第12話 ギルドマスター襲来
「でっきたあああぁ‼︎」
大声をはりあげ、転がるようにクレールが工房より這い出てきたのは次の日の早朝。
トンディがちょうどタンポポコーヒーを飲みながら優雅なひと時を過ごしている最中であり。
「いや、幾ら何でも早すぎない?」
寝起きということもあってか、喜ぶよりも先にそんな冷静なツッコミを入れてしまうトンディ。 しかしクレールはそんなこと意に介する様子もなく子犬のように瞳を輝かせる。
「パーツの不足はなかったし、仕組みも単純な構造をしてるからな。それに何度も小さな模型を作って研究も重ねてたから、直すのはさして難しくはなかったぞ? 曲がった銃身を直すのに少し時間がかかったぐらいで……」
「……何言ってるかわからないけど、すごい執念だったのはわかった」
口では諦めると言っていながら、全然諦めてなかったわけだ……とトンディは心の中でひとつごちて、苦笑を漏らす。
「もう、今からでもぶっ放せる準備は万端さ‼︎」
「そかそか……おめでとうクレール」
「ありがとうトンディ‼︎ あとは起動テストも兼ねて試し打ちをしたいんだけど……どうしようかな。この前の大蜘蛛ぐらいなら真っ二つにする威力はあるんだけど」
「……すごい威力。 でもさすがにそんなものおいそれと撃てないでしょ」
「そうなんだよー。 あー、急にこの辺りにドラゴンとか飛んでこないかなー」
「そんな都合の良い話……」
あるわけない……そうトンディが言おうとした時。
「もーしもーーーし‼︎ お二人さんいるー? いるよねー、おっきな声聞こえたしー?」
ノックの音とともに、子供のような高い声が玄関の外から響く。
「こんな時間に客人?」
「珍しい……誰だろう?」
来客に心当たりもなく、首を傾げながらもトンディは玄関を開けると、そこにはトンディよりも少し背の低い少女が立っていた。
「子供?」
「やっほー。 この前はありがとねー。うちのマゾ子の不始末を片付けてくれて、感謝感謝―」
「マゾ子の知り合い?」
「お嬢ちゃんどうしたんだ? マゾ子とはぐれて迷子になったのか?」
「あれ? もしかして私子供扱いされてる? 参ったねこりゃ」
クレールとトンディの反応に、予想外と言った表情をする少女。
しかし、小柄でダボダボの子供服を見にまとう彼女はどう見ても年端も行かない少女であり、子供にしか見えない。
道行く人十人にこの少女の年齢を問えばうち八人は十五歳残り二人は十歳と答えるだろう。
と。
「ま、マスター‼︎ お、お待ちくださいー‼︎」
早朝の街にご近所迷惑も考えない大声が響き、視線を向けるとそこにはこちらに向かって全力疾走をするメガネの女性の姿。
その姿を見ると、少女は嬉しそうに飛び跳ねダボダボの袖をブンブンと振るう。
「お、キリサメー、ちょうどよかった。 どこいってたんだ?」
「どこって。マスターがワッフル買って来いって言ったんじゃないですか‼︎ 待っててって言ったのに戻ったらいなくなってるし‼︎」
「あっははは、そだっけー?」
「自由か‼︎?」
「えぇと……話が全然見えないし……それにマスターって何?」
家の前で繰り広げられる不思議なやりとりに、クレールは呆れ気味に問いかけると。
キリサメと呼ばれた女性はハッとしてクレールたちに、今に敬礼でもしそうな姿勢の正しさで向き直る。
「申し訳ない。 恩ある相手に見苦しい姿を。 私は冒険者ギルド長補佐兼秘書のキリサメ。そしてこちらが」
「エリンディアナ支部のギルドマスターをやってる、アキハバラ・カリン。 名前長いからアキでいいよー」
「ぎ、ギルドマスター?」
そんなまさかとクレールはこぼしかけるが、よく見れば確かにギルドマスターを証明する証。マスターバッジがーーー花形のバッジはどう見てもワッペンにしかみえないがーーーキラリと胸に光っている。
