第11話 反撃の対物ライフル
二日後。
「はいよおまたせ……でかいから気をつけろ?」
「大丈夫……」
王都から取り寄せたレガシーが届いたという知らせを受け、クレールには内緒でダイクの店にやってきたトンディ。
巨大な麻袋に入ったレガシーは持ち上げるのがやっとであり、足元をふらつかせながら荷台に乗せると、トンディは息をついて 額の汗を拭う。
「悪いな、到着が少しずれ込んじまって……なんでも、交易路に魔物が出たらしくてな」
「構わない……急ぎじゃないし。 こっちこそありがとうダイク」
「へへっ、いいってことよ。しかし……本当にこんなもの使えるのか? 俺だって見てもちんぷんかんぷんだったってのに」
「心配いらない。クレールなら直せる」
「けっ、随分と信頼されてまぁ……幸せなやつだよあいつは。もちろんお前もな」
「それほどでもある」。
「おーおーご馳走さま……そしたらさっさと帰りな、暇そうに見えるかも知んねえがこの後も客が来るんだ」
皮肉に胸を張るトンディに対し、ダイクは煙たがるような仕草をとり店へと戻ると、今度は作業台の上に置かれた白銀色のペンを磨き始める。
「……意外と忙しいんだ、ダイク」
「だから意外とはよけいだっつーの」
「でも珍しい……ダイクがペン磨いてる」
「まぁな、自分でもこんなもんが店に転がってたなんて、客に言われるまで気づきもしなかったよ。 客曰くなんかのレガシーらしいんだが……詳しくはわからん。とりあえず磨いておいてくれって言われたから、磨いてやってるが、インクもでねえただのペンを欲しがるなんて奇特なやつだよ」
「ふーん」
白銀に光るペンは、なにかの彫刻が彫られているようで、ペンの真ん中に描かれた六面体の何かに、トンディはサイコロのようだなという感想を抱く。
「飽きた……帰る」
「おーう、気をつけてな」
だが、それ以外は特段興味をそそられるものはなく。
しばらくダイクのヤスリがけを眺めたあとトンディは踵を返して店を出る。
と。
「わぷっ……」
扉を開けようとした瞬間、入ってきたローブ姿の男にトンディは埋まるようにぶつかる。
「うぐ、ごめんなさい……」
「……なるほど……これが偶然か」
謝罪をしながら離れるトンディ。
しかしそれに対し、男は怒るでもなく意味不明な言葉を呟く。
年齢はフードにより定かではないが、しゃがれた声から受けるのは老齢な印象。
「偶然?」
「いや、なんでもない……では」
不思議な発言に、トンディは思わずその言葉を復唱するが。
男はクスリと笑みをこぼすと、返答の代わりにひとつ頭を撫で、それ以上はなにも語ることなくダイクの店の中へと入っていく。
タイミングからしてペンの買い手であろう。
そうトンディは推測をすると。
「なるほど……奇特」
そんな感想を呟いて荷台を転がす。
賑やかな田舎町は今日も平和であり、家に着く頃にはそんな不思議な男に出会ったことなど忘れてしまうことだろう。
……それが、ずっと探していた父親だったと言うことにすら気づくこともなく。
◇
「ただいまー」
「あ、トンディ‼︎ どこ行ってたんだよ、やっと私の最高けっさくがっととうわわ、うぎゃぁ‼︎?」
帰宅をしたトンディに、クレールは主人の帰りを喜ぶ子犬のように声を上げると、そのままトンディの前で派手な音を立てて顔から床へとダイブする。
「大丈夫?」
「なんとか……て、それよりも‼︎ どこ行ってたんだよトンディ‼︎ 家の中探し回っちゃったじゃないか‼︎」
「ごめん、荷物が届いたから少しダイクのところに行ってた」
「あぁ、魔物のせいで到着が遅れたって言ってたやつ? 無事に届いたんだ。よかったね」
「うん……それでクレール。 どうしてそんな発情期の犬みたいにはしゃいでたの? 欲求不満?」
「誰が欲求不満か‼︎? この前拾ったヘッドライトが治ったんだよ‼︎」
「本当に‼︎」
「あぁ、トンディの言った通り、アラクネの糸はフィラメントに最適だったよ。それこそ、タングステン以上の耐熱性と耐久性だ」
「当てずっぽうでも言ってみるもの。 よかった」
「うんうん、それでさ、どう使うのかが一番便利なのかなって考えて、結果こう言う形になりました」
そう言うとクレールは後ろ手に隠していたレガシーをトンディの帽子の上に置くと、伸びたベルトを巻きつけて固定する。
「おぉ!」
「これなら、トンディの見たいところをいつでも照らせるだろ?」
光るヘッドライトに、トンディはキョロキョロと頭を振る。
すると頭から発せられる光も後を追いかけるようにトンディの視線の先に光を放ち、トンディは喜ぶように耳をピンと立てさせる。
「すごい、これすごい‼︎ 明るさもすごいし、全然熱くもない‼︎」
「へっへーん。そりゃあ良い蓄電鉱石を使ってるからな、人差し指くらいの大きさのものを仕込んでるけど、1000時間はつけてられるはずだし、電気がなくなっても充電ができるからずーっと使ってられるぞ」
「これなら、暗い迷宮もバッチリ」
「そう言う事、喜んでもらえたかな?」
