13話 反撃の狼煙、やっちゃえクレール
「ギルドマスターの推薦で箔がつくのは、大きな街や王都だけだ。 こんな田舎で平和な街の推薦を受けたところで、なんにもならないってことはあんた達が一番よく分かってるだろ?」
「要は、この街に参加条件満たしている冒険者が、私たちしかいなかった……それだけ」
額からタラタラと滝のように流れる汗が、二人の指摘が正しいという証明をしており、キリサメは何か反論をしようと口を開くも、丘に上がった魚のように口をパクパクと動かすことしかできていない。
「ギルド本部から出される依頼は原則Sランククエスト扱い。 当然条件を満たしていない冒険者を送ろうものならギルドの信用問題に関わるものなぁ……かといって派遣をしないのもメンツが立たない」
「自分たちのプライドを守るために私たちを利用しようとしてる。 そう言うのには協力しない」
「お、お前たち、言葉がすぎるぞ‼︎ マスターはな……」
「怒るなよーキリサメ。 全部本当のことだろー?」
「ううぅ……ますたぁ」
トンディの辛辣な言葉に、キリサメは一瞬言葉を荒げるが、アキは一瞥してキリサメを静止し、懇願するように二人の前に手を合わせる。
「いやまぁおっしゃる通りなんだよね。 魔物が出たのがたまたまエリンディアナに近い場所でねぇ。 ギルドマスターとしてはほかのギルドに任せっきりじゃメンツが立たないのさ。 だからこそお願い‼︎ 顔出すだけでいいから、ちょーっとピクニックして帰ってくる感覚でもいいからさ‼︎」
あっさりと自らのプライドのためであることを吐露したアキ。
その清々しさに二人は毒気を抜かれたように顔を見合わせる。
「……ピクニック感覚って。Sランククエスト、そんな気軽に行けるわけない」
「それがあるんだよー、流石にほかのギルドも私たちが戦力になるなんて期待すらしてなくってね。 私たちエリンディアナ支部に任されたのはあくまで偵察と監視。 遠距離からデカブツを観察して何か動きがあったら本隊に伝書鳩で連絡をする。それだけでいいのさ」
「偵察と監視? 魔物の大きさは?」
「だいたい10メートルくらいかな」
「10m……そうなれば1㎞くらい離れてても大丈夫か……」
「ね? 危険じゃなさそうでしょ? 最悪危なくなったら逃げてもいいって言質もとってあるからさ。 形だけはSランクだけど中身は大したことないんだって。 ちょーっとばかしミスしても、勇者グレイグがちゃちゃっと尻拭いしてくれるから、ね? だからお願い‼︎ このとーり‼︎ 依頼金にこそーっと上乗せもするから」
「グレイグ……勇者も参加するのか?」
「魔物が塞いでるのが公益の大動脈だからね、1日でも早い解決を商業協会から迫られてるんだ。一魔物にそこまでする? とは思うけど、反面安全は約束されたようなものだろ?」
色々と語るアキではあるが、クレールの耳にはそんな言葉は入ってくるはずもなく、「グレイグ」……とクレールは複雑そうな表情でポツリと呟く。
「どうする? クレール」
そんな様子にトンディは心配をするように声をかけるが。
「うーん……まぁいいんじゃない? やろうよトンディ。 一応困ってるみたいだし」
すこし考えるそぶりを見せたのち、クレールは意外にもあっさりと承諾をした。
「本当‼︎? ありがとう、ガンガンちゃん本当に助かるよ‼︎」
「ガンガンちゃんって……」
「二丁拳銃だから、ガンガンちゃん」
「ダジャレかよ」
割と失礼なあだ名に対してクレールのツッコミとキリサメの無言のツッコミがアキを前方と後方から同時にはいる。
「むぅ……まぁクレールがいいならいいけど」
そんな様子を見ながら、トンディは複雑そうな表情をしながらも、シブシブと了解を出すと。アキは瞳を輝かせてワッフルの入ったカゴを差し出す。
「うさ耳ちゃんもありがとーー‼︎ お礼に、このワッフルを特別プレゼントー‼︎」
「マスター、これはお土産のはずでは」
「細かいこと気にすんなよキリサメー、婚期逃すぞー?」
「余計なお世話です‼︎」
「あはは。 怒った怒った……あ、そうだ、それじゃこれが日付と持ち場の地図ねー、ちゃーんとキリサメが用意した地図だから安心安全なやつ。 報告は報告用の伝書鳩が当日に支給されるから」
承諾をもらうと、先ほどの懇願は何処へやら、矢継ぎ早に資料を手渡してくるアキとキリサメ。
調子のいいやつ……という感想を心のうちで漏らしながら、クレールとトンディはその資料をパラパラとめくると、そこには地図に加えて本隊の行動予定時間や地形、当日の天気の予報などが意外にもしっかりと記されている。
「……用意がいい」
「そりゃギルドマスターですし? 頼んでおいていい加減も悪いでしょ?」
「なるほど……あ、美味しいこれ」
トンディは納得したように頷くと、渡されたワッフルをひとつつまんで口に含む。
外はサクサク中はもっちり。 早朝ということもあってか焼きたてのワッフルは、口に含むと中からチーズクリームが溢れ出して口の中に広がっていき、トンディの耳がぴんと立つ。
「お、気に入ってもらえてよかったよかった。朝一で並んだ甲斐があったよー‼︎」
「私がですがね」
「だから細かいこと気にすんなって。 それじゃまた当日に、いやー助かった助かった」
安堵するように大げさに息を吐いたあと。
アキは帰ろうと踵を返すが。
「……あ、そうだ、ひとつ聞いてもいい?」
ふとトンディはわざとらしくそう漏らすと、くるりとアキは首を傾げて振り返る。
「なになに?」
「監視は引き受けるけど、その魔物……倒しちゃっても構わない?」
一瞬……アキの顔から表情が消え、その笑みが伝染するように、トンディはニヤリと口元をゆるめる。
「っふふふふ……うん‼︎ いいよいいよ、派手にやっちゃって‼︎」
トンディの笑顔に、アキも口元をニヤリと釣り上げる。
小さな少女が二人、微笑ましく笑いあっているというのに。
そこに流れる空気はダンジョンよりも不穏で重苦しい。
「今度こそじゃあねえー」
そんな不穏な空気を保ちつつ、その場から立ち去るアキとキリサメ。
「なぁ、さっきの不穏な空気、なんだったんだ? トンディ」
二人が見えなくなった後、クレールは思わずトンディにそう問いかけると。
トンディは満面の笑みを見せ。
「度肝抜いてやるチャンス。 やっちゃえクレール」
「???」
さらに謎を呼ぶ言葉を漏らしたのであった。