4-10 自重する核弾頭はマスケット銃を作らない
◆4-10 自重する核弾頭はマスケット銃を作らない
でも、鉄砲じゃないなら、何に使う物なんだろう。
ふと見ると、お婆さんはこちらを凝視していた。すみません、奇行が過ぎましたね。
すごい恥ずかしい。虚空に入って逃げ出したい。
変なことしてごめんなさいと謝ろうとすると、彼女は私の手元を指差して言う。
「あんた……ソレが何か分かるのかい?」
「分かりませんけど」
「え!? もっと大きく」
「分かりません」
耳が遠くても聞こえるように、私は声を大きめにして同じことを言う。すると老婆は立ち上がり、確かな足取りで近づいてきた。思ったより背が高い。
「もう一度」
「え?」
「それをもういっぺん構えてみな」
私は言われるがまま、下ろしていた銃らしき物を構える。
何だろう? 絶対に正しい持ち方ではないはずなのに。
「へえ……何かも分かってないでその姿勢に。見事なもんだね」
「これって、どう使う物なんですか?」
「何だと思う?」
「この先から、何かが飛び出すとかですか?」
「当たりだよ。そうやって構える飛び道具……まあ、威力の強い弓みたいなもんだね」
銃だった。
そうか。ここは魔道具店なのだから、火薬ではなく魔石を動力にした物なんだ。火砲の技術が無くとも、魔道具なら銃に限りなく近い兵器は開発可能なはずだ。
しかし、これが鉄砲だとすると小さな店に放置されている理由が分からない。もっと広まっていそうなものだし、レムレストが秘密裏に開発しているのだとしたら無造作に置かれているはずがない。
「初めて見ました。弓より強いなら、どうして出回ってないんですか?」
「使い道のないゴミだからね」
「え? 弓より強いんですよね?」
「威力だけはね。一発撃つのに、一等級の魔石を一個使い切るのさ。一回撃つだけで一個だよ。同じ威力を連発できる魔法使いは腐るほどいる。だから、物干し竿にもならないゴミなのさ」
そんなにエネルギー変換効率が悪いのか。ただ話を聞いて、詳細な仕組みが気になってきた。使う魔石が高価なので試射は無理だろうけど、色々と聞いておきたいな。
「弾は……ええっと、この穴からは何が飛び出すんですか?」
「純粋な魔力、と言ってもあんたは分からないか」
「分かります。純粋な魔力を飛ばしても、威力が無くなりませんか?」
「うん? 魔法が扱えるのかい?」
「……火属性を少しだけ」
闇属性とは言えないので、火の魔法を使えることにする。
しかし、純粋な魔力を飛ばす意味が分からない。威力減衰が酷くてまともに使えたものじゃないはずだ。
「あんたも、純粋な魔力だけを体外に放出することはできるだろう?」
「出来ますけれど、純粋な魔力をそのまま出しては効率が悪すぎます。属性の魔法に変換して、火の玉などを出すのが普通です」
「普通はそうなんだけどね。魔力をそのまま使っても空気中に霧散する。全ての魔力を出し切っても綿を動かすくらいだ」
「……そうですね」
綿を動かすくらいしか出来ない、純粋な魔力を使って大気圏外まで行った人もいるらしいですよ。本題に関係ないので言わない。
「だから魔道具も各属性に変換してから、火を起こしたり明かりを出したりしている。ヌークくんもファイアボールみたいな火球を出せれば良かったんだけどね」
「ヌークくん?」
謎の単語が出てきた。
私が首を捻って聞き返すと、彼女はケラケラと笑いながら言う。
「敵を撃ちヌーク君、この魔道具の愛称みたいなものだ。どうだい? イカしてるだろう?」
「……はい、そうですね」
考えた人のネーミングセンスおかしいよ。
実験兵器とはいえ、そんな間抜けそうな名前付ける?
「だろう? で、火球を出したいヌーク君だけれど、一類と四類は干渉するだろう?」
「一類? それは何ですか?」
「ああ、ごめんね。ついつい昔の仕事仲間と話している気分になっちゃった。魔法は使えるようだけれど、魔道具に関しては素人だったね。どう説明したものか……魔道具の色々な力は種類分けされていて、火球を出すには相性の悪い二つを使わないといけないんだ。矢の役割を果たす物体を作るのと、その矢を飛ばすのを同時には出来ないのさ」
「なるほど。矢を作る過程を省略するために、純粋な魔力だけを使っているんですね」
「そういうこと」
あれ? 矢を作るのを省略するならば、初めから矢を用意しておけば良くない?