突然現れたギルドマスターにクレールとトンディは混乱するように互いの顔を見合わせ。
アキは一人その反応を楽しむようにカラカラと笑う。
「はははー、やっぱりこの反応だ。 みんな私のことを見ると同じ反応するんだけど、なんでかな?」
「それは、マスターの外見に問題があるのかと。 子供にしかみえませんよ、それ」
「まじかー。 若く見られてラッキーだな私」
「いや、もう少し年齢相応に見えたほうがよろしいかと。 仕事にいつも支障をきたしてるじゃないですか。 せめてそのダボダボの服をやめてください」
「これがいいんだよこれがー。 わかってないなーキリサメは」
「あんたのせいでこちとら三十路に見られるんだよ‼︎? この前なんて、出張先のイケメンレンジャーに「子連れでギルドの仕事なんて大変ですね」なんて言われて、あんたの方が五つも年上なのに、この差はなんなんですか‼︎」
きぃきぃと騒ぎ立てるキリサメに、カラカラと笑いながら受け流すギルドマスター。
「やかましい……」
そんな二人のやりとりに、寝起きであることもあいまってかトンディは隠すことなく不機嫌そうにそうこぼす。
「あー……ええとそれで、漫才やってるところ悪いんだけど、ギルドマスターがなんでうちの家に」
「あぁそうそう、ちょっとこの前のお礼にね。 うちのマゾ子がやらかした失態の尻拭いしてくれたでしょ」
「お礼なら報酬もらった。 他に何かあるんじゃないの?」
じとっとした瞳でマスターを睨むトンディ。
珍しく警戒心をむき出しにするその姿勢に、ぺちんとアキは自らのデコを叩く。
「あちゃー鋭いねぇ。 はむ、せっかくお土産食べながらゆっくり話しをしようと思ってたんだけど」
「マスター、そのお土産を摘まないでください」
「いっぱいあるから気にしない気にしない。それに、お菓子食べながらゆっくりって雰囲気じゃなさそうだしねぇ。 さて、まぁうさ耳ちゃんの言う通り実はギルド本部から頼みがあってさぁ、ひとつ依頼を受けて欲しいんだよねぇ? 冒険者だったら悪い話じゃないと思うよー?」
「依頼? 私たちに?」
「うんうん‼︎ じゃ、キリサメ後の説明は任せた‼︎」
「そこまで言って私が後説明するんですね、まぁいいですけれど。 こほん、今回お前たちに依頼をしたいのはある魔物の討伐補助だ。重要な任務なためギルドマスター自ら直接依頼に来た」
「討伐補助?」
「あぁ、交易路に魔物が出たことは聞いているか?」
「うん、道が塞がっちゃったって言うのは聞いてる」
「その魔物が厄介なやつでな、並みの冒険者では太刀打ちできない強敵のために、各ギルドから冒険者をギルドマスターが推薦し、魔物の討伐に協力するように要請があった。急な申し出だが、色々と協議をした結果我々は先日のアラクネ討伐の功績を評価して、二人をエリンディアナ最優の冒険者として討伐依頼に推薦しようと思う。映えある本部からの依頼だし悪い話じゃない、受けてくれるな?」
にこりと笑みを向けるキリサメの笑顔。その笑顔は形式的なものであり、断られるという考えが寸分たりとも存在していない。
「断る」
「……へ?」
故に、トンディの言葉にキリサメはぽかんとした表情で間の抜けた声を漏らした。
「この前の任務は理由があったから受けた……基本、おいそれと危険なクエスト受けない」
「んなっ‼︎? ちょ、ちょっとお前たち、ギルドマスターに推薦されるってことはギルドに実力が認められるってことなんだぞ、箔がつくんだぞ?!」
淡々と語るトンディにキリサメはようやく依頼を拒否されたことに気がついたのか、凛とした表情を見せていたキリサメは、目に見えて慌てふためく。
しかしトンディはそんな様子に鼻をフンと鳴らし、冷ややかな視線でさらに言葉を続ける。
「そんなことは分かってる……でも死んだら意味がない。 それに、嘘つきは嫌い」
キリサメの口から「ぎくり」という言葉が漏れ、額から一つ汗が伝った。