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第1話 娘はお父さんに憧れて


―――トンディのお話―――


「せいやっ‼︎」


白銀の髪とウサギのような耳を揺らし、クロノア・トンディ・ハネールは父、ゲイトに掛け声とともに矢を放つ。

まっすぐ伸びる弓矢の軌跡は、外れることなく心臓部に伸びていくが、そこに到達するよりも早くゲイトの持っていた剣により弾き飛ばされる。


「うんうん、狙いは正確……頭を狙う癖も治ったみたいだな。流石は俺の娘、筋がいい」


弓矢を弾いたゲイトはそう嬉しそうに笑うと。


「まだまだ‼︎」


「お?」


トンディは腰に刺した木剣を抜き、ゲイトへと斬りかかる。

足運びは滑るように自然であり、剣をしまおうとしたわずかな隙につけこんだ洞察力もとても齢10歳の少女とは思えないほど鋭い。


しかしそれでもその速度は子供の域を脱してはおらず、ゲイトはトンディが横薙ぎに木剣をふるったのを回避し、空振りをして姿勢を崩した体に木剣の一撃を振るう。


しかし。


「かかった‼︎」


「‼︎?」


グラリ……と目の前のトンディが陽炎のように揺らぎ、ゲイトの木剣は空を切る。


見れば、トンディはまだ自らの間合いには入ってきてはおらず、剣は構えたまま一直線にこちらに走ってくる真っ最中。


「たああぁ‼︎」


空振りをして大きな隙を作った体に、トンディは勝利を確信するかのように叫び、懐に潜り込むように木剣をゲイトへとつきたてようとする。


だが。


「甘い甘い……」


ゲイトは突き出された刃を体をひねって回避し、足を引っ掛ける。


「わぶっ‼︎?」という可愛らしい声が上がり、その次の拍子にトンディは頭から地面に突っ込んだ。


「速度と体捌きは見事だが、剣の大きさに体捌きを阻害してしまってるな。 お前はどちらかというとナイフ向きだと前も言っただろうに」


顔から突っ込んだトンディを呆れた様子で男は起き上がらせると。


「だって、お父さんと同じがいい」


泥だらけの顔のままトンディは口を尖らせてそう呟いた。


「あ、そ、そうかぁ? それなら仕方な……いやいや、お前は立派な冒険者になるんだろう?

なら自分に合った武器と状況をしっかりと見極めないと」


嬉しそうな表情でにやけるゲイト。一瞬流されそうになりはしたものの、踏みとどまりそういうと。トンディは不機嫌そうに頬を膨らませると腰に刺したナイフをゲイトに差し出す。


