4-02 パトリックくんとレベル99の恋をする
◆4-02 パトリックくんとレベル99の恋をする
エレノーラと二人、屋敷を歩き回り、幸せの青い鳥……じゃなくてパトリックを探す。
私室にはいない、執務室にはデイモンだけ。後はどこだろうかと考えていると、玄関先から声がする。少し出ていた彼が帰ってきたようだ。
「おかえりなさい。ご飯にする? お風呂にする? それとも――」
「おかえりなさい、パトリック様。はい、この水晶に手を置いて欲しいですわ」
大事な部分をエレノーラに遮られてしまった。
まあ、いいか。おかえりなさいの後だから、義務的に言おうとしただけだし。
両手で抱えた水晶を差し出すエレノーラは満面の笑みだ。かわいい。水晶を突きつけられたパトリックは少し嫌そうだ。ありえない。
「ただいま。あー、それは後でにしよう。今やらなければいけないことでは――」
「パトリックが先にやらないと、私の番が来ないでしょ」
表情から彼が嫌がることを察していた私の動きは速かった。
パトリックの手首を両手でガッチリと掴み、水晶に近づける。彼は抵抗して、手を引っ込めようとするが無駄だ。
エレノーラが手に持った水晶を上げて、パトリックの手のひらに押し付ける。
私と彼女の合体技だ。これを「強制レベル測定」と名付けよう。レベル測定を強制する技だ。
「よしっ! 流石エレノーラ様! 数字を見てください!」
「ええっと……99! 99ですわ! パトリック様すごい!」
魔道具に表示された数字を見たエレノーラは、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる。落とさないでね? 床に叩きつけて水晶が割れるってオチは絶対に駄目だからね?
しかし、エレノーラの喜びぶりも分かる。私も自分のことのように嬉しい。ああ、パトリック、こんなに立派になって……。
「息子が成長したときの母親の気持ちだ」
「お前に育てられた覚えは無い」
反抗期かな? お母さん、あなたがバイクで暴走するならCBXに乗って欲しいです。
直列6気筒エンジンの音マネを披露しようと思ったが、ここはふざけないで素直にお祝いしよう。バイクのモノマネはまたの機会に。
「おめでとうパトリック」
「……ありがとう」
レベルがカンストしたのに、彼はあまり嬉しそうに見えない。測定を嫌がったのも含め、なぜだろう。そういえば最近、パトリックはあまり自分のレベルについて話さなかった気がする。
どうして? レベル99だよ? 恐らく世界で二人目の。
私とパトリックが世界最強なのに……ん? 最強は二人もいらない。昨日まで、世界一位は私だったのに、今は同率一位だ。
世界最強決定戦を開催しないと。戦いは既に始まっている。
私はパトリックとの間合いを見極めながら言う。
「どちらが世界最強か、決めるときが来たようね」
「はぁ……こうなると思ったから嫌だったんだ。ユミエラが最強でいいから、構えるのを止めてくれ」
「あっ! 自称最弱主人公みたいなこと言って! 何やかんやで裏ではパトリックが一番強いヤツじゃん! 表向きだけ最強の私が噛ませ犬みたいじゃん!」
おおよそ物語において、どちらが強いかを決めたがる方は弱い。まあまあ戦わなくてもと言う平和的な方が実は強かったパターンである。
違うぞ。私の方が強いぞ。
戦意十分な私だが、どうやらパトリックはやる気が無いようだ。彼に可哀相なものを見る目を向けられる。
「……出会った当時のユミエラは、もう少し理知的じゃなかったか? 最近、どんどん凶暴になってないか?」
「そこまで変わってないと思うけど」
私は昔からこんな感じだったと思うけど。長く一緒にいて、色々な部分が見えてきたからじゃないかな。凶暴な部分は無いと思うけれども。……いけない話を逸らされるところだった。今は最強決定戦の最中だ。
私はパトリックに少しずつ近づき、有利な間合いに詰めつつ言う。
「理知的に考えた結果よ。基本的にレベルが高いほうが強い、レベルが同じなら直接戦って確かめるしかない。……ほら、論理的でしょ?」
「ろんりてき?」
パトリックは「論理的」の意味が分からないとでも言いたげな様子で言う。
レベル99が二人、どちらが強いかは戦って確かめるしかない。基礎ポテンシャル、いわゆる才能が優れている方が勝つかもしれない。剣術や魔法の精密さなど、レベル以外の部分で勝敗が付くかもしれない。
二人ならば、相性による三竦みになることも無いので、憂いなく戦ってもらって大丈夫だ。
さあ、地上最強の痴話喧嘩を始めるぞ。
私が意気込み十分なところ、横合いからエレノーラが声を発した。
「ユミエラさん、レベル99を超えたと仰っていましたわよね?」
「あ」
「だからこの水晶を使おうとしていましたわよね? 少し前のことなのに、忘れてしまいましたの?」
「そうでした」
そうか。私はレベル99じゃなかった。エレノーラちゃんに指摘されるまで、全く気が付かなかったぜ。最強決定戦は、パトリックが高みに登ってきたら絶対にやろうと思っていたイベントだったので、気持ちが先行してしまった。
状況が変わって不要になったのに、予定の実行に固執しちゃうってあるよね。あるある。
前世、家庭的な女子大生をやっていたときの話。旅行が中止になったのに、それに持っていこうと思っていたモバイルバッテリーを買ってしまったことがあったな。電気屋に行く予定は無かったのに、無理に行って、帰ってバッテリーの箱を開けた瞬間にハッと気がついた。これいらないじゃん。
盲点だったな。じゃあ世界最強は引き続き私ってことで大丈夫? 念の為、最強決定戦やっとく?