鉛の弾を装填して、それを飛ばすようにするなら使う力は一種類のはずだ。密閉した場所で火属性の爆発を起こせば、火薬の代用になるだろう。エネルギー効率もそれほど悪くはならないはずだ。
これを開発した人は一から十までを魔道具でやろうとしたようだけれど、一部分を物理的に解決してしまえば……もしかして、これは発言しない方がいいやつ? 異世界の技術が流れ込んで世界が変わってしまうパターン?
聞いただけで研究者なら無理と分かる方法なのかもしれないけれど、聞いただけで研究者が再現できてしまう可能性だってある。
珍しく技術チートの予感を察知したので、私は口を噤んだ。
「貴重なお話、ありがとうございました。ヌーク君についてお詳しいですね」
「まあね。これを作ったのは、私だからね」
銃について言わなくて良かったと、改めて思った。
このお婆さん、魔道具の開発が出来るんだ。一般家庭でも手の届く安価な魔道具の販売と、簡単な修理だけをするお店だと思っていた。
初めは無愛想だと思ったけれど、彼女はお喋りが好きなようだ。老婆は楽しげな様子で話す。
「今ではショボい店の店主だけどね、昔は第一工廠の研究者だったのさ」
「第一工廠?」
工廠は、軍需品の工場みたいな意味だったはずだ。
私自身があまり聞き馴染みのない言葉で、世間一般でも同様のはずだ。しかし彼女は、第一工廠とやらを知らない私に驚いたようだった。
「あの第一だよ? 無駄飯食らいの第一」
「えっと……すみません、知らないです」
「貴族邸宅のほぼ全ての窓ガラスを割った、あの第一工廠だよ? 最近のことだから覚えているだろう? 私が引退してすぐだから……ああ、もう十年前だねえ」
全く聞いたことがないけれど、レムレストでは有名らしい。
窓ガラスを割って回る不良集団が脳内に浮かんでいるだけなので、改めて質問する。
「最近、王都に越してきた田舎者なんです。第一工廠について教えて下さい」
「へえ、垢抜けてるから王都の子だと思ってた。レムレスト第一工廠、国が運営する魔道具の研究機関だ。第一と第二があるんだ。赤字の第一、黒字の第二」
「……赤字なんですか?」
「赤字だね。ダンジョン産の希少な魔道具を研究材料として仕入れるし、素材も高価だし、大きな魔石をどんどん使うし……幾ら金があっても足りない」
「研究ってお金がかかりそうですもんね」
「まあ第二工廠は、研究成果を売ったり他国に輸出したりして、レムレストの財政を支えているくらいなんだけどね」
第一工廠、いらなくない?
国営の研究機関ならば、利益を出す必要は無い。でも片方が赤字垂れ流しで、もう片方が儲かっているなら、前者を無くしても良い気がする。
もちろん、かつて第一工廠の研究者だった老婆の前で不要だと言うわけない。しかし、彼女は私の考えを見抜いたようで、不敵に笑う。
「第一は要らないなって思っただろう? あんたは表情の乏しい子だけど、それくらいは分かるよ」
「いえ、そんなことは微塵も」
「初めて聞いた人は誰でもそう思うさ。何ならレムレストの貴族連中にも、第一工廠を無くしてしまえって言うのはいる」
それはつまり、必要だと考えている人もいるということだ。
反射的に要らないなと思ってしまったけれど、同じ魔道具の研究でそこまで違いが出るものなのだろうか。儲けている第二工廠も、第一と同じように膨大な経費が掛かっているはずだ。
「その二つの研究所は、同じことをしている訳ではありませんよね?」
「ふふっ、その通り。ヌーク君の構え方といい、あんた冴えてるじゃないか」
ヌーク君……ああ、敵を撃ちヌーク君か。独特な名前を付けられた銃もどきに視線を向ける。
そう言えば、これはお婆さんが開発した物だ。つまり第一工廠で作られた物。確かに、このゴミで黒字を出すのは無理そうだ。研究が進み、量産配備が出来るくらいになれば莫大な利益を産むのだろうけど。
しかも、儲かるのはお婆さんではなくて実用化を成功させた人だ。これの開発に一番寄与しているのは彼女のはずなのに……。
