4-03 悪役令嬢レベル13
◆4-03 悪役令嬢レベル13
冷静に、レベル13の測定結果を受け入れる。私は冷静である。
そして、冷静に、次にやるべきことを、冷たく静かに述べる。
「よし、世界を滅ぼしましょう」
「落ち着けユミエラ、冷静になれ」
私の目的はレベル測定の結果が間違いだと証明することだけだ。何としてでも、私はレベル13ではないという根拠を見つける。
「私は冷静よ。この結果が間違いだと証明できなければ、世界の全てを壊す」
「完全に八つ当たりですわ……」
もし、どうしても証明ができなかったならば、全てを壊しつくす。レベル13の人間が世界を滅亡なんて出来るはずないので、全ての崩壊を以てして測定結果が間違いだと証明されるのだ。
「そう。世界が消え失せるのは、結果じゃなくて過程なの。証明終了まで行き着くための、致し方ない犠牲なのよ」
「俺が証明するから、落ち着いてくれ」
パトリックは私を引き止めにかかるが、そんなに本気にならないで欲しい。私の予想が正しければそろそろのはずだ。
視界の端、影が揺らめくのを確認して、私は上手くいったと内心ほくそ笑む。
パトリックの低い声に引き続き、変声期前の少年の高い声が私を止めにきた。
「待って、お姉さん! お姉さんのレベルが13のワケ無いんだから! 世界をどうにかするのはちょっと待って!」
世界を壊すとかそんなイタいことを本心で言うわけない。私の発言は、人類には製造できないレベル測定の魔道具について、詳しく知っている人を呼び出すための罠だ。
魔道具の神にして、夢の神にして、闇の神である彼は、今も私の近くにいるはずだ。
「どうもレムン君、来ると信じていましたよ」
私の影から黒髪の少年が飛び出してくる。闇の神レムンだ。
自分の影に彼が潜んでいたら気がつくはずなので、私の知覚外から、私の影に跳んできたようだ。この神様は人間個々人を何とも思っていない畜生だが、こと世界全体が関わると中々に必死に行動を始める。
レムンは私の思惑に気がついたようで、焦りの表情を徒労のそれに変える。
「なーんだ、急いで損した」
「ここまで簡単に引っかかるとは思いませんでした」
「そりゃあ必死にもなるよ。お姉さんは世界を丸ごと、どうにかできちゃうんだから」
「私が、自分のレベルが下がったからと、八つ当たりするような人間だと思いますか?」
「思うよ」
そうですか。思うんですか。……でも、レムンは人間の感情の理解を放棄しているところがあるからな。それに彼とは出会ってから日が浅い。
私がそんな人間では無いことは、パトリックならお見通しだっただろう。
「パトリックは分かってたよね。ああ、止めようとしたのは演技ね。私の考えを読んでたんでしょ? さすパト」
「本気で止めていたぞ」
「ああ、そう」
レベルが低くなったことで破壊の限りを尽くすような、そんな人間だと思われていたみたいです。
でも、それは、パトリックとレムンの安全大好きな二人だからというだけだ。二人は常に最悪の事態を想定しているからね。杞憂であることが多いかもだけど、石橋を叩いて渡る精神は大事だと思うよ。
私の真の理解者は、吊橋を揺らして遊ぶ精神を持つエレノーラに他ならない。私は最後の希望である彼女に目を向ける。
「わ、わたくしは……ユミエラさんがレベル13になっても、変なことを始めないと分かっていましたわ! と、当然ですわよね!」
エレノーラちゃんは私と視線を合わさず、あちらこちらへと目を泳がせながら言う。
ああ、そう。みんなが私を、普段どういう目で見ているか分かりました。
私はレベルの高さだけがアイデンティティである戦闘民族などではないのに……。
やはり人は、理解し合えない生き物なのだろうか。心の底の底を分かり合える方法は無いのだろうか……。
ヒトという生き物の不完全さについて嘆いていたが、今はやるべきことがある。
早く謎を解き明かさねば。私がレベル13であるはずがない。現に、レベル99の頃とは桁違いの魔力を体内に感じている。
「私が弱くなってはいないのだから、魔道具が何かしらエラーを起こしていると考えるのが自然でしょ?」
「まあ、ユミエラがレベル13だと考えるのが一番不自然だな」
「そう。言ったでしょ? 私は冷静だって」
「うーん」
再三の冷静アピールをするも、パトリックは腑に落ちない様子だ。
冷静だって。冷静だから私はレベル13なんかじゃないと証明しなければいけない。急いではいないけれど、後回しにすることでもない。
「ほら、レムン君。早く調べてください。この魔道具は正常ですか?」
「お姉さん……何かイライラしてない? 冷静なんだよね?」
「冷静です、冷静ですから、早急に原因究明を。魔道具の神だとか名乗っていたでしょう?」