「じゃあ、お父さんもナイフ使って」


「え、お、俺がか?」


「お父さんもナイフを使うなら私も使う」


子供特有の脈絡も合理性もない条件。

しかしそれにゲイトは嬉しそうに笑うと、ナイフを受け取って自らの腰に刺す。


「しょうがない、そしたら今度帰ってきたら新しいナイフを探さないとな。トンディとお揃いのやつ」


「えへへ……うん‼︎」


お揃いという言葉がそんなにも嬉しいのか、トンディは満足気に頷き。

そんな娘にまんざらでもないといった様子でゲイトは顔を緩ませる。


「あ、そういえばトンディ、お前さっきの幻覚みたいなのって一体何をしたんだ? 歩法ではなさそうだったし……セバスチャンのやつに魔法でも習ったのか?」


「秘密。お父さんにバレたら対策されちゃうもん。 私が一本取れた時に教えてあげる」


「一本取れたらか……悔しいけど、きっとあっという間なんだろうなぁ」


「ふふーん」


今まで一度もゲイトから一本を取ったことのないトンディ。

しかし着実に弓の腕も剣の腕も日々上達しており、ゲイトは娘の成長を喜ぶ反面。トンディに一本を取られる時の事を想像してなんともいえない気持ちになる。


しかし、その言葉をトンディは褒められたと思ったようで、自慢気に胸を張っている。


親の心子知らず。 そんな言葉の意味を始めてその場で実感をし、ゲイトは乾いた笑いをこぼす。


と。


カーン、カーンと麓の街から鐘の音が響きわたり、トンディたちの住む山の奥にまで夜の訪れを教えてくれる。


「さてと、そろそろ稽古は終わりにして帰ろうか」


「……ん」


夜の訪れを合図に、ゲイトは木剣や弓矢を片付けそうトンディにいうと。

トンディは短く返事をして両手をゲイトに伸ばす。


「……なんだ? その手は」


「抱っこ」


「抱っこぉ? お前10歳で抱っこって」


「だってお父さん、明日から冒険……またしばらく帰ってこないんでしょ。だからだっこ」


寂しそうな表情をして両手を伸ばすトンディ。

その姿にゲイトはため息を漏らすと、優しくトンディを抱き上げる。


「お前はいつまでたっても甘えん坊だな」


「お父さんが一緒に冒険に連れて行ってくれたら治るかも」


「……もうすこし、大きくなったらな」


抱き上げられたトンディは甘えるようにゲイトに抱きつき返し、頭を撫でられる感触に微笑みながら自分たちの家へと入った。



「かつて、運命の女神アリアンは【鉄の時代】を滅ぼした7人の魔王を封印し、私たちの住む【魔法の時代】を作った。そして、アリアンとともに戦った神々は自らの力の全てを使い、魔法の時代が始まり終わるまでの全ての歴史を記した予言書【アリアンロッド】を作り上げた」


夕食を終えお風呂から上がったトンディは、ベッドの中で古代文字でボロボロの古文書を朗読する。


隣には一緒に横になりながらトンディを見守るゲイトの姿があり、古代文字で書かれた本をスラスラと読み解く娘の姿に満足気な表情を浮かべている。


冒険者でありながら歴史学者の権威でもあるゲイト。

その背中を見て育ったトンディは、当然のように父親と同じ道に憧れた。


学者の道を歩もうとするトンディにゲイトは大歓迎。

さまざまな書物や歴史書を買い与え、熱心な指導と世話係の存在もあってか今では簡単な古代文字ならば解読ができるほどにまで成長をした。

ゲイトとしては、このまま有名な大学を出て、歴史学者としての道を歩んでもらいたい……というのが本音ではあったが。


トンディは欲張りなことに学者の道と同じくらい……いや、それ以上に冒険者になりたいと憧れるようになってしまったのである。

始めは難色を示し、護身術程度にしか戦う術や魔物の知識を教えなかったゲイトであったものの、あまりにも熱心なその姿にゲイトはトンディの可能性を狭めるべきではないという思いが芽生え始め。 散々悩んだ挙句、冒険者になってもトンディが危ない目に遭わないよう、自分の持てる技術の全てを教えよう、という結論に至った。


ただ予想外だったのは、トンディが才能だけで見れば学者としての才よりも冒険者としての才の方が優っていたということだろう。


剣術こそゲイトに劣るものの……冒険者に必要な探知能力、手先の器用さ、魔物生物学においてはゲイトすら舌を巻くほどで、狩りの腕においてはトンディが8つの時に追い抜かれてしまっており、ゲイトは、成長を喜ぶ反面少し悔しい思いもしたりした。


本当ならばもう冒険者としても十分通用するレベルなトンディなのだが、そこは親心。可能性を狭めたくはないものの、いつ命を落とすともわからない冒険に娘を幼いうちに連れ出したくない一心でゲイトはトンディが15になるまで冒険を禁止している。


「よーし、もう簡単な古代文字は読めるようになったな……流石俺の娘だ」


ベッドの中で、うつ伏せになって本読むトンディの頭をゲイトは優しく撫でると。

トンディは嬉しそうにはにかみ、挿し絵に描かれている本を指差して問いかける。


「このアリアンロッドを探すのが、お父さんの仕事なの?」


「あぁ、魔法の時代全ての歴史……つまりは、全ての過去と全ての未来が記された伝説の予言書。それを知ることで、王様は魔法の時代の終焉を回避することができるって考えてるみたいだ。【探索者クロノア】という爵位も、特別な任務に当たっている一族って意味なんだぞ?」