戦闘態勢を解こうか迷っていると、パトリックはここぞとばかりに私を説得にかかる。どんだけ戦いたくないんだよ。
「そうだ! ユミエラはレベル上限を超えている。つまり、レベル99の俺よりユミエラの方が強い。な? だから戦わなくていいだろ?」
「私が、世界一位?」
「ああ、ユミエラが世界一位だ」
「よしんば、私が世界二位だったとしたら?」
「……それは、二位なんじゃないのか?」
世界二位は世界二位だった。世界二位が世界二位でも、世界一位は世界一位であって、私は世界二位ではなく世界一位なので、私が世界一位ってことですね。
そうか、じゃあパトリックと雌雄を決する必要は無いのか。
私が臨戦態勢を解くと、彼は大きくため息をついて言う。
「助かった。ありがとう、エレノーラ嬢」
「ユミエラさんのレベルの件、パトリック様も忘れていましたの?」
「先程のような事態になることを、ずっと危惧していて……前提条件が変わっていたと気づかなかった」
お、パトリックにも「あるある」があった。
彼がレベル測定を嫌がっていたのは、私が戦いを所望すると予期していたからか。イマイチ腑に落ちない。世界最強に興味の無い男の子なんているの?
まあ、いいか。レベルが上限一杯になったパトリックに、もう水晶は必要ない。私が存分に壊してしまっても、構わない訳だ。
「それじゃ、私の番」
「どうして俺が帰るのを待っていたんだ? ユミエラなら、いの一番に測りそうなものだが」
やっぱり私ってそういうイメージなんだ。
エレノーラにした説明を、パトリックにも簡略に話す。私のパワーに耐えられず、水晶が壊れてしまう可能性を述べる。
「そんなワケで水晶が壊れちゃうの」
「市場にいくらか出回っているとはいえ、貴重な物だ。壊すなよ」
「だから、不可抗力で壊れちゃうんだって!」
「故意にやるなよ?」
そんなことするはずないじゃん。不可抗力で物理的に壊れるか、エラー表示になるか、三桁以上の数字を表示するか、この三つだけだ。自らの意思で大事な魔道具を壊すなんて、ありえない。
パトリックの「コイツ、わざと壊しそうだな」という視線が辛いので、さっさと測ってしまおう。
「じゃ、測りまーす」
「はい、どうぞ!」
笑顔のエレノーラに水晶を差し出される。
このままの状態で水晶が爆発したら、彼女の手が血だらけになってしまう。飛び散った破片が顔にでも当たったら大変だ。
私は、手近にあった机から花瓶を退かす。
「爆発しますから、ここに置いてください」
エレノーラは少し不満げな顔をしつつも、指定の位置に水晶を置いた。その後、流石に爆発は怖いのか数歩下がる。
逆に、パトリックは警戒して一歩前に出る。大丈夫だよ。爆発の被害は私が全部処理するから。
それじゃあ、爆発まで3・2・1・ゼロ! ゼロ! ゼロ!
「ん?」
水晶に軽く触れるも、変化が起こらない。
爆発する様子は、微塵も感じられなかった。
なぜだろう。エラー表示されるパターンだったかな?
呆然として周囲を見回すと、ホッとした顔のパトリックと目が合う。そんなに爆発が嫌だったのか。
仕方ない。気を取り直して、エラーか三桁超えの数字かを確認しよう。
水晶に目を戻そうとすると、パトリックの横をサッとエレノーラがすり抜ける。
危険は無いだろうという判断で、彼女は誰の制止も受けずに近づいてきた。水晶を挟み、私の真向かいに立つ。
そして、エレノーラは屈んで水晶を覗き込んだ。
「13! ……ですわ!」
「はい? 13?」
レベル13って何やねん。私のレベルがそんなに低いわけないだろうに。
あ、「13」ではなくて「13!」ってことかな? 13の階乗だ。13×12×11×10……と続き、ええっと……10!に11~13を掛けて…………60億くらい?
レベル60億とは誇らしい。カンストしてから溢れさせた分がここまで貯まっていたとは。
私が感動に打ちひしがれていると、パトリックも近づいてきて水晶を覗き込む。
「ああ、本当に13だ。これは一体……?」
「いいじゃない。13! ……でしょ?」
「なぜ声を張り上げたんだ?」
パトリックの言い方じゃ、ただの13みたいじゃないか。
ん? 水晶には、どう表示されているんだ?
測定したレベルが階乗で表示されるとも考えにくいし、約60億の数字が出ているとしたら、エレノーラは何故わざわざ言い換えた?
そうだ思い出した。エレノーラちゃんは100-77は33だと断言するくらいの御仁だ。億を超えるような数字を見たらフリーズして、一生懸命に一十百千……と桁を数えるはずだ。
嫌な予感がする。暑くもないのに背中を汗が伝う。
背中の不快感を無視して、水晶を覗き込む。手は添えたまま、水晶に覆いかぶさるようにして、測定結果を目にする。
「じゅう……さん……?」
私の目に入った数字は13だった。12より大きく14より小さい自然数。英語で言うとサーティーン。その他の表記は無く、悪魔の数字のみが水晶に浮かび上がっている。
一度、手を離してから再測定しても結果は同様だった。
目がおかしい可能性も考慮して、パトリックに尋ねる。
「13だよね?」
「13だな」
「13でしたわ」
世界がグニャアと曲がる。視界がグルグルと回る中、私は誰よりも冷静だった。
声に出して読みたくない日本語「世界二位が世界二位でも、世界一位は世界一位であって、私は世界二位ではなく世界一位なので、私が世界一位ってことですね。」
 





