4-11 悪い子はいねぇが
◆4-11 悪い子はいねぇが
魔道具店は楽しかった。他は特に見たいものが無いので、あてもなく通りを徘徊する。バルシャインの王都で散々やったお散歩だ。
普段なら危険な空気を放つ場所をガンガン進むところだが、ここで騒ぎを起こすのは避けたい。変な裏路地などに入ることなく、面白い物を探しながら彷徨う。
ふと目に入ったのは鍛冶屋だった。外から確認するに、生活用品よりかは武器をメインに扱うお店のようだ。
新しい街に着いたら、まずは武器屋。基本を忘れるところだった。こういう小さな積み重ねを大事にする「丁寧な生活」ってやつを実行していきたい。
ボスに近づくほどに品揃えが充実する武器屋の謎に思いを馳せつつ、重厚な木の扉を押す。
武器屋って久しぶりだな。色々とあって、王都バルシャインにある武器屋さんは全部出入り禁止になってしまったからね。
「こんにちはー」
厚い扉を潜り抜けて店内へ。私以外の人影は無い、ついでにお店の人もいない。
店内を見回すが、どうもパッとしない。剣や槍、防具などは並んでいるのだが、全体的に薄っすらと埃を被っていた。
品揃えも少なく感じる。棚や壁などの陳列スペースに空白が目立っているし。
流行っていないお店なのかなと失礼なことを考えていると、奥から店の人が出てきた。
髪を刈り上げた大柄な男性だ。うん、見るからに親方って感じがする。
彼は私を一瞥すると、不愉快さを滲ませて言い放った。
「何だあ!? 女子供の来るとこじゃねえぞ!」
「……今の、私に言いました?」
「嬢ちゃん以外に誰がいるってんだ」
思いだした。私が初めて武器屋に足を運んだときも似たような反応をされたはずだ。
最近は「頼むから帰ってくれ」とか「二度と来るな、破壊魔め!」とかしか言われていなかったので、すごい新鮮な気分だ。
「私に言ったんですね」
「そうだよ! さっさと家に帰って、お裁縫でもしやがれってんだ!」
ここで、いつもの私なら「こんな脆い剣ではお裁縫もできませんね」と煽り、鍛冶屋さんが「俺が鍛えた剣が脆いだと!?」と怒る。そして、「私が振ったら壊れちゃいますし」「できるもんならやってみろ」……と続いて、何やかんやで泣いた鍛冶屋さんに追い出されることになる。
いつもの流れをやってしまうと、すこぶる悪目立ちするだろう。黒髪の若い女……だけでも危ういところ、馬鹿みたいな剛腕が追加されたらそれはもうユミエラだ。
目ぼしい物も無いし、さっさと退散しよう。
「すみません。興味本位で来てしまいました。私が来ちゃ駄目な所でしたね」
私が軽く頭を下げると、彼は驚いたように目を開く。
「嬢ちゃん……変わってるな」
「え? 変なところ、あります?」
「嬢ちゃんみたいなのに出てけと怒鳴るとな、ビビって逃げ出すか、女扱いするなと怒り出すかの二択なんだが……そんなに落ち着いてるのは初めてだ」
礼儀正しい令嬢ムーブが裏目に出るとは思わなかった。
何と返したものか。私が言葉に窮していると、彼は顎で剣を指して言う。
「そんだけ落ち着いていたら、武器を扱う資格もあるってもんだ。ほら、振ってみな」
「……お言葉に甘えて」
断るのも不自然なので、私は頷いてしまう。
言われるままに立て掛けてある剣を手に持った。さも重いですよという風に、両手で持ち上げる。
両刃のオーソドックスな片手剣、盾を持って使うことを想定されたそれは、とても軽く脆そうだった。
さり気なく彼に視線を向けると、真剣な眼差しで私を見ていた。
これ、振らないと駄目だよね。素振りなんてしたら、私の剣の腕が露見しちゃう。どう言い訳するかを考えていると、親方は豪快に笑い出した。
「ははははっ! 剣の心得があるのかと思ったが、ズブの素人だな。棍棒を叩きつけるみたいな動きだったぜ。そんなんじゃ切れるもんも切れねえ」
我慢だ。我慢するんだ。私自身、剣術に関しては素人だって分かりきっていたではないか。
重くて硬い鉄の棒で殴ったら強い。剣は棍棒みたいなもんだと言って憚らない私だ。笑われたところで心的ダメージはゼロだ。
ただ、ちょっとだけイラッとして、剣を持つ手に、ちょっとだけ力が入った。
「あっ」
柄の部分が、グシャリとひしゃげて、ポッキリ折れた。
刃の部分だけが床に落ちて、乾いた音を響かせる。
「おうっ!? 大丈夫か? 怪我はないか?」
「はい、大丈夫です。でも商品が……」
「すまん! 数打ちの量産品とはいえ、とんだ不良品だったみたいだ。しかし、この折れ方は一体……」
セーフ。流石にアウトだと思った。案外バレないもんだね。
手を差し出されたので、剣の柄であった金属片を渡す。彼はそれを見て首を捻りながら言う。
「俺の鍛えた鉄が弱かった? ……いや、ありえねえ。弱い箇所一点に力が加わって……違うな」
彼の脳内には、私が馬鹿力だったという説は欠片も無いらしい。申し訳ないことをした。
品揃えが寂しい店内とは裏腹に、店の主はとても熱心に見える。少し意外だった。
真っ二つになった剣を見比べながらウンウン唸っていた彼は、手持ち無沙汰になっている私に気がついたようだ。
「すまんな。驚いただろう。俺もこんなことは初めてで……俺の鍛えた剣が脆いわけじゃ……うーん、量産品ばかり作らされて腕が鈍ったか? でもこれは前に作ったやつだからな……」
