違いのわかるゴブリンフルコース。 打ち損じたら私の手料理」


「絶対当てなきゃ、死んじゃう」


「そこまで‼︎? 私の料理そこまで酷いか‼︎?」


「……右に一ミリ」


「ノーコメントかよ‼︎」


「右に一ミリ」


「無視だし……あーもう、これくらい?」


「うん、おっけー」


「まったく……そんなにまずいかなぁ。 この前のプリンリゾットはうまくいったと思うんだけど」


「やめてクレール、タンポポお口からリバースする」


顔を青くしながら、トンディはそうクレールの言葉を止め。

クレールは「なんだよー」なんて呟きながら料理の話をやめる。



「……食べる速度、遅くなってきたね」


「やっとお腹いっぱいになったみたいだなぁ」


「手が止まったら撃つよ」


「あいよ……」


クレールは一瞬息をひそめ、トンディは風を感じるように耳をピンと立てる。


気づけば草も花たちも二人の狙撃を固唾を飲んで見守り。



やがて食事をしていた巨人は……手を止めて自らを狙う死神の方向へと顔を向けた。




それはただの偶然か。

または運命に抗おうとでもしたのか。


その真意を知ることは誰にもできない。

だがどちらにせよ。


「今……‼︎」


その瞬間に引き金は引かれたのであった。



「ぐえっ」


引き金を引いた瞬間、鈍器で殴られたような衝撃に襲われ、トンディは少女には到底似つかわしくない声を上げて後ろ向きに転び後頭部を強打する


「なんて衝撃……お帽子をかぶっていなければたんこぶだった……クレール、大丈夫?」


柔らかい平原の土に帽子のお陰でなんとか後頭部の強打はまぬがれたトンディは、ヒリヒリとする頭を抑えながら立ち上がり相棒の無事を確かめる。


幸い、クレールは腹ばいに状態であったため吹き飛ばされることはなかったようだが。

引き金に指をかけたまま呆けたように微動だにせず、トンディの問いかけにも答えない。


「まさか……クレール、大丈夫聞こえる? 鼓膜やられた?」


慌ててクレールに駆け寄り肩を揺するトンディ。

しかしそれでもクレールは反応する様子はなく……しばらくすると返事の代わりにクレールはゆっくりと膝立ちをしてトンディの方へ振り返る。


その目からは一筋の雫が流れており、トンディはギョッとする。


「‼︎‼︎ く、クレール‼︎ 大丈夫? どこか痛いの‼︎?」


「っ……か」


「か?」


「快……感‼︎ いやっほおおーう‼︎」


「おごぅ‼︎?」


奇声をあげながらトンディに抱きつくクレール。


その速度と衝撃にトンディは、大型犬の突進を思い浮かべながらなすすべもなく、もう一度後頭部を強打する。


「すごいよこの銃‼︎ なにこれ本当に最高‼︎ 発砲音も、遅れてくる風切り音も、手に伝わる反動も何もかも最高‼︎ 手がまだジンジンしてるよ」


「私は頭がジンジンしてる……」


「あ、ごめん。大丈夫?」


絞り出すようなトンディの苦言に、ようやくクレールは我に帰ったのか。

慌ててトンディの上からどく。


「まぁ……なんとか。 それで、魔物は?」


「あ‼︎ 確認してなかった、ええと」


呆れたような表情のトンディに、クレールは慌てて立ち上がり双眼鏡をのぞく。


倍率が高く設定された望遠鏡に映ったのは、こちらを睨みつけるような巨人の顔。


「あ、あれ‼︎? 立ってる。 うそ‼︎? どうしようトンディ、全然効いてない!? そ、そんなぁ、すごい威力だったのに……うぅ、やっぱりグレイグの言う通り遺物師は役立たず……」


「落ち着けクレール。よくみて」


「ふぇ? みるってどこを」


「……ふんす」


不意にトンディは膝カックンをかまし、「ふひゃあ」なんていう声と同時にクレールは地面に膝をつく。


「おいトンディ、膝カックンはびっくりするからやめろって言ってるだろ」


「いいから、その姿勢で見てごらん」


膝立ちのまま抗議をするクレールであったが、その抗議をむししてトンディは前を向くように告げ、クレールは訝しげになりながらもそのまま双眼鏡を覗く。


と。


「‼︎‼︎ な、なんだあの大穴?」


巨人の胸のあたりには、先ほどまでは確かになかった巨大な穴が空いており、ぼたぼたとそこから赤い液体のようなものがこぼれ落ちている。


体を10mだとするならばその穴の大きさはおおよそ直径1mほどであり、生物であれば間違いなく致命傷であることは誰が見ても明らかだ。


「自分で開けたんでしょうに……。まったく、おめでとうクレール約束通り今夜はフルコース。もちろん、クレールの奢りね」


言葉と同時に、双眼鏡越しの巨人の体がぐらりと揺れ、その場に崩れる。


遠方より響くズシンという音と、大地を揺らす振動。

それはまるでクレールの一撃を喝采するかのよう。


だがこの時、クレールとトンディは知る由がなかった。


彼女たちが撃ち抜いたのが、暴食の魔王・ガルガンチュアであったことを。


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