「あ、こういうのを作っているからですか? すごい技術が使われているけれど、他所で売れないような物を」
「ほう……自力でそこまで達するのは見事なもんだよ。お嬢ちゃんの言葉の通り、第一工廠は技術的に優れた魔道具の開発を目指すのさ。売り物になるかとか、量産可能かとか、そういう採算を度外視してね。その過程で生まれた技術を使って、第二が需要のある物を作るんだ」
「第二はズルくないですか? 技術泥棒じゃないですか」
「そうかもしれないけれどね、そんなこと言うのは第一工廠にいないよ」
「なぜです?」
やっぱり第一と第二で目的が違った。前者は金銭的利益のことなど考えていなくて、後者は初めから利益を追い求めていた。
外部に評価されるのは、どうしても第二工廠になってしまうだろう。しかし、不満に思う研究者はいないと彼女は言ってのける。
火薬の無い世界で、銃に近しい物を発明した老婆は、今日一番の笑顔を見せて答えた。
「だって、魔道具のことだけを考えた方が、研究だけをしていた方が、ずーっと楽しいだろう? 金を出してくれる貴族は未来への投資だとか言うけれど、そんなことどうでもいいんだよ。研究は楽しい、ただそれだけ」
彼女は根っからの研究者であった。この技術大国で魔道具の研究者になれるような人は、こういう人間だけなのかもしれない。
その後、機嫌を良くしたお婆さんからお茶をご馳走すると言われたが、帽子を脱がないのが不自然過ぎるので泣く泣く辞退した。
色々と魔道具の話を聞きたかったな。
店を出る前に一つだけ気になることがある。彼女が第一工廠を説明するときに聞いた、ガラスを割って回ったことについてだ。
「屋敷のガラスを割って回ったというのは、どういうことですか?」
「ああ、それかい。私の弟子……声の大きい子でね、あの子のせいで私の耳が悪くなったんだ。……ああ、その弟子が開発していた魔道具の試運転を、貴族街に近い所でやったせいで、窓ガラスが割れたんだよ」
「えぇ……どうしてわざわざ王都の真ん中で」
「研究所に近いからね」
「あ、分かりました。ちなみにどのような魔道具だったのですか?」
「音響兵器、とあの子は言っていたよ。ガラスが割れるくらいの音を発生させて、敵軍をやっつけるのさ」
「それって、味方もやられません?」
「そうだよ。指向性を持たせられなくて、全方位に大音響を流しまくるからね。なまじ近い分、友軍の方がダメージが大きいよ。その実験で、弟子も鼓膜が破れた」
素人が一瞬で想像できる問題を、未解決のまま実験してた。
第一工廠、そこまでヤバい人の集まりだと思わなかった。考えてみれば純粋な魔力オンリーで遠距離攻撃をしようとするお婆さんもヤバい。そうか、そういう人の集まりか。
魔道具の研究者、特に第一工廠の人には気をつけよう。会う機会なんてそうそう無いから無用の心配かな。
「そのお弟子さんは大丈夫でしたか?」
「健康と研究だけが取り柄の子だから、すぐに治ったよ。前より声が大きくなったくらいかね?」
「それなら良かったです」
「でも最近、顔を見せてくれなくてね。前に会ったときは数百年前の魔道具を再現するとか言っていたけれど……研究が佳境なんだろう。便りが無いのは元気な知らせってね」
「数百年前ですか、ロマンがありますね」
「だろう? 私も現役に戻りたいくらいだよ」
結構な長話をしてしまった。
銃もどきを元あった場所に戻し、私は店から出ることにする。
「今日はありがとうございました。お弟子さんの研究が上手くいくことを願っています」
「こちらこそ、久々にお喋りできて楽しかったよ。あの子の実験に巻き込まれたらごめんね。窓を片っ端から割るような子だから」
「はい、気をつけますね」
「またおいでね」
名残惜しいが、お婆さんに別れを告げる。
ここにまた来るのは難しいし、弟子の実験に巻き込まれることも無いだろう。
一期一会の素敵な出会いを胸に刻みつけて、私は小さな魔道具店を後にしたのだった。