「へー……じゃあ、私がダンジョンに落ちてたのも、運命だったのかな?」


ピコピコと耳を動かしながら無邪気に笑うトンディ。

その様子にゲイトは少し悲しそうな表情をする。


人間であるゲイトには、ラヴィーナ族であるトンディのような耳は生えていない。


トンディは10年前、ゲイトがアリアンロッドを探すためにダンジョンに潜った際に発見した捨て子である。


血の繋がりがないことがバレたのは五年前。


「どうしてお父さんと私の耳は違うの?」と泣きながら問いかけてきたトンディの姿は未だにゲイトの胸にトラウマとして残っている。


「あー、トンディ……血が繋がってなくても俺はだな……」


トンディの何でもない言葉に、ゲイトは困ったように気の利いた言葉を言おうとするが。


「大丈夫……私のお父さんはお父さんだけ。 大好きだよ」


そんな父親の心情を読み取ったのか、トンディは本を閉じると甘えるようにゲイトに抱きつき、自らの匂いをつけるかのように顔を擦り付ける。


甘えん坊なところは変わらないものの、その言葉にゲイトは込み上げてくるものを飲み込んで大きく強く成長した娘の背中を撫でる。


「……ああ。俺も愛してるよトンディ」


震えるようなゲイトの言葉に、トンディは微笑んで瞼を閉じる。


「ちゃんと、今度の冒険も帰ってきてね」


「あぁ……約束する。何があっても俺は、お前の元に帰ってくるよ」


ゲイトが冒険にいく前日の夜に、トンディが必ず交わす小さな約束。

それにゲイトはいつもと同じ答えを返すと、トンディは安心したように欠伸を漏らす。


「帰ってこなかったら……ふぁ……探しにいくからね」


「ふふっ、あぁ、頼むよ……さ、もう寝なさい」


「うん……おやすみなさい、お父さん」


「おやすみ……」


灯りが消え、トンディは深い眠りの中へと落ちていく。


それが、トンディとゲイトの最期の会話になるとも知らずに。


――――――10年後――――――――


「……懐かしい夢、本当久しぶり」


夢とは異なる、街中にある煉瓦造りの家。

傍には冷え切ったコーヒーがあり、本を読みながらいつのまにか眠ってしまったことをトンディは悟る。


一人で住むには少しばかり広すぎるその家は、ゲイトが利用していた拠点の一つであり。

ゲイトが行方不明になる前に最後に訪れた場所。


冒険者となったトンディは、現在この場所を拠点に冒険者として活動をしている。


外には雨が降り出したのか、ポツポツと雨粒が窓ガラスを叩く音が、静かな部屋に寂しく響き渡る。



「本当、どこにいるんだろ……お父さん」


トンディは耳をうなだれさせ、ペンダントを開く。

中には幼き日のトンディとゲイトの姿。写真の中の二人は笑顔であり、楽しかった思い出が浮かんでは消える。


ゲイトが行方不明になったという知らせをトンディが受けて7年が経った。

すでに国もギルドもゲイトの捜索を断念しており、そんな中一人トンディは父親の捜索を続けている。


だがむやみやたらに、自暴自棄になっているわけではない。


トンディにはまだ希望があった。


「誕生日にこんなもの送ってくるぐらいなら、直接会いにきてよ……バカ」


15歳の誕生日……冒険者になることが許された日に送られてきたペンダント。

二人の写真が入ったそのペンダントはこの世に二つと無いものであり、その蓋の裏には、ゲイトの字で短く。


【アリアンロッドを探せ、そこに俺はいる】


とだけ書かれていた。


それ以降、トンディは冒険者になり父親の捜索を続けている。

ここ、エリンディアナはゲイトが最後に訪れ、行方不明になった場所。


だが、3年の探索の成果も虚しく、ゲイトの行方は手掛かりすらも見つかっていない。


「雨戸閉めなきゃ……」


水滴が窓を叩く音が大きくなり、トンディはため息を漏らしてペンダントを閉じて立ち上がる。


不安を煽るように窓を叩く雨は鬱陶しく、苛立たしげに雨戸を閉めるために窓を開ける。


と。


街道に面した家の裏側に、一人の少女が雨に打たれてうずくまっているのをトンディは偶然発見した。



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