冷静である私は、冷静に貧乏ゆすりをしながら、冷静にレムンを睨みつける。
闇の神様は、指で水晶をつつきながら、ゆっくりと言う。
「これはねぇ……管轄外と言うか、ボクが生まれたときには既にあったからなあ。ボクたちって世界の管理はしているけれど、創造はそこまで関わってないんだよね」
「コレが正常に作動しているかが分かればいいです。正しい動作を前提に、なぜレベル13という出力が成されたのかを絞り込んでいきます」
「それくらいならボクも分かるけれど……もう一度、手を置い――」
「はい」
レムンが指示を言い終える前に、素早く水晶に手を乗せる。
早く、早く結論を。急いでないけど、イライラしてないけど、すっごい冷静だけど。
彼は興味深そうに魔道具を眺め、たっぷりと溜めてから口を開く。
「魔道具は正常。お姉さんはレベル13ってことだね。弱くなっちゃたねぇ、ふふっ、13って……たまに子供でもいるよね」
「ぐぎがぎががががが」
制御しきれなくなった感情と共に、体内を魔力が駆け巡る。
体中から闇の魔力が吹き出しそうになるのを何とかせき止めたが、このままではいつ決壊するか分からない。
屋外に行き、適当な魔法でも撃って発散……は、できそうにない。
先日の一件で魔力の保有量は増えたが、出力はそこまで変わっていないからだ。蛇口はそのままで貯水タンクが大きくなった感じだろうか。
最大出力でブラックホールを連発しても間に合うかどうか……。それくらいに膨大な魔力を持て余している。
私の尋常でない様子にみんなが反応しているが、受け答えをする余裕は無かった。
「ユミエラさんが! ユミエラさんが壊れちゃいましたわ!」
「大丈夫か! ……おい、どうしてユミエラを煽った!」
「いつも苦労をかけられている意趣返し……みたいな? こんなんになっちゃうとは思わなかった。ごめんね」
「これが、ごめんねで済むか!」
行き場を失った魔力は、ついに私の体を突き破った。
背中から吹き出す魔力の奔流。外に吹き出る力と、押し留めようとする力が拮抗し、魔力が固定される。
本来は流動的である魔力が固形化し、背中の後ろに展開された。
目で見て確認はできないが、体の一部のように感じることができた。
私の背に現れたのは、薄く結晶化した魔力の翼だ。
合計十二枚、六対の黒い翼は唸りを上げる。
私は少しずつ宙へと浮き上がり――
「ウソウソ! お姉さんをからかっただけ! どうしてレベル13って表示されたかは分かっているから! 本当は13なんかじゃないから!」
レムンの声が耳に入ったと同時に、魔力の暴走は収まった。
十二枚の翼も消え去り、空中浮遊も収まった。ほんの十数センチの高さから音も立てずに着地する。
「ですよね。私はレベル13じゃないですよね。冷静だから分かってましたよ」
「大丈夫……なのか?」
パトリックが心配そうに声をかけてくる。
ちょっと体がビックリしただけ、プールに飛び込んで動悸が激しくなったくらいの感覚なので、あまり気にしないで欲しい。
「大丈夫だよ」
「いま、飛んで……」
「大丈夫だよ、私は冷静だから。私はレベル13じゃない、私はレベル13じゃない、大丈夫、大丈夫」
まあ、仮にレベル13だとしても、またレベルを上げられると考えれば……。
今までの苦労が水泡に帰す想像をして、また体がビックリしてしまった。暴走が始まりそうになる。
「これは大丈夫じゃないだろ! おいレムン! 早くユミエラに説明を!」
「あそこまで高密度の魔力って初めて見た。やっぱりお姉さんって、その気になれば世界を滅ぼせちゃうよね」
「感心している場合か!」
「ああ、うん、ごめん、じゃあ種明かし」
レムンがようやく説明を始めた。聞き逃さんと全力で耳を傾ける。
「ボクも今見て知ったんだけどね、この水晶の機能はレベルの測定と表示じゃなかったんだ」
「それはどういう? 今までの測定結果も誤りだったと?」
「今に至るまでの結果は正確。だからこそ、ボクも本来の機能に気が付かなかった」
どうして、この神様は結論をズバッと言わないんだろう。私をイライラさせる天才か? いや、私は常に冷静なんだけど。
レベル測定の水晶、私が五番目くらいに好きな魔道具の真なる機能が明かされる。闇の神レムンがもったいぶって口を開いた。
「この水晶の正しい機能はね……対象のレベルの測定、それの下二桁の表示」
「は?」
「誰が作ったかは知らないけれど、まあ二桁で問題ないと思うよね。レベル99を超える者が現れるなんて想定していない」
「私のレベルは、下二桁が13だったと?」
「そういうこと。213なのか、1013なのかは分からないね」
えぇ、じゃあ10億13かもしれないってこと?