「お気になさらず。その、量産品ばかり作らされていたというのは?」
微妙な陳列品と関連があるかもしれないと思って尋ねてみると、彼はすぐに答えてくれた。
「ここ最近は王国軍の正規品ばかり作ってたんだ。剣も槍も鎧も全部。あんなに兵隊増やして、何しようってのかね」
「国から発注があるのは良いことだと思いますけれど」
「規格通りのもん作んのはつまらねえだろ? それにかかりきりなせいで、俺の店もこの有様だ」
そう言って、彼は埃が薄く積もった店内を見回す。
なるほど、そんな事情があったのか。量産品とはいえ職人の手作り、数セット作るだけでも結構な時間を消費するだろう。
「そんなことがあったんですね。お疲れのところに押しかけてすみません」
「ああ、帰りは気をつけてな」
彼は気の抜けた声でそう言って、折れた剣に視線を戻す。
……このまま帰るのは気が引けるな。おっかなそうに見えて結構優しいおじさんが、私のせいで自分の腕を疑うことになる。普通の人が普通に使う分には壊れたりしない丈夫な剣なのに。
しかし、私の正体を明かすわけには……。でも、しかし、いや……。
しばしの逡巡の末、私は決めた。
「あの、これってこの後どうします?」
「これか? 徹底的に研究だよ。俺たち鍛冶屋は剣士の命を預かってるんだ。こんなこと、二度とあっちゃいけねえ」
「研究の必要はありません。これは普通に丈夫な剣ですよ。私が使う分には脆いですけど」
「何を言って……危ねえ!」
柄と刃が分離してしまった剣。床に落ちている刃の方を鷲掴みにすると、彼は驚きの声を上げる。
無理に取り上げようとして怪我をされても困る。
すぐに私がギュッてすると、グニュっとなってパリッとなってグシャってなった。つまり、鋼鉄の刃を素手で砕いた。
「こういうことですから。中レベルの魔物までなら普通に斬れると思いますよ」
武器屋の店主さんが呆然としているうちに、私は逃げるように店を出る。
厚い扉を急いで開いて、そっと閉めて、早足で逃走を始めた。
さて、武器屋の商品を破壊して回る女の伝説が国境を越えてしまった。私を国境線なんかで区切れると思うなよ……と言うと聞こえが良いが、ただ国内だけに留まらない暴れん坊だよね。
あーあ、ユミエラの痕跡は残さない手筈だったのに。髪を見せていないから大丈夫だろうか。
数分歩いた。これくらい離れれば大丈夫かな。帽子を目深に被り直しながら、改めて観光を再開する。
「……ふつーの街」
本当に普通。たった今、差し掛かっているのは食料市場。穀物や野菜などを売る露天商が道の両側に並んでいる。
平和だ。レムレスト王国は、パトリックの実家に攻めてきた印象が強かったので拍子抜けというか。いいことなんだけどね。
国が違えど、そこで生きる人々は同じ。何だかバルシャイン王国よりもこっちの方が平穏に暮らせる気がしてきた。こっちは黒髪に対する偏見も少ないみたいだし。
学園でパトリックと出会わなかったなら、私は国外に逃亡していただろう。ここが私のホームになる未来もあったのかも――
「やだやだ! 買って買って!」
いつぞやの私みたいな声がした。そちらを見てみれば、屋台の前で駄々をこねる男の子がいる。
あの屋台は……水飴みたいなのを売っているようだ。大騒ぎする男の子を、お母さんが引きずって歩いている。
「買わない。ほら行くよ!」
「やだー!」
いつものことなのか、お母さんは仏頂面で子供の手を引く。男の子は全力で抵抗しているが、地面をズルズルと引きずられていた。
横目で観察。ついにお母さんが痺れを切らして、繋いでいた手を放す。
「もう置いていくからね!」
そう言ってお母さんはスタスタと歩いて行ってしまう。男の子は泣きはらした目で歯を食いしばり、その場に留まっている。
おおっ、根性ある。子供の私だったら慌てて母に追いつこうとする場面だ。まあ私は、ああいう風に駄々をこねる子供ではなかったな。数ヶ月前にパトリックの前でやったのが初めてだ。
……もしかして、私って段々と幼稚になってる? まさかね?
ハラハラしながら親子を見守っていると、お母さんが振り返った。当然、言葉のままに置いていくはずがない。
流石に折れてお菓子を買うのだろうか。また引きずっていくのだろうか。
教育的に何が正解なのか。いつかは私も同じような状況になるかもしれない……あ、私がお母さんのほうね。先輩ママはどう対応する?
「悪い子にしてると、ユミエラが来るよ」
「ユミエラやだあああ!」
男の子は、最大と思われた声をさらに大きくして泣き叫ぶ。先ほどまでの不動ぶりはどこへやら、お母さんの元まで全力で走る。
「ユミエラ来ない? ユミエラ来ないよね?」
「いい子にしてれば、ユミエラは来ないよ」
男の子はひっくひっくと泣きじゃくりながら、お母さんのスカートに顔を埋める。
ユミエラ、ここまで来てるぜ。
手を繋いで歩く親子を見送りながら、ここなら平穏に暮らせるとかいう考えが浅はかだったと理解した。
わたし、ユミエラ・ドルクネス! 隣の国でナマハゲみたいな扱いされてるの!
……はーあ、戻ろ。
すっかり意気消沈した私は、数日限りの宿まで帰るのだった。