「うん‼︎ すごい嬉しい。 ありがとうクレール」
「えへへへへー」
普段あまり表情の動かないトンディ。 しかしこの時ばかりは満面の笑みで感謝の言葉をクレールに伝える。
弾けるような笑顔に、満たされるような感覚。
それが少しだけこそばゆく、クレールはこみ上げる照れ臭さに自然と口元をニヤつかせる。
そんなクレールに、トンディはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「クレール、実は私もクレールにプレゼントがある」
「え? 私に?」
「うん……ダイクからもらったレガシーなんだけど、この前街に行った時、すごい真剣な表情で眺めてたでしょ? だから気になってダイクに話を聞いたら、クレール今でもちょっとずつ部品を集めてるって言ってたから……買っちゃった」
そう言うとトンディは、足元に置いたレガシーをテーブルの上に置く。
「トンディ……まさか金貨5,000枚って」
ガランと言う低く思い金属音とともに、その姿をあらわにする金属の塊。
それを見た瞬間……クレールの瞳から笑顔が消える。
「クレールが前に欲しがってたやつ。 【ダネル】とかいうレガシー」
布を取ると同時に、家全体に緊張感に似た何かが張り詰める。
黒く光るその銃身は、まるで今作り上げられたばかりかのように輝き、威風堂々とその存在をひけらかす
「あ、アンチマテリアルライフル!?」
「ちゃんとサビ落としは済んでる……壊れた箇所は、ダイクも直せないって言ってたけど」
「うそ、本物だ……はははっ、近くで見るとすごいおっきい」
「聞いてないか……」
「え、あ、ごめん。何? トンディ」
「ううん、なんでもない……役に立ちそう?」
「もちろん……もちろんだよ……有効射程2300km初速マッハ3で20ミリのオリハルコン弾をぶっ放すこいつなら、ドラゴンだって撃ち落とせる」
鉄屑と罵ったのは誰だったか。 時代遅れと謗ったのは誰だったか。
神の息吹に近き輝きに、時代をひとつ経ながら傷ひとつなく歪みひとつ無い銃身……そして何より、我はここにありと言わんばかりの存在感。
間違いなく現存するレガシーの中で、遺物使い、ガンスミスの持てる武器の中で最高峰の一品。
どんな魔法よりも遠距離から、どんな武器よりも強力な一撃を叩き込めるその武器の威力を目にして、【鉄屑】と言える人間などいるはずもない。
だが。
「トンディ……だけど、こんなすごいものプレゼントされても私は……」
それでも迷惑だと言われた過去が、鉄屑いじりと蔑まれた記憶がクレールを蝕む。
技術は確かでも……失われた自信はすぐには取り戻せない。
だが。
「別に、私だって魔王に挑むつもりなんてない。 無理しない程度にお父さんを探して、のんびり暮らせればそれでいい。 でもクレールは違う」
そういうとトンディは、工房に入ると山積みにされた本のある場所に頭を突っ込む。
「あっ‼︎ トンディ、そこは……」
止めようと駆け寄るクレールであったが、それよりも早くトンディは山積みにされた本から頭を引き抜く。
そこにあったのは箱詰めをされたオリハルコン製の特殊弾丸。
トンディの手のひらで転がるその人参ほどの巨大な銃弾は、素人であるトンディが見てもこのライフルのために作られた銃弾であることがわかる。
「こっそり作ってもバレバレ……本当は諦めきれてない。魔王を倒すつもりはなくても、心の奥では、役立たずって言われたことに納得なんかしてないし、納得なんかしちゃいけない」
「トンディ」
押し込めていたその感情の背中をトンディは押す。
「証明しようよクレール……誰に対してじゃなくてまずは自分に対して……クレール・アルバス・クラリオーネは、世界で一番すごい人なんだって」
ニコリと微笑む自信に満ちあふれた表情。
「トンディ……いいの? ただの遺物師だよ? 昔々の、役に立たない鉄屑かもしれないよ? 魔法の代わりにしかならない、ただの……むぐっ……」
自分で自分を否定しようとするその口を、トンディは優しく人差し指で塞ぐ。
柔らかい指の感触にクレールは頬を赤らめて一瞬言葉を失い。
「クレールなら絶対大丈夫……私を信じて」
その隙にトンディは、ウインクをして魔法をかける。
クレールにしか効果はない短い言葉……だがその効果は絶大で。
ひび割れたクレールの心は、そのとき間違いなく失った物で満たされた。
「………ずるいよトンディ、そんなこと言われたらもう、疑えないじゃないか」
工房に響く、照れ隠しのわざとらしいため息のあと。
クレールは溢れそうになった涙を拭って【ダネル】を軽々持ち上げると、自らの作業台へと乗せてハンマーを手に取る。
振り下ろされたハンマーから飛び散る火花が、冷え切った工房に今ようやく熱が戻ったことを伝えてくれる。
そんなクレールに、トンディは満足げに微笑むと。
「サプライズ、大成功」
そんな独り言をこぼしてトンディはそっと人差し指を自らの唇に触れさせると、鼻歌を歌いながら工房を後にするのであった。