うーん。どうしたものかなーと考えていると、周りの様子がおかしいことに気がつく。パトリックは身構えているし、エレノーラとレムンは彼の背中に隠れて様子を伺っている。
「お兄さんお兄さん、これは大丈夫なやつ?」
「多分、大丈夫……だと思う」
「分かりませんわよ、ユミエラさんは時間差でおかしくなったりもしますわ」
何だろう、何か遠巻きにされるようなことしたかな?
レムンを呼んで、レムンに何か言われて、その後……ん? 記憶が曖昧だ。
「みんな、どうしちゃったの?」
「……大丈夫そうだな。また翼が出てくるかと思った」
「つばさ? 何のこと?」
つばさって鳥に生えているアレのこと?
私が聞き返すと、三人は顔を見合わせて首を横にふる。
「何でもない、気にするな」
気になるけど……まあ、いいか。
ひとまずはレベル13の謎が解けた。下二桁ねぇ……すごい使い勝手は悪いけれど、レベル上昇だけは分かる。表示が14になればレベルが1上がったと分かるし。
これで、これからの方針を決められる。
「水晶の表示が99になって、もう上がらなくなれば、新しい上限になったってことだよね」
「えっ、お姉さんはまたレベル上限を目指すつもりなの?」
「もちろんです」
「もう、99みたいな上限は無いかもしれないよ?」
「そのときは、そのときで」
目安があるだけでもありがたい。目標へと一歩一歩近づいていることが確かに分かるのだ。
本当に良かった。水晶くんはこれからも大活躍だ。起きたときと寝る前に、欠かさずレベルを測るんだ。表示されない百以上の桁を想像して、毎日を頑張るんだ。
水晶が割れるなんて結果にならなくて良かった。
「あれ? 私の水晶くんは?」
置いてあったはずの場所に、私の相棒が無かった。
下に目をやれば、粉々に砕け散った透明の破片がある。
「いつ落ちたの!?」
「それは……ああ、ユミエラが浮いたときか」
「私が、浮いた?」
「違う、ユミエラは浮いていないし、翼も生えていない」
「そりゃあね、翼なんてね。私を天使と見間違えたとか、そういう?」
流石の私も、前触れなしに翼が生えてきたりはしない。
レベル測定に関するアレコレは、床に落ちて水晶が割れるという、一番つまらないオチになった。
復職した日に殉職してしまった水晶に哀悼の意を表している間、三人はコソコソと話をしているのだった。
「あれは天使と言うより悪魔じゃないかな?」
「覚えていないのが幸いですわ。ユミエラさん、絶対にもう一度やると言い出しますもの」
「俺もそう思う。あの翼……翼のようなアレはユミエラ好みな造形をしていた。」
レベル上げで頭が一杯になっていた私は、彼らの話が耳を素通りしていた。
これからは常にレベル計測ができるように、水晶を肌身離さず持ち歩くようにしよう。
パトリックたちに聞こえないよう、私は小さく呟く。
「予備の水晶を取ってこないとね」
慎重な私はもちろんスペアを用意している。お亡くなりになった一個目と一緒にずっと放置していたものだ。
スペアが無くなったときのスペアは持ち合わせていないので、二個目の水晶玉は大事に扱おうと心に決めたのだった。